風は明日に吹いている
あれから拓と夏美は時間が空いてれば会うようになっていた。
デパートやショッピングモール、映画館、遊園地、水族館、ゲームセンターなど
色んな場所へ出来る限り夏美を連れて行った。
拓は今更ながら気づいた。
「俺・・・恋してるのか?いやいやこれは恋なんかじゃ・・・」
夏美の事を考えるだけで拓の鼓動は速くなる。
「恋かな?恋だな・・・恋だよ!これは恋だ!!やべーよどうする」
1人で暴走する拓は停まることを知らず、とにかく夏美のそばに居た。
夏美が好きな髪型(短髪)や好きな服装などとにかく彼女の色に染まろうと努力した。
でも、この恋は心のどこかですぐに終わると分かっていた。
そして、それはすぐに訪れるのであった。
いつものように歩いていると拓はふと何かに気付いた。
「そういえば夏美さんっていつも長袖着てるよね?」
これは拓にとっては何気ない言葉なのだが夏美にとっては嫌な質問の一つだ。
拓は分かっていた。
人よりも細い腕を他人に見られるのが嫌だから・・・
そんなのは考えなくても分かるのに拓は夏美の事を自分のモノにしたいという気持ちで言ってしまった。
夏美は「もう寒い時期だから」と笑顔で言った。
拓はその後気にしなかったが、夏美はずっと考えていた。
そして、ある日夏井は腕を露出した服でやってきた。
拓は驚いた。
でも、夏美は恥ずかしがっていた。
身体のことよりも着慣れない服装に戸惑っていた。
拓は「可愛いよ、似合ってる」とただそれだけ言ってネオン街を歩いた。
拓は彼女もそこらへんの普通の子と一緒なんだと思った。
しかし大きく見えるけど実際は小さな世界では、それをよく思わない人もいる。
楽しく過ごす2人の前をキャラキャラした5人の若者が近寄ってくる。
普段なら何事もなくすれ違うはずが、この日神様は悪戯をいた。
「細っ」
若者はすれ違った後も夏美の話題で笑っている。
夏美は歩く足を止め、瞳には涙が溜まっていた。
拓も歩くのを止め、拳には怒りが溢れ出していた。
拓は街中にも関わらず拳をその5人に振るった。
たびたび約束を破って暴力を繰り返していたが、その時はある程度力を抜いていたが、今回は何も考えずにただただその5人を襲った。
この時、夏美は蹴散らしていく本当の拓をかすむ目で見た。
集団の1人を掴んで夏美の前に連れて行った。
「あやまれ!!!」拓は大声で怒鳴った。
見る見るうちに周りに人が集まる。
誰かが呼んだのかパトカーのサイレン音が聞こえる。
もう一度謝るように怒鳴った。
若者は小さな声で「・・・ません」と言った。
拓は突然、背後から警察官2人に掴まれた。
拓はそれを振り払い、若者の胸ぐらをつかんで言った。
胸ぐらと一緒に大きめのネックレスも掴んだため拓の力の入った手に刺さり血が流れている。
「この子は俺の彼女じゃねーけど、俺の大切なダチだ・・・それ以上言ったら殺す」
拓はそう言い終わると警察官に身を任せ、パトカーに乗り込んだ。
警察署で説明しても拓の事は信じてもらえず、被害を受けた5人は拓が悪いようにでっち上げ解放された。
しばらくして一人の警官が拓の元へやって来て言った。
「子供はズルイなぁ・・・大人を簡単に騙すことができる。君のやった事を証明してくれた子がいたよ」
「俺は帰れるのか?」
「あぁ、どうせ子供の喧嘩だろ?その手の平も自分で怪我したみたいだしな・・・」
拓は紙に必要事項だけを記載し、部屋を出る時に言った。
「俺にとって大人はズルイと思うな・・・」
家に帰る途中、夏美から電話があり公園で会うことになった。
待ち合わせに着いた拓は夏美と合流した。
2人に会話は無く、そこから別に目的もなく歩いた。
「ねぇ?何で鳥に羽が生えてると思う?」と夏美が言った。
拓は「空を飛ぶため?」と言うと夏美は「自分よりも賢い人間を見下ろしてるんだよ」と笑って言った。
「それに私は思うの・・・鳥は今日のためじゃなく明日のために飛んで餌を探したりしてるんだって」
「どういうこと?」
「私と拓君は違うってこと、私ね初めて拓君と行ったあの屋上で気付いたんだ」
拓はまだ理解できないでいた。
「あの屋上は君の巣なんだよ。で、君はいつもあそこから人間界を見下ろしている鳥」
「あそこが巣で俺が・・・鳥?」
「拓君には明日がある。でも、私には明日がないの・・・もしかしたら今日が最後かもしれない」
「何言ってんだよ!?そんなこと・・・」
「私はただの翼に負担をかける重りなの・・・だから、君は明日に向かって飛んで」
「ちょっと待てよ!勝手なこという・・・」
「私は分かってるのよ!!」
突然、夏美は大声で叫んだ。
「もう歩くのが限界なのよ・・・一緒に居ると体も心もツライの・・・」
拓は初めて愛情、哀しみ、怒りなどの様々な感情に押し潰されそうになっていた。