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浮気夫を捨て、愛人を作ります〜今更、私が好きだって? もう遅い〜  作者: 専業プウタ@コミカライズ準備中


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14/20

14.慣れない甘さ

スイートルームに戻ると、気絶していたもう一人のゴロツキの姿がなかった。


「あれ、ここで気絶していた男はどこですか?」


「あの方は海に落としておきました。流石にこのまま船に留まらせて救護する気にはなりませんでした。乗客の安全が優先です。今頃、魚の餌にでもなっているでしょう。もう一人は絶命してると思ったのに僕を追ってきていた。完全に油断してました」


エクトルは人命を大切にするタイプだという認識だったが、悪漢には容赦ないようだ。


「それは良い活用方法ですね。魚達には良いご馳走になりますわ。私がゴロツキを確実に仕留めなかったばかりに、先程は危ない目に合わせて申し訳ございませんでした」


私の言葉にエクトルは目を瞬かせる。


「僕がアドリアーナ皇后陛下をお守りしたかったのに、貴方様は驚く程強いんですね。正直、戦う姿がカッコよくて見惚れてしまいました」


エクトルは言葉選びが絶妙だ。私はウゴに「化け物」呼ばわりされたのに対して幾分ショックを受けていたし、周りの乗客も私の戦いぶりに引いていた。彼を愛人として利用したかったけれど、一緒にいると本当に好きになってしまいそうになる。


「お褒め頂き、ありがとうございます」


照れていると、私はいつの間にか濃紺の革張りのソファーに誘導されて座らせられていた。


「乗客の中には新聞記者もいたので、この船であった事は記事になるかと思います」


「エクトル。記者に私の戦闘能力については書かないでもらえるようにできますか?」


エクトルは私の隣に座りながら、手を顎に当て少し考える素振りを見せる。


「沢山目撃者がいますが、口止めした方が良いという事ですね」


「はい⋯⋯」


「では、私達の関係と、聖女の力については口止めは不要ですか?」


「そちらはどんどん広めて頂いて結構です」


私の言葉に微笑みながら、エクトルが唇を寄せてくる。


私は慌てて彼の口元を手で塞いだ。彼が目を丸くする。


「すみません。まだ、心の準備が⋯⋯」


愛人になって欲しいと提案しておいて、自分でも意味不明。だけれども、私は男慣れしていなくて、エクトルは魅力的過ぎる。


親密になる程に、心を持ってかれそうで怖い。恋に落ちると、私は途端に合理的判断ができなくなる。回帰前も私は捨てきれなかったマテオへの恋心に殺されたようなものだ。


「ふふっ、可愛い。一流の殺し屋のような強さを見せたと思ったら、聖女の奇跡を見せる。愛人になれと策略を巡らせた視線で僕を射抜いたと思ったら、キスに怯えて頬を赤くする。心を奪われそうで怖いけれど、貴方をこのまま溺れたいです」


私は蕩けるような目でエクトルに見つめられ、なんだかクラクラしてしまった。彼をパートナーにするのが、私の復讐計画には非常に有用。だから、しっかりしないといけない。


「私の知り合いだった先程のゴロツキについて聞きたくはないのですか?」


「メルチョル・ロランド公爵閣下の手のものだったようですね。彼が先住民族のルルイを利用している噂は聞いてました。あれ程の巨体と瞬発力があれば、然るべき訓練を受け正規の軍人として活用できそうなのに犯罪行為に使っているとは許し難いですね」


やはりエクトルは私の知っている他の人間とは違う。彼の死後の功績からも感じたが、人を身分関係なく評価する傾向がある。


平民の学校の設立や彼のハーレムの実態も、彼のこういった特殊な考え方によるものだ。そんな価値観の男に対して、自分のアピールポイントが血統しかない私も情けない。


「父の狙いはエクトル。貴方だったと思います。」


「そうでしょうね。他の乗客には僕のせいで怖い思いをさせてしまいました。実は三日前、この海域の小島をロランド公爵閣下から買い取ったところなんです。昨日、真珠が出たので惜しくなったんでしょうね」


エクトルは立ち上がると、机の引き出しから売買契約書を出してきた。父は料金を受け取りながら、エクトルを殺害することで売買契約を無効にしてしまおうと思ったということだ。やっている事が貴族ではなくゴロツキと変わらない。残念ながら、それが私の父親。


「てっきり、積荷のダイヤモンドが目当てだと思いました」


「当然、そちらも奪うつもりだったと思いますよ」


飄々としてエクトルは語るが、過去の彼は実際ここで命を落とし父に財産を奪われている。


「私が怖くないですか? 強欲で約束を非合法な手段で反故にしようとするような男の娘です」


「全然怖くないですよ。ただ、喧嘩をしたら負けそうですね。それから、今回の件に関してロランド公爵の関与に付いては伏せましょう」


エクトルがファイティングポーズをして、私は思わず照れ笑いを浮かべる。


「父の事件への関与を明らかにしても良いですよ。しっかり、損害賠償を負わせて罪を償わせてください。私への気遣いは無用です」


「アドリアーナ皇后陛下は、ご自分に火の粉が掛かるのを恐れないのですね。しかしながら、僕が皇后陛下に火の粉が掛かるのが嫌なんです」


再び心に温かいものが流れ込んで来る。痛めつけられていた人生。こんな風に私を守ろうとしてくれる人と手を取り合えたらどれだけ幸せだろう。


「では、もう、父と商売はしないと約束してください。あの人は欲しいものを得る為なら手段を選ばない恐ろしい人です」


私の父は人を人とも思わず、権力欲に塗れた怪物。父と関わらない人生を私は選べないが、エクトルは違う。


「約束します。そんな心配そうな顔をしないでください」


私は表情管理が全くできていなかった事に気が付き、慌てて顔を整える。エクトルが大人なせいか、私は彼の前だと幼い子供のようになってしまう。


私の手に手を重ねた彼が私にそっと尋ねて来た。


「アドリアーナ皇后陛下、僕の前では自然にしてください。なぜ、僕を愛人に選んだかお聞きしても宜しいですか?」


私の復讐計画について話すのは、もっと彼と仲良くなってからが良いだろう。私のマテオや父メルチョル、ルチアナをはじめとするペレスナ帝国への恨みは回帰前からの積年のもの。


今は祖国を滅ぼす計画など話す時ではない。人品を疑われ、掴みかけたエクトルの心を離してしまう恐れがある。


「世界一の大富豪の財産を狙っているだけですよ。男性は権力欲に溺れがちですが、私は生まれながらの公女で今やペレスナ帝国の最高位にいる女。頂上に来て、その地位に何の価値もないと気がついたのです」


私の言葉の半分は嘘。エクトルをパートナーとして選んだのは彼の財産が目当てではない。


回帰前、彼の死後、彼がした功績を見ての事。彼は多くの力なき者の人生を救っていた。


そして、彼の持つハーレムの仕組み一つとっても、今まで誰も思いつかなかった事。人を大切にするビジネスの天才。


非凡な発想力と人としての魅力を感じ、私は彼を愛人という名の復讐のパートナーに選んだ。


「ふふっ、まだ、本心には触れさせてくれないのですね」


エクトルは立ち上がると、そっと自らお茶を淹れてくれる。私は男がお茶を淹れるのを見るのは初めてだ。紳士的にレディーファーストを装っても、男尊女卑の根強い意識のあるペレスナ帝国の男と彼は違う。


「ハイビスカスティー? お花が可愛いわ」

甘い華やかな香りが鼻腔をくすぐる。


「ハイビスカスティーには疲労回復効果があるようですよ。戦闘の後なのでリフレッシュしてください」


ティーカップを口元まで持っていき、傾けると爽やかな酸味が口に広がった。

(戦闘⋯⋯)


「初めて飲みましたが、美味しいハーブティーですね」

「ハイビスカスの花言葉は『新しい恋』です。僕たちの始まりにピッタリだと思いませんか?」

「はい」

お茶を飲むのに花言葉を添えてくる彼は商売人かと思えば、意外とロマンチストなところがありそうだ。


赤い色のお茶を見ると、母の瞳の色を思い出した。私と同じ赤い色の瞳。もう、母の瞳に私が映ることはない。


「そういえば、ドミティラ様はいかがお過ごしでいらっしゃいますか? 結婚式にお見えにならない程、体調が芳しくないのでしょうか?」


ドミティラ・ロランド。旧姓ドミティラ・ガルシアン。美しい金髪に赤い瞳をした美貌の王女と呼ばれた私の母。母に想いを馳せていた所に、掛けられた質問に私は心臓が跳ねた。


「私の母をご存知なんですか?」


エクトルがポケットから光り輝く大きな赤い宝石を取り出す。


「レッドダイヤモンド!」


一瞬、ピジョンブラッドルビーかと思ったが、屈折率と深い赤褐色を帯びた色から察するにレッドダイヤモンドだ。


「これは、二十年前。仲間を集め自警団を形成し小銭を稼いでいた僕に、ドミティラ様が下さったものです」


二十年前と言えばエクトルは五歳。二十五歳で世界一の大富豪になった男は子供の時から、他の人間とはやることが違う。


「母が? それにしても五歳で自警団とは凄いですね。その頃からエクトルは人を統率する能力があったのですね」


「アドリアーナ皇后陛下はお母様と似て人を褒めるのがお上手ですね。通常、高貴な身分の方は下々の者をそのように手放しで誉めませんよ」


「私、エクトルの前では自然体でいようと思います。威厳なんていりません」


私はエクトルのサラサラの髪に指を通しながら撫でた。彼は嬉しそうに頭を差し出してくる。指の間を彼のキラキラしたプラチナブロンドの髪がすり抜けていく。


マテオにはこんな事はできない。不敬だと怒られるのがオチ。エクトルは私が何をやっても受け入れてくれそうな安心感がある。


「こんな高価なもの頂けないと言った僕に、ドミティラ様はおっしゃりました。自分は生まれた時から宝石に囲まれているから、この宝石に価値を感じない。僕ならこの宝石の価値を大きく膨らませられると」


私は母の意図を理解した。母はエクトルの幼いながらに持っていた並外れた能力を見抜き、このレッドダイヤモンドを資金にして事業を始めるように言ったのだ。


「エクトルはレッドダイヤモンドを売らなかったのですね」


「当然です。僕は自分の人生を諦めかけていた時に、この宝石をドミティラ様より頂きました。レッドダイヤモンドには『挑戦』という石言葉があるんです。魂が揺さぶられました」


エクトルが母から受け取ったのは高価な宝石ではなく「想い」。


回帰前から、彼が気になっていたが、やはり今回私の選んだ男は間違いない。私の愛する母も彼に目をつけていたとは、深い縁を感じる。


「エクトルは五歳で人生を諦めかけていたのですか?」


私も五歳の頃はロランド公爵家においての、悲惨な女の扱いを知り絶望していた。父メルチョルは自分と後継ぎの兄ルーカス以外の価値を認めない。王女だった母ドミティラを口説き落として嫁がせてからは、籠の中の鳥のように扱っていた。


「アドリアーナ皇后陛下は? 貴方は病弱という設定だったと思うのですが、とても元気に見えました。もしかして、ロランド公爵邸に閉じ込められていたのではないですか?」


質問を質問で返されてしまった。もう少し仲良くなったら、彼の過去の話も聞けるかもしれない。母の最期の無念な死を思い出し自然と涙が溢れてしまった。人前でなくことなどない私がエクトルの前だと涙腺が緩くなる。器の大きい情が深い彼ならきっと私を受け止めてくれるという甘えだ。


母を救うことができなかった事に関しては後悔しかない。エクトルのような非凡な発想力があれば、私が母をあの地獄から救えたはずだ。何度も足掻いたけれど、父に私の脱走計画は全て読まれていた。私はエクトルの才と財力と協力が欲しい。


「母についても、私の過去についても、エクトル様にはいつか話すかもしれません。すみません。今はまだ⋯⋯」


私の頬にエクトルがキスをしてくる。もしかしたら、協力だけではなく彼はマテオが私にはくれなかった愛もくれるかもしれない。


「涙はしょっぱいはずなのに、アドリアーナの涙は甘いですね」


突然の呼び捨てに驚いたが、彼は私の愛人になるのだからこの方が自然。私も彼を名前で呼び、もっと近付きたい。


「エクトル、私達、もっとお互い沢山話しましょうね。そうそう、ガルシアン王国に到着したら、貴方のハーレムを見てみたいですわ」


マテオとは話せば話す程、すれ違っていった。エクトルとは話す度に心が通じ合っていく感じがする。


「もしかして妬いてますか?」

「まさか! ハーレム如きで妬いたりしませんわ」


彼は私の言葉に目を丸くした後、少し寂しそうな顔をした。


「僕は妬いています。早く君を僕のものにしたい」


相変わらず彼の甘い言葉にはなれないが、私は予定通り復讐の協力者を得ることに成功した。


少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマーク、評価、感想、レビューを頂けると嬉しいです。貴重なお時間を頂き、お読みいただいたことに感謝申し上げます。

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