ずっと一緒
ひとふさ手に取った、流れるようになめらかな髪に櫛を通すたびに、それはきらきらと金色に輝きました。
なんて美しい髪なのかしら。
セラは髪をときながら、うっとりと見つめます。
金色の髪の姫は、くまのぬいぐるみを抱きしめ、椅子に座って浮いた足をぱたぱたと振りました。
「セラ、今日の髪はここを編んで、ここはふわふわにして、仕上げにお花をさして」
「姫さま、今日はあまり凝ったことはできませんよ。もう出発まで時間がありませんから」
姫は聞いてもらえなくて、頬を膨らませます。
「いやよ。今日はふわふわがいいの」
「お寝坊なさったのは姫さまですよ。今日は我慢なさってくださいませ」
でもセラは、姫が寝坊した理由を知っていました。
姫は、いつもわがままを言ってじいやを困らせていました。けれど、姫は優しいじいやが大好きでした。
そのじいやが風邪をひいて寝込んでしまったから、夕べ姫は、早く治りますようにとお祈りを込めた刺繍を刺して、お手紙を書いてお守りに詰め、お月さまとお星さまに夜遅くまでお願いしていたのです。
だからセラは、大急ぎで姫の髪をふわふわに結ってあげました。全部が希望通りではなかったけれど、かわいらしくしてもらえたことに、姫は満足です。
「ありがとう、セラ!」
セラは笑って言いました。
「さあ、いってらっしゃいませ。お父様がお待ちですよ」
姫は少し大きくなりました。
ところが相変わらず、言うことはわがままばかり。みんな困り果ててしまうことも少なくありません。
この間なんて、お料理係のマーサが作ろうとしていたアップルパイを、いまは食べたくないの、とぷいっと顔をそむけてしまったのです。
姫の大好きなアップルパイをおやつにしようと思っていたマーサは困ってしまいました。
でもセラは、姫がそんなことを言った理由を知っていました。
そんなときセラは、姫の髪をひとふさ、ひとふさ、丁寧にときながら、姫とお話しするのです。
「姫さま、もうちょっとだけ、素直になられたほうがいいとセラは思いますよ」
セラは笑って言いました。
「本当の気持ちは、言葉にしてあげないと受け取ってもらえません。ちょっとだけ勇気を出して、姫さまの気持ちを伝えてあげたらいいんです」
「だって、食べたくなかったんだもの」
「マーサが手にケガをしていて、たくさんりんごを剥くのが大変だって、知っていたんでしょう?」
姫はセラがそれに気づいていたことがなんだか照れくさくて、頬を膨らませます。
「優しい姫さま。ケガが治ったらまた作ってねって、言ってあげたらいいんです」
「姫さま、セラが姫さまの髪を結って差し上げるのも、今日が最後ですね」
それは見事な、美しいドレスに身を包んだ姫は、まるで御伽話に出てくる雪の精のようでした。
大人になった姫は、これからセラがいないところで暮らすのです。
姫は最後のわがままを押し通しました。
セラはこんな大切な日にそれだけはだめだと何度も何度も言ったのに、姫は頑として譲りませんでした。
ついにはセラもまわりの大人も根負けして、それはセラが姫にしてあげる、最後のお仕事になりました。
丁寧に、丁寧に、髪をひとふさ手にとっては、櫛を通していきます。
一つ通して、幼い姫の笑い声を。
また一つ通して、不器用な姫の優しさを。
胸の中にある大切な大切な思い出を閉じ込めるように、セラは丁寧に髪をとき、きれいに編んだ髪をまとめて、最後に真っ白な大きなお花を挿しました。
「ああ……なんて美しいのかしら」
セラが目を細めます。
「セラがあなたのお側にお仕えするのも、今日が最後です。
たくさんの思い出を、ありがとうございました」
姫は目を伏せて、口をきゅっと結んでいました。
セラに伝えたい気持ちはたくさんあるのに、それを言葉にしようとすると口の中がにがくて、喉が苦しくて、たまらなくて、なんにも出てきてくれません。
セラは、小さかったあの頃とおんなじ顔をしていると、口元を緩めました。
「セラ、寂しい」
姫はちょっとだけ勇気を出して、ようやく、ひとつだけ言葉にすることができました。
姫は目にいっぱい涙をためていました。
姫の心から溢れた思いを含んで耐えきれなくなったそれが、ひとすじ、ふたすじ、頬を伝って、流れていきます。
「姫……いけません、お化粧が崩れてしまいます。
最高にすてきな日を、笑ってお迎えしましょうね」
姫の両手を自分の手のひらでつつんで、セラは言いました。けれど、セラも同じ気持ちでいることは、最後まで伝えることはできませんでした。
言ってしまえば、姫がもっともっと苦しくなってしまうことを、セラはわかっていたからです。
「さあ、参りましょう。
これからは、あの方があなたのお側にずっといてくださるのですよ」
セラは大きな両開きの扉に手をかけました。
この扉をくぐれば、ふたりはお別れです。
「この先、あなたを待っているのはきっと、きらきらと輝くような毎日ですよ。
どうか、どうかお幸せに」
セラは、鼻がつんとするのを気づかれないように、ただ笑って言いました。




