5.ジャスミンティー
♢♢♢如月スミレ♢♢♢
私はどうやら異世界転生したらしい。いつか結婚したいとは思っていたが、それも叶わず死んだ前世。愛する人と結ばれる直前に、やっと前世の記憶を思い出せたようだ。
私は素敵な旦那様のいるアドリアーナになった。私たちは昨晩夫婦の契りを交わし結ばれ、愛し愛される夫婦となった。
マテオはとても紳士な方で、妻である私に「愛してくれさえば良い」というロマンチックな男。お付き合いさえしたことない私は男性にそんな甘い言葉を掛けられるのも初めて。朝から、心はスライムのようにトロトロで蕩けてしまいそうだ。
侍女のカルラは非常に親切な子。私は十八歳らしく、彼女は二十一歳でマテオと同じ年齢らしい。同年代の友達がもうできた。私の異世界生活のスタートは順調そのもの。そして、これから同じ年くらいの貴族令嬢たちとお茶会をする。新しい出会いに胸のワクワクが止まらない。
今日はマテオとペアで作られたグリーンのドレスを着ている。エメラルド、ルビー、サファイアと様々な種類の宝石が贅沢にあしらわれたキラキラしたドレス。まるでクリスマスツリーになった気分で楽しくて仕方がない。今日もきっと素敵な出会いが沢山ありそうだ。
カルラ連れてこられたのは、薔薇の匂いが芳しい温室の薔薇園。赤、黄色、白、紫、様々な薔薇が咲き誇っている。アルバ、センチフォリア、ブルボンローズ、アイスバーグといった様々な種類の薔薇。
薔薇を育てるのが大好きだった前世の母を思い出し少し切ない気持ちにもなる。でも、過去を振り返ってばかりでは何も始まらない。私は今始まったばかりのアドリアーナとしての「生」を精一杯楽しむことにした。
「素敵! まるで夢の世界みたい。後で、マテオを誘ってお散歩したいわ」
浮かれて屈んで薔薇の匂いを嗅いでいると、薔薇の影から見えるガーデンテーブルに貴族令嬢たちが既に集まっているのが分かった。
私が慌てて小走りで近付くと、皆が一斉に立ち上がる。
「ナタリア・マルティネスが、アドリアーナ・ペレスナ皇后陛下にお目に掛かります」
ウェーブした赤い髪に琥珀色の瞳をしたナタリアが代表して挨拶をしてくれた。いかにも仕切り屋っぽい気が強そうな子だ。いわゆる一軍女子みたいな彼女とは前世では縁がなかったが、今世では分け隔てなく仲良くしたい。
「お待たせしましたわ。皆様、楽にしてください。私、今日は皆さんと楽しい時間を過ごしたくて来たんです」
おかしな事を言ったつもりはないが、周りが少し戸惑っているのが分かった。私は皇后という高い身分だから、彼女たちとは対等ではない。だから、ある程度威厳を持って接する必要があったと反省。
「アドリアーナ様とお会いするのは初めてですわね。病弱とお聞きして表舞台に出てこなかったので心配していたのですよ」
ナタリアが眉を下げながら語り掛けてくる。どうやら、この体の持ち主は病弱だったらしい。
「表舞台や裏方というのは誰が決めるのでしょう。私は自分が生きてきた世界が全てです。その世界を裏の世界と思ったことはありません」
私は不思議な感覚に陥っていた。今、異世界に生きる私の生きる世界はどこにあるのだろう。私の今まで生きて来た世界が表? それとも、この世界こそが表で私が如月スミレとして生きて来た世界が裏?
そんなものはどうだって良い。私にとっては今、生きる場所が全て。如月スミレとして急に死んでしまい、大切な両親や友達に沢山悲しい思いをさせたかもしれない。それでも、私は今いる場所で精一杯生きていく。私は自分のできる事をするだけ。パパもママも私が幸せになる事を願っているはずだ。
「ふふっ、ご立派ですわね。公爵邸の中が全てだった方に、この大帝国の皇后が務まるのか心配ですわ」
隣に座っている薄紫色の髪色の女性が心配そうに話し掛けてくる。私は彼女の名前を忘れてしまっているらしいが、私の事を考えてくれる優しい方だ。
「ご心配ありがとうございます。でも、大丈夫です。私は全力で今、目の前の事に向き合うだけですわ。マテオは愛してくれるだけで十分だと言ってましたが、私は彼の支えになれる皇后を目指します」
恥ずかしながら、大勢の前で少し惚気てしまった。初めての彼氏が夫になり、記憶が飛ぶくらい熱い夜を過ごしたのだから仕方がない。私はこの場を熱くしてしまった気がしていたが、なぜか周りの空気は冷えている。
目の前にガラスの茶器が置かれた。花茶で一番有名なジャスミンティーだ。両親との上海旅行の際に花開くお茶を楽しんだ覚えがある。
「昨晩はとても熱い夜だったようですね。今日は珍しいお茶を東洋より取り寄せました。聡明と噂されていても決して日の目を見なかったアドリアーナ皇后陛下の才覚が、このように白日の元に晒されたら良いですね」
ガラスのティーカップにセットしてあるジャスミンにお湯が注がれる。少しずつ花開くジャスミン。
「まあ、素敵」
「こんなお茶があるのですね」
「流石、ナタリア様ですわ。世界に精通していらっしゃる」
貴族令嬢達が感嘆の声をあげている。
私は亀の歩みのように少しずつ花開くジャスミンティーを寂しく思った。この茶は八十度以上の熱湯で入れるとブワッと花開く。観光案内してくれたガイドが前世で言っていた。とても素敵なお茶なのに魅力が存分に魅せられなくて可哀想。
「お湯が温過ぎるのではないでしょうか。花の開きが悪いです」
私の言葉に周囲がギョッとした顔をする。もしかしたら、わざとお湯を緩くしてゆっくりとした時間を楽しむつもりだったのかもしれない。
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