思い知る現実④
しばらくフテ寝していたが、12時になり否が応でも食事が運ばれてきた。もちろん高橋さんも一緒だ。
午前中のことで気まずくなっていたものの、オレがいつまでも腑抜けていては彼女もやりにくいだろう。
「た、高橋さん。朝はすみませんでした。ショックなことがいくつも重なってしまったもので」
「い、いいえ。何か大変そうだとは気づいていたのに、お役に立てなくてすみません」
たがいに不自然なまでに笑顔を浮かべてぎこちなく謝った。まったく、何の見合いの席だよ。
「食べながらで良ければ、かいつまんで説明しますので聞いてもらえますか」
「私が聞いてもいいんでしょうか」
「できれば、と言うか、ぜひ聞いてください。お願いします」
彼女はにっこり笑って頷いてくれた。
だがナースという形で、偶然オレに関わってしまった高橋さんにまで被害を及ぼす訳にはいかない。
関龍の名前は伏せ“ある政治結社”という事にして、大まかに説明した。
「……そうだったんですか。まるで小説のようなお話で、すぐには信じられない気持ちです。
けれど実際に椎葉さんのすぐそばにいて感じたのは、椎葉さんが嘘をつくような人ではないということです。
もちろん初めてお会いした時は“先輩に言いつける”なんてことをおっしゃったので、怖い人かとは思いましたけれど」
「あ、あの時は本当にすみませんでした。自分がどうなったのか分からずに、イライラしていましたので」
やっぱり忘れていなかったのかと冷や汗をかきながら謝ると、彼女は上目づかいにニコッと笑う。
「もういいですよ。ちゃんと謝ってもらいましたから。私は椎葉さんのおっしゃる事を信じます」
ああ、弱みを握られてしまったようだ。やっぱりこう見えて高橋さんも、結構したたかなんだな。
まったく。前の彼女にしろ高橋さんにしろ、女って奴はみんなこうだ。いつの間にかオレに首輪を付けて手綱を握られてしまう。断っておくが、オレは決してMじゃないぞ。
「やっぱり誰かに話してスッキリしました。いや、高橋さんに話せて、かもですよ」
「クスッ。はい。あーんしてください」
これまで「どうぞ」だった言葉を変え、スプーンに両手を添えて笑顔で差し出してくれたのには思わず赤面してしまった。
ヤバイ。貧血が起きそうなくらい、全身の血液がごく限られた一部へ集結してやがる。
くそっ! 事故に遭って良かったとか思ってるんじゃねえよ!
頭へ血を戻すため、とりあえず自分にツッコミながら差し出されたスプーンをくわえた。
午後に高橋さんが来てくれた時、念のため携帯に登録していた友人知人へ連絡してみたが、やはり誰もがオレのことを知らない、もしくは今現在、連絡があり事故のことなんて知らないという者ばかりだったため、これ以上の探索は無理と諦めた。
たった一つ。前向きに考えられることと言えば、オレの記憶が混乱して無かったことをあるように信じている訳ではなく、現実にあったことが、何者かの手によって改ざんされているということだ。
その細くてあやふやな自信をかろうじて支えてくれている高橋さんに、オレは少なからず感謝の気持ちでいっぱいだった。