1.私が奪われた日
生まれた瞬間から極刑を言い渡された囚人のような人生だった。
私の二十年の人生において、唯一の光だった夫マテオに今日私は殺される。
「アドリアーナ・ペレスナの処刑を開始する」
私の夫マテオ・ペレスナが私の処刑を指示する。銀髪にエメラルドの瞳の美しき若き皇帝。私は彼の妻になることが生まれた時から決まっていた。
そして、彼を陥れる間者になるように実家で育てられた。失敗した今、私は全ての罪を被り処刑される。実家のロランド公爵家も知らぬ顔。そして私の夫の隣には聖女ルチアナ。美しい亜麻色の髪を靡かせ、憂いを帯びたアメジストの瞳で私に憐れみの目を向けている。
「聖女様に嫉妬する悪女め」
民衆に投げつけられた無数の小石で頭に怪我をする。早いところ首を切って欲しい。私だって、こんな風になりたくはなかった。私はルチアナに嫉妬したことは一度もない。ただ、愛し尽くす相手を間違っただけ。
私は物心つく時には厳しい妃教育を受け始めた。マテオは私が十五歳になる頃までは毎週のように私を訪ねて来た。しかし、私は彼に会うことを許されず、カーテンの隙間から未来の旦那様を覗くだけだった。私がマテオに情が湧かないように、父は決して私を彼に会わせないよう徹底した。それでも、私は遠目に初めて彼を見た瞬間恋に落ちた。
三歳年上の麗しの皇子様を見るだけで、私の胸はざわついた。陽が落ちると、将来皇帝になった彼を暗殺する為に公爵邸の地下で秘密裏に訓練を受けさせられる毎日。
私はマテオをへの恋心を家の為に、必死に消そうとしたが難しかった。楽しい事も嬉しい事もない日々の中で彼は私にとって、手の届かない夢の世界の皇子様だった。
聖女ルチアナは、私が断頭台のところまで来ると目を背けて、マテオの胸に顔を埋める。マテオはそんな彼女を守るように抱きしめた。
その瞬間、心が急速に冷えてくのを感じる。父からのマテオを殺すようにとのプレッシャーとマテオへの膨らむ想いで押し潰されそうになる毎日。
マテオが妻である私に冷たく、ルチアナばかり構うのは目障りだった。嫌がらせをしたのは確かだが、私はマテオの妻。夫にたかる蝿を追い払いたいと思うのは当然。そして、ルチアナは皆が想像するような心清らかな聖女ではない。
私は処刑される程、悪い事をした覚えはない。
「最後に何か言い残すことは?」
死刑執行官の言葉に私は首を振る。
マテオに伝えたい言葉があるが、ここで発しても何の意味も持たない。
彼だって私と同じように幼い時に私と夫婦になる未来を伝えられていたはず。彼がロランド公爵邸を訪れていた時は、私の部屋の窓を切なそうに見上げていた。その瞳が私を求めているように見えたのは私の思い上がりだったようだ。
マテオにとって私は最初から敵だったのかもしれない。私の暗殺失敗の罪を私だけになすり付けた父も、結局は爵位を剥奪され要職を解かれた。マテオは甘ちゃんなところもあるし、それで父の脅威から逃れたと思っているだろう。それで、野心を捨てられるような人間なら、実の娘を成り上がりの為の道具のように扱ったりしない。
マテオが少しでも私を見てくれれば、私は実家を裏切っていた。私が一番恨んでいたのはメルチョル・ロランド、私の父だ。
澱みない瞳をしたマテオが右手を天に掲げる。鈍い光を放つ斧が振り落とされ、私の首が落ちる。
首が落ちてもしばらく意識はあるらしい。マテオが冷ややかな目で私を見ている。本当に私の事は一ミリも好きではなかったようだ。彼の事を愛した私が愚かだった。
意識が遠のく中、自分の運命を呪った。私だって、ルチアナのように聖女の力があればこのような結末にはならなかった。
実家で監禁生活を送りながら、皇帝暗殺の為の厳しい訓練をさせられるような惨い日々。あのような日々を送れば、誰でも悪女と呼ばれるような女になってたはずだ。
もし、もう一度同じ人生が送れるのであれば私は間違わない。振り向いても貰えない夫などこちらから捨てる。暗殺に失敗したら私を切り捨てた実家もこちらからおさらばだ。そして、私を愛してくれる人を見つけ、愛に溢れた日々を送る。
そっと、目を瞑り死を待っていると頭の中に声が響いた。
『それは違うぞ。アドリアーナ。お前は元々、汚れた魂だった。だから、なるべくして悪女になったのだ。死を前にしても、自分のした数々の非道な行いへの反省一つできない醜悪な女め』
目を開けると、突如として私は白い空間の中にいた。これは死後の世界だろうか。周りを見渡すも誰もいない。ここには私一人だけが存在する。
『今からお前の時を戻し、やり直しをさせてやる』
夢かもしれないが、私の願いが届いたようだ。きっと、この低く重厚感のある男だか女だか分からない声は神の声。
『ただし、お前の体には異世界のキサラギスミレの魂を憑依させる。他者を思い遣り、優しさに溢れた非常に美しい魂だ』
私は神の声に激怒した。私の体を見知らぬ誰かが乗っ取るのだ。抗議したいと思っても声が出ない。
『お前の意識も残してやるから、キサラギスミレから学ぶと良い。それで成長しなければ、お前の魂は穢れ過ぎてて、無に返すしかなくなるわ』
眩い光と共に私は意識を失った。
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