第一章 8話 『拳の着弾点と不穏な空気』
まずい魚を食べ終わり、一息つく。
食えたものではないが、餓死するよりはマシである。
「で、これから何をするんだ?」
「俺との組手だ」
いやな予感しかしない。
フレナの一件があったから、余計に心配である。
「俺がやると殺しちゃうみたいなこと言ってたじゃねぇかよ」
「心配するな、俺から攻撃することはない」
「攻撃しない?」
「ああ、ミノルの拳が少しでも俺に触れれさえすれば勝ちだ。簡単だろ?」
「簡単なのか……?」
一見簡単なように聞こえるが、ロベルト相手だとそう簡単にはいかないだろう。
でも攻撃をしてこないのであれば、気軽に挑むことができる。
「……ひとまずやってみるか」
「ちなみに、どんな手を使っても構わない。魔法だろうとなんだろうとな。それじゃあ、始め!」
「うぉぉぉ!」
拳を振り上げ、ロベルトへと攻撃を仕掛ける。
「!!!」
ロベルトは俺の拳をスレスレで避け、勢いが余った俺は、転んで地面へ転がった。
「まだまだぁ!」
ひたすら攻撃を仕掛けるが、すべて軽々と避けられてしまう。それにすべてスレスレで避けている。
当たりそうなのに、当たらない。
それが日が暮れるまで続いた。
「はぁ……はぁ……」
「もう日が暮れるな、今日は終わりだ。軽く飯食って寝るぞ」
今日はもう疲れた……。何も考えられない。
川で魔魚を捕り、焼いて食べ、寝る準備をする。
「おやすみぃ」
そう言い、ロベルトは昨日と同じように寝た。
ミノルも同じように寝た。昨日ロベルトに言われていた事を忘れて。
「――――うぅん……」
なんだか温かい風を感じる。それに顔に水滴が落ちてきた、雨だろうか。そう思い目を開けると……
「へ?」
目の前には顔があった。獣の顔が。
それは俺によだれを垂らしていた。
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
咄嗟に、拳を固めて相手へ放ち、それが直撃した。
すると熊のような獣が地面へと転がり、逃げていった。
「はぁ、何だったんだよ……」
少しでも気づくのが遅かったら、俺は食われていただろう。本当に危なかった。
それにしても驚いた事が、俺の攻撃があんな大型な獣に有効であった事だ。
やはりこの世界に来て、俺の能力は格段に跳ね上がっているらしい。
しかし、その攻撃も相手に当たらなければ意味がないのだと、ロベルトとの組手で痛感する。
獣相手は戦えても、人が相手となると上手くいかないだろう。
こんな事があって、もう一度寝付けるわけがないと思っていたのだが、やはり本能には逆らえず眠りについた。
このような日々が3週間程続いた。
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――残り2日――
「はぁ……はぁ……」
相変わらずロベルトに攻撃は当たらない。
フェイントを掛けてみたり、自然魔法で火を拳に纏わせたり、風で目眩ましをしてみたりなど様々な事を試したが、攻撃が当たることはなかった。
しかしその過程で分かった事が1つある。ロベルトは目で見て、俺の攻撃を避けているわけではないという事だ。多分俺の魔力を感じ取って、避けているのだろう。その証拠に、死角からそこら辺の石を投げた時に彼は完全に避けきれず、服を掠ったのだ。さらに、俺の自然魔法で作った石を同じ様に投げつけた時は、俺が拳で攻撃するのを避けるようにスレスレで避けたのだ。つまりそういうことだろう。
そしてもう1つ、夜中に魔獣に襲われ続けて分かった事がある。
あんな俺より何倍も大きい化け物が、俺の拳1つで吹き飛ぶ理由。
それは攻撃する時、無意識に拳に魔力を集中させていたということである。
だから、攻撃に魔力が乗って、魔獣たちにも効果があったのだ。
そのことから、1つ技を思いついた。思いついたというよりは思い出したと言った方が正しいが……
昔読んだ漫画の中にあった技。その漫画では、『気』で相手は攻撃を読み取っており、それを逆手に取って、『気』を攻撃先より前で発散することで、拳の着弾点を錯覚させ、相手を感覚的に騙し、倒したという感じだった。
その漫画の『気』とこの世界の『魔力』は、似たようなものを感じる。だからその技をこちらでも再現すれば、ロベルトに攻撃を当てられるのではないかという考えだ。
その作戦を考えてから1週間程、夜中に魔獣相手を相手にして練習をしていた。
自然魔法を使うのと同じようなイメージではなく、体内の魔素を使うイメージ。
ロベルトに捕まった時やフレナに殴られた時のように、魔力を練って、腕に集中させる。
ひたすら練習したが、未だに掴めていない。でもあと少し、あと少しで掴めそうなのだ。
ちなみに1ヶ月近く、ひたすらロベルト相手に打ち込みを行っていたお陰で、動きは大分良くなったと感じる。自然魔法も使いこなせてきて、いろいろなことができるようになった。
攻撃のペースもかなり上がり、アニメなどでよく見る戦闘シーンのような動きができてきている。
まぁ、攻撃は相手に一切当たっていないのだが……
「あと少しで……!」
攻撃のペースを更に上げる。ひたすら打ち込み続け、ボルテージを上げる。
「うぉぉぉぉ!」
すると、ロベルトの動きが一瞬だけ遅れた。またと無いチャンスである。
拳に意識を集中する。拳の着弾点を錯覚させるために、魔力の動きを遅らせる。
「いけぇぇぇ!!!」
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――一方王国では――
「どうしたのよ、シリウス」
「フレナ、戦兵団から連絡があった。どうやら、国境から不審者複数人の侵入を許してしまったらしい。しかも、帝国側からだ」
「何だか嫌な予感がするわね。よりによってロベルトがいない時に……」
「戦兵団が不審者を捜索しているらしいが、僕達も気をつけるに越したことはないね」
「そうね……」