白い部屋②
あの日、真っ白な部屋で目を覚ましたオレは、ここがどこなのか、自分がどうしてここにいるのか、まったく分からなかった。
頭の上からは一定のリズムを刻む機械の音が響き、薬品が入り混じった臭いが鼻をつく。体を動かそうとしても全身に激痛が走ってピクリとも動けない。
オレに何が起きた? いや、そもそもオレは誰だ?
手がかりを探そうと頭を動かすと、鈍器で殴られたような頭痛がして仰向けのままなのに目まいがする。
目を固く閉じて目まいが治まるのを待ちながら、オレは散らばった記憶の断片を探した。
そうだ、オレの名は椎葉基文。業界ではそこそこ名の知れたフリーランスのライターで、今日はある議会議員の単独取材をする予定だった。
記者クラブのメンバーでもないオレがなぜ議会議員に単独取材なんてできるかってことは企業秘密だ。
オレはただ、議員の不利になるようなことを憶測だけで書くような、そこいらのマスゴミどもと違って分をわきまえている。
これだけ政治不信が定着した今となっては、政治家とズブズブだと知れた記者クラブからの発表に対して、フリーランスでもしっかりとした取材に基づき、かつ、きわどい内容の記事を書くオレとではどちらに信憑性が持たれるかは、ネットの反応からも明らかだ。
あれ? そういえば、あの議員の取材は終わったんだったか?
思い出せずに悩んでいると、白衣を着た男が数人のナースを従えて部屋に入ってきた。そうか。ここは病院か。
だったらなぜオレは病院なんかにいるんだろう?
「気がつかれましたか。私の話が分かりますか?」
医者だろう男が尋ねる言葉にうなずくと、また頭痛と目まいがするので、ノドの奥から「ああ」と声を絞り出すことしか出来なかった。
「ご気分はどうですか?」
もちろんいいはずがない。今度は「いいや」と返事をして顔をしかめて見せる。
「少し、診ましょうか」
うむを言わさず医者がオレの目にライトを照らして覗き込み、首元に手を当てる。
「変化はありませんね。今はまだ安静にしておいてください」
そう言って立ち上がり、部屋から出て行こうとしたので、オレがガンガン響く頭痛をだましながら「待ってくれ」と、かすれる声で呼び止めると、医者は首を傾げて振り返る。
「オレはどうしてここにいるんだ?」
この言葉を発するのさえ、体と頭が悲鳴をあげた。
「それについてはもう少し容態が安定されてからお話しします。今日のところはお休みください」
医者は微妙な表情を浮かべながら答える。
「オレの取材は終わったのか? まだならすぐ先方へ連絡しなければならない。今回の取材はとても重要な話が聞ける予定なんだ」
だが医者は「とにかく安静にしておかなければ、命の保証はありません」と言い残して部屋から出て行こうとする。
「知りたいんだ。教えてくれ!」
無理やり叫ぶと気絶しそうなほどの激痛と吐き気に襲われたが、そんなことに構ってはいられず医者に手を伸ばした。
しかし、伸ばしたはずのオレの右手の先はこれまで当たり前だった長さとは違う、極端に近い距離で宙をさまよっている。
そうだ。さまよっているのは手ではなく、包帯できつく縛られたオレの「ひじ」の部分までなんだ。
「あう?」
状況が理解できず、激痛も忘れ、バカみたいな声が出た。
あわてて左腕を見ても、右腕と同じくひじから先が無い。
これって、どういうことだ?
嫌な汗を流すオレに、医者はうつむいて首を振っている。
「ううう、うおおおっ!」
「鎮静剤を! 早く!」
医者が叫ぶと同時に、パニックになったオレをそばにいたナースたちが押さえつけ、一人が素早く注射を打ったように思う。
そのとたん、意識がバッサリと途絶えた。