白い部屋①
この作品は全てフィクションです。実際の人物や団体、事件などとは一切関係ありません。さらに、実際の人物・団体・事件を連想される個所などがあったとしても、全く関係ないことをご承諾の上でお読みください。
病室に絶叫が響き渡り、隣のベッドのじいさんの血圧を測っていたナースの高橋さんが、胸を押さえながらその場に崩れ落ちた。
カーテンを開けっぴろげにしていたオレと、目の前でその光景を見ていたじいさんは突然の事に言葉を失ったまま凍りついていたが、薄いピンクのナース服が見る見る赤く染まり、ボタボタ音をたててしたたる血に我に返った。
「ナ、ナースコールを! 早く!」
悲鳴に驚いてカーテンを開けたまま金縛っている同室のやつに叫ぶと、巻かれたゼンマイが切れかかったオモチャのような、ぎこちない動きでコールボタンを連打する。
だが、それよりも早く悲鳴を聞きつけたナースたちがスリッパの音を響かせて病室へ駆けつけてくれた。
「至急ドクターを呼んで! あと、救急救命センターの状況を確認して!」
この形成外科病棟の看護婦長は彼女を一目見るなりさっきのナースコールに出たナースに命じる。
放心状態だったじいさんは別のナースに肩を貸りて病室から出て行き、残った数人で彼女をそのベッドへ乗せて外から見えないようカーテンを締め切って救急処置を行う声に混じり、苦しそうな高橋さんのうめき声が聞こえてくる。
ストレッチャーと一緒に走って来たドクターがカーテンの中に消え、緊急の処置を施してからPHSで一階にある救急救命センターとやり取りしながらストレッチャーごと高橋さんを連れて行った。
だが、オレが黙り込み、逃げ場所を求めている理由は他の二人とは違うだろう。
確かにオレは三週間以上の入院生活でたまっていたこともあって、美人で巨乳の高橋さんの胸を触りたいと思っていた。
じいさんの血圧を測っている彼女の後ろ姿に思わず反応して胸を鷲掴む妄想をしたオレの手のひらの中に、本当に胸に触れているかのような吸いつくように温かく柔らかな膨らみと、尖端に小さく固い感触が感じられた直後、彼女は絶叫し胸を血まみれにして倒れたんだ。
だが、あり得ない。
いくらリアルな感触があったからとはいえ、超能力でもあるまいし、オレが彼女をあんな目にあわせるなんて物理的にあり得ないんだ。
どれほどあせってもオレにナースコールが押せない理由……。
それは、オレにはもう両腕なんて無いんだから。