2.如月スミレ
♢♢♢如月スミレ♢♢♢
「アドリアーナ様、改めてご結婚おめでとうございます」
目の前に現れたメイド姿の女性。肩までの焦茶色の髪に灰色の瞳。私は日本に住む十七歳の女子高生、如月スミレ。父は如月食品という会社を経営していて、母はガーデニングが趣味の専業主婦。長期休みの度に海外旅行をするような仲良し家族の一人娘として大切に育てられた私。
通学途中に車に轢かれそうになった猫ちゃんを庇おうとしたら、体に鈍い痛みを感じた。
私は意識不明の重体で夢を見ているのか、流行りの異世界転生をしているのかは分からない。
ただ、猫ちゃんの無事と、私の心配をしているだろう両親の事が気になった。
「アドリアーナ様? 大丈夫ですか? 今晩はマテオ皇帝陛下との初夜ですね。皇帝陛下に体を預けておけば大丈夫ですよ」
目の前の鏡に映るのは艶やかな黒髪に、ルビー色の瞳をした色っぽい女性。薄いレースが何段にも重なったネグリジェを着ている。
「美人な方。女優さんみたい」
「アドリアーナ様?」
私は思わず鏡に映っている女性に見入ってしまった。ボンドガールのようなメリハリボディーに、真っ白で透き通るような肌が美しい。どんなファッションも似合いそうなこんな顔と身体に一度はなってみたかった。
如月スミレは両親こそ可愛いと言ってくれるが、控えめに言って日本人に多いのっぺりな顔。こんな誰もが振り向くような美人になったら、人生はもっと彩りのあるものになるだろう。人生の幸福度は容姿に比例するとも言われている。
「私、楽しくなって来た。貴方の名前は?」
「⋯⋯カルラです」
「カルラ、私の髪を梳かしてくれてありがとう。今度は私が梳かしてあげる」
私はカルラが手にしている鼈甲の櫛を取り上げ、彼女を鏡台の椅子に座らせる。
「いけません! アドリアーナ様こんな!?」
「私のこと綺麗にしようとしてくれたカルラを綺麗にしたいだけ。ありがとうカルラ。大好きよ」
「アドリアーナ様?」
カルラは戸惑いながらも頬を染めて、鏡に映る自分を見ていた。彼女はとても可愛い子。髪をもっと艶々にすれば、もっと可愛くなる。
彼女とも友達のような関係になりたい。私が皇帝の妻という事は皇后。超美人な上に身分も高い完全な勝ち組人生を歩むことになりそうだ。
それでも、私は身分関係なく、分け隔てなくみんなと仲良くなりたい。美人な友達で固まったりしないで、モブ顔の令嬢とも交流を持ちたい。私は前世から皆に囲まれて楽しい人生を送ってきた。アドリアーナとしての「生」も充実した人生にしてみせる。
扉をノックする音がすると、慌てたようにカルラが席を立つ。
「マテオ・ペレスナ皇帝陛下のお出ましです」
低めの女性の声と共に、銀髪にエメラルドの瞳をした美青年が現れる。精悍な顔立ちに切れ長の目をした驚きの若きイケメン皇帝の登場。
イケメンは良い匂いがするという都市伝説は本当だったようだ。シトラスのような清潔感のある爽やかな香りがする。
「私はこれで失礼します」
カルラは深く頭を下げて焦ったように部屋の外に出た。呆気に取られていると、部屋には私とマテオの二人になっていた。私は女子校育ちなので、実は男性に免疫がない。
「アドリアーナ、お前とは政治的な意味合いがあり結婚もした。そして、今宵は義務として初夜を執り行う」
私はマテオが真顔で言った「初夜」という言葉に心臓がバクバクしてくる。私は男の子とお付き合いさえした事がない。
「私は義務でそういった事をするのは嫌です。私は本当に愛した人としかそんなエッチな事はできません」
「エッチ? 何を言ってるのだ? お前と俺の間に愛など存在する訳がないだろう。俺の気を引いて籠絡しようとでも思っているのなら浅はかだな。聡明な女と聞いていたのでがっかりだ」
「でも、本当に初めてで、何をどうして良いのかも分からないし⋯⋯」
「皇族に嫁ぐのは処女である事が絶対条件。お前の父親なら俺を虜にするように夜伽の技でも仕込んでるかと思ったが、その不安そうな顔を見る限りそんな事もなさそうだな」
マテオが少し楽しそうに口の端を上げてニヤリと笑った。爽やかな見た目をした彼が「処女」や「夜伽」とか淫猥な言葉を使ったことにショックを受ける。
前世では両親に愛され育ったが、今世では親ガチャだけは失敗したようだ。アドリアーナの父親は、マテオの発言から察するに危険。急に不安が押し寄せてくる。
気がつけば私はマテオにベッドに押し倒されていた。彼は見惚れる程カッコ良い方だが、威圧感がある。そして私を愛しているように見えない。
彼は今日から私の旦那様らしい。私は彼を受けいれ、愛する努力をするべきだ。愛には愛が返って来る。
マテオの口付けがどんどん深くなり意識が遠のく。「きっと上手くいく」と心の中で唱えるが、不安で心が押し潰されそうだ。
♢♢♢アドリアーナ・ペレスナ♢♢♢
頬に熱いものが伝う。私は自分の体を取り戻した。
(奪われてたまるか! これは、私の体)
「なんで、泣いて? アドリアーナ?」
私を心配するようなマテオの顔に苛立つ。
「マテオ皇帝陛下! お会いしとうございました。ここを皇帝陛下の墓場にして差し上げますわ」
私は時を遡り、キサラギスミレに体を奪われたアドリーナ・ペレスナ。私を妻に迎えながら決して私を愛さず、処刑した皇帝マテオに今から復讐する。皇帝マテオ・ペレスナとメルチョル・ロランドに私の見た以上の地獄を見せてやる。
奪われていた体は今取り戻した。私は手を伸ばしマテオの首に手を掛けると、彼は歪んだ顔で私を見る。私の前で決して感情を見せようとしなかった彼の色々な顔が今宵は見られそうだ。
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