第一章 6話 『批評』
イングリットに治療してもらい、一息ついたミノルは隊長室へと向かった。
隊長室は中央棟の2階にある。
「はぁ……何を言われるんだろうか……」
浮かない気持ちで扉をノックした。
「ミノルです……」
「入っていいぞ」
中に入ると、ロベルトは神妙な面持ちで椅子に座っていた。
「そこに座りなさい」
そう言われ、ロベルトの向かいの席に腰を掛けた。
「さて早速だが、さっきの試合についての批評を始めよう」
「……はい」
「俺が見て思ったのは、ミノルは魔力量や耐久力の面で言えば目を見張るものがある。フレナにあそこまで力を出させるくらいに外に漏れ出た魔力量は多かったし、彼女が手加減をしていたとはいえ、攻撃をもろに食らって生きていたのは、耐久力が凄まじいとしか言いようがない。しかしもったいないのは、それを使いこなせる技量やセンスが絶望的に無い。あと普通に隙がありすぎで、反射神経も悪い。控えめに言って最悪だ」
「……」
「生まれてから、何もしてこなかったのか? そこら辺の子どもと大差ないくらいだ。天命を受けたんだろ? 予言の者として面子が立たないぞ……もっと努力しなさい」
「……はい」
……意外な批評である。
正直、もっと酷評されるものだと思っていた。
そしてロベルトが言っていた魔力やら耐久面やら、全く身に覚えがない。
てっきり、この世界に飛ばされるにあたって何も貰えていないものだと思っていたが、最低限の力は持たされていたらしい。しかしその力を発揮するのは本人の努力次第……、無責任にも程があるだろう。
「ということで、明日から1ヶ月間特訓だ!」
「特訓?」
「護国隊の隊員として恥じぬ最低限の実力をつけてもらう」
「それはいいけど……特訓って何をするんだ?」
「俺と一緒に山に籠もるんだ」
「……は? ロベルトと一緒に1ヶ月も山に籠もるのか?」
「ああそうだ」
こんなおじさんと2人きりで1か月間も山に居るなんて、とてもじゃないが耐えられない。
「いやいや、あんた隊長だろ? 忙しくないのか?」
「……今のところは大丈夫だ。というか大体の事は他の隊員が処理してくれてるから、俺は特にすることが無いんだよ。俺は戦う事しか能が無いからな」
「……」
本当にこの人は隊長なのだろうか……。今思うと他の隊員も含め、皆暇そうにしていたような気がする。
「よし、明日の朝出発するから。ちゃんと準備して、早く寝ろよ。話は以上! 帰っていいぞ」
「……わかったよ」
この人と山籠りするのは、正直不安しか無い。山で特訓って何をするのだろうか……
今考えてもしょうがないので、とりあえず疲れたので風呂へ向かうことにする。山に籠もるのだから、しばらく風呂には入ることができないだろう。
ここにある風呂はとても広く、きれいである。
元いた世界の、近所の銭湯よりも大きいかもしれない。
「おっ! 誰もいなさそうだな。この広い風呂を独占できるっていうのは気持ちがいいな」
お湯で体を流し、お湯に浸かる。
お湯の温度は少し熱いくらいで丁度よい。
「くぅぅ、癒やされる」
やはり風呂は気持ちがいい。ここ2日間の疲れが洗い流されていくようである。
しばらく浸かっていると、誰かが入ってきた。
「おっ、君がミノル君かい?」
「?」
いきなり名前を呼ばれ振り返ると、黄緑色の髪で細身の男が立っていた。
ロベルトと比べると若く見える。
「おっと、いきなりすまなかったね。君の事は隊長から聞いていてね」
「ロベルトから?」
「ああ。それに君の事は、隊員の中では噂になっているよ。フレナに一発で伸されたってね」
「……。で、お前は誰なんだ?」
「すまない、まだ名乗っていなかったね。シリウス・エンザスだ、シリウスって気軽に呼んでくれ」
シリウスは好青年という感じで、悪い印象は受けない。あのおっさん隊長とは違って。
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「はっくしゅん! 風引いたかな……」
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シリウスと少し話して、風呂を出た。
そして食堂で軽くご飯を済ませ、部屋に戻り、準備も特にすることがないので、すぐに布団へ入った。
ミノルは朝早く目を覚まし、隊長室へ向かう。
隊長室の前には、眠そうなロベルトが、リュックを背負い待っていた。
「お、来たか。ってお前手ぶらかよ……」
「しょうがないだろ、俺何も持ってないんだよ」
「何もって、着替えすら持ってないのか?」
「ああそうだよ」
「いきなり連れてきたとはいえ、物を取りに行くくらいの時間は十分にあっただろ」
「……」
「……。最低限の服ぐらいなら、俺が今度買ってやるよ……。ほんとお前今までどうやって生活してきたんだよ……」
ロベルトから憐れみの目で見られる。
まぁ服を買ってくれるというのはありがたい。
「で、目的の山まではどのくらいなんだ?」
「まぁ、馬車で1日かからないくらいだ。そんな遠くないから、特訓も兼ねて、走って行くぞ」
「はぁ? 正気か? 馬車使えばいいだろ。それに馬車で1日かかる距離を歩いていくなんて無理だ」
「歩いてじゃない。走ってだ!」
「……」
「このくらいできてくれなきゃ困る。というかそもそも俺にとっては、馬車使うよりも走った方が早いからな」
「それはロベルトが規格外なだけなんじゃないのか?」
「そんな事はない。フレナやイングリットでさえ、俺よりは遅いが、2時間はかからずに着けるぞ」
「……」
「よし、出発するぞ。お前のために少しゆっくり走ってやるから」
「いやいや、無理だって……」
ミノルは不安を抱えながら、ロベルトと共に街を出た。