第一章 7話 『基礎中の基礎』
「はぁはぁっ――――――やっと着いたか…………」
息を切らし、地面に座り込む。
「遅えよ。もう日が暮れちゃったじゃねぇか」
「あんたが早すぎるんだよ!」
やっと目的地へ着いた。
とても疲れたが、2つ分かった事がある。
1つ目は、この世界の馬とされている生き物は元いた世界の馬とは全くの別物であるということ。四足歩行であるのには変わりないが、体の一部は鱗で覆われており、爬虫類と鳥類を混ぜたような顔の造りをしていて、鱗の無い所には毛が生えている。そして、その生き物はとても足が速いらしく、馬車を引いている姿を道中見たが、体感だが高速道路を走る車ほどの速さは出ていたように感じる。
ロベルトが馬車より走る方が早く着くなどと言っていたが、とんだ化け物である。
そして分かったこと2つ目は、俺がその化け物に近い存在になっていたという事である。怖いことに、疲れはするのだが、明らかに異常な速度で長距離を走れているのである。
この世界に来るに当たって、基礎的な能力はしっかり上がっていたらしい。それでもそこら辺にいる化け物たちには敵わないが……
「しょうがないから今日はもう寝るぞ」
「テントは持ってきたのか?」
「そんなものは無い」
「は? どうやって寝るんだよ」
「寝袋は持ってきたから大丈夫だ!」
「この山、野生動物とかいないのか? 危険じゃないのか?」
「動物もいるし、魔獣もいる。めちゃくちゃ危険だな」
「???」
このおっさんは何を言っているのだろうか。
寝袋は持ってくるのに、テントは持ってこないというのがわけがわからない。
「特訓の一環だ。このくらい極限の環境なら、お前も少しは強くなるだろう」
本格的にこのおっさんは何を言っているのだろうか。
「百歩譲って、昼間にそういう事をするのは理解できるけど、夜にそんな事やって、寝てる間に襲われたら意味ないでしょ」
「反射神経を鍛えるんだよ。寝てる間でも危険な存在が目の前にいたら勝手に体が動くくらいになってもらわないとな。てことで、ほれ、これがミノルの寝袋な。じゃあお休み」
「ちょっと待――」
「ぐぅー」
「……」
このおっさんは寝袋にも入らず、気絶するかの様に寝てしまった。
こんな環境で寝れるわけない。寝たくても寝れない。
周りに気を配ると、心なしか視線を感じるような気もする。
「ガサガサッ」
「ひぇっ……」
ミノルは、ロベルトの隣に座り込み、ひたすら警戒し続けて夜を明かした――
「ふぁ〜。ん? おはようミノル よく寝れたか?」
「寝れるわけねぇだろ!」
幸い何の危険もなく、一夜を明かすことができた。
しかしこれを1ヶ月も続けることなど無理である。
「腹減った……」
昨日はずっと走りっぱなしだったため、まともに食事をとれていない。
「ロベルト、食料は持ってきたのか?」
「そんな物あるわけ無いだろう、現地調達だ。そこら辺に川が流れてるから、魚でも捕れば良い」
「はぁ……釣り竿でも作るか……」
「いやダメだ。手掴みだ」
「はぁ? なんで手掴みなんだよ!」
「特訓だよ、特訓。一応言っておくがな、普通に特訓するだけじゃ、1ヶ月ではどうにもならない。だから、生活のすべてを特訓の一部にする。それでやっと護国隊に置いてやれる最低レベルになるかならないかだ」
「はぁ……分かったよ……」
俺自身が弱いのは事実であり、このままでは役に立たないのも自覚している。
ここは納得するしか無い。
「ミノル、俺も腹減ったから、川で魚を捕るぞ」
「へいへい」
少し歩くと川へ着いた。そこには魚も泳いでいるが……
「……これ食えるのか?」
そこに泳いでいたのは、とてもゴツゴツしており、鱗が金属の様に黒光りしている魚らしき何か。
これを魚と言って良いのか、とても食えるようには見えない。
「これは……魔魚だな」
「魔魚? 何だそれ?」
「魔獣の仲間だ。元々魔獣とか魔魚とかは、野生動物が大量の魔素を取り込んで変異した生き物だから、まぁ一応食える。味は良いとは言えないがな」
「……」
こんな物食べたいとは思わないが、背に腹は代えられない。空腹に耐えられそうに無い。
捕まえるために、靴を脱ぎ川へ入る。あまり深くは無い。
気づかれない様にそっと、泳ぐ魔魚へ手を伸ばす。その時、
「!!!」
とんでもないスピードで泳いで逃げていった。こんな物捕まえられるわけがない。
「おい、ロベルト。こんなもんどうやって捕まえるんだ――」
「ん? 何か言ったか?」
「……」
文句を言おうと、ロベルトの方向へ振り返ると、颯爽と魚を掴み、陸へ投げ飛ばしていた。しかも何匹も。
「よし! こんなもんでいいかな」
「俺が捕るまでもなかったな……。よし食べようぜ」
「いや? 自分の分は自分で捕まえなきゃダメだぞ?」
「はぁ? 何でだよ」
「だから、特訓って言ってるだろ? お前が自分の力で取れなきゃ意味がないんだよ」
「こんな速い魚をどうやって捕まえるんだよ! 無理だろ」
「無理じゃない! 俺ができてるからな」
「それはロベルトが――」
「俺が特別なわけじゃないぞ? うちの隊員の下っ端でもできるような事だ。いいか、動きを予測するんだ。魚のいる場所に手を伸ばすんじゃない、魚が次に移動する場所を予測して手を伸ばすんだ。これは戦いでも同じ、基礎中の基礎だ」
「分かったよ……」
心を落ち着けて、次に泳いできた魚を見る。
ロベルトに言われた事を思い出し、手を伸ばす。そして――
「よっしゃ! 捕れた! 捕れたぞロベルト!」
「何嬉しそうにしてるんだ。言ったろ? 下っ端でもできる基礎中の基礎だって。できてもらわなきゃ困る」
「ちぇ、少しくらい褒めてくれたっていいだろ。 はぁ疲れたからもう焼こうぜ」
「じゃあ火起こししなきゃな。ミノル、魔法で火つけられるか?」
「俺、魔法なんか使えねぇよ」
「はぁ? じゃあお前何ができるんだよ。何もなしにフレナと試合なんかやっていたのか?」
「……」
「……まぁいい。ミノル、お前に少し魔法について教えてやるから、特訓として魔法で火をつけてみろ」
「俺がそんなすぐに使えるもんなのか?」
「魔法には大きく分けて5種類、自然魔法、精霊魔法、生体魔法、概念魔法、元素魔法がある。その中の自然魔法は、初級程度のものならすぐに習得できるくらいには、難易度が低い。だからミノルでもできるだろう。ちなみに、お前の凹んだ顔を治したのに使ったのは生体魔法だな」
「ふーん」
そんなに簡単なものなのかという疑問はあるが、やるだけやってみよう。
魔法はやはり異世界系の定番。憧れるものである。
「で、どうやってやるんだ?」
「まず、空気中の魔素を感じろ」
「どうやって感じるんだよ!」
「とりあえず目を閉じて集中しろ」
目を閉じ、集中する。
頑張って空気中にあるという魔素を感じ取ろうとする。
「魔素を火だとイメージして、そしてそれを指先に集中させる感じだ。」
「魔素を火……」
イメージをする――すると。
「うぉ! ついた!」
指先にライターほどの小さな火が出てきた。
「それが自然魔法の基礎だ。そのやり方を応用すればいろいろな魔法を使える。火、水、土、雷、風とかな。ただし、自然魔法は、戦闘ではあくまで補助的な使い方をする」
「補助? 何でだ?」
「自然魔法はミノルが使えたように、かなり簡単に扱うことができる。それ故、ある程度の実力者になると、簡単に相手の自然魔法を相殺できるようになる。だから、自然魔法が戦いの決定打になることは少ない。あくまで移動や小細工など、補助に使うしか使い道がないんだ」
「なるほどな」
「だから、戦いでまともに使えるのは精霊魔法、生体魔法、概念魔法、元素魔法の4つだな」
「その4つの魔法ってそれぞれどんな特徴があるんだ?」
「精霊魔法はその名の通り、精霊と契約、もしくは野良精霊の力を借りて魔法を放つ。魔法の属性は、精霊に左右される。生体魔法は、よく回復魔法として使われることが多いが、戦いでも使える。相手の魔素を使って、相手の体内を爆発させたり、腕をもぎ取ったりなど、相手の身体に干渉できる魔法だ」
「生体魔法えげつないな……」
「でも欠点もある。相手が自分の魔素操作技術を上回っていると、抵抗されて使うことができない。だから、基本的に戦いで使うのではなく、回復魔法として使われているんだ」
「ふーん」
「概念魔法は一番奥が深い魔法だな」
「奥が深い?」
「あぁ、概念魔法ってのはかなりざっくりした区切り方で、種類や難易度の幅が広いんだ。防御系や超能系、結界系、空間系や心理系とかだな。それらの総称が概念魔法。戦闘への応用が利きやすいから、ミノルにもそのうち習得してもらいたいもんだな」
「そして最後に元素魔法だが、自然魔法とできることは似ている。しかし、自然魔法は空気中の魔素を使うのに対し、元素魔法は体内の魔素を使って、魔法を放つ。だが体内の魔素を思うように動かすのはとても難しい。自然魔法のように簡単にできるものではない。はぁ、これで説明おしまい! やっぱ解説は疲れるな。お腹空いたから早く焼こう」
「わかったよ」
そう言い、さっきやったように指先に火をつけ、焚き火を作った。そこにさっき捕まえた魚を枝に刺して置いておく。そしてしばらくして、魚が焼き上がった。
「あぁ腹減った! 早く食べようぜ」
見た目は不気味だが、お腹が空いてそれどころではない。
何も考えずに皮を剥き、かぶりつく。
「いただきまーす――」
「どうだ? ミノル」
「…………まずい」
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