第二章 15話 『読書好きの少女』
「まぁ、このくらいで許してあげますかねぇ」
「だそうだ、お前ら。これで今回のことは不問としよう」
目の前には、死なない程度にボコられた戦兵団員が地面に倒れていた。生かさず殺さず、絶妙な加減でひたすら痛めつけられている彼らの姿は、思わずシリウスが顔を背ける程だった。
「ふん、清々したわね!」
「僕は少し同情しちゃうかな……」
「こんな奴らに同情なんかするんじゃないわ……よ……! 何、あれ!!」
皆がフレナの指差す方を見ると、人型の狼のような生き物がこちらへ走ってきていた。一気に皆が睨みをきかせ、戦闘態勢に入った。
「! 獣化した獣人か!!」
「あれを見て、ミノル君が!」
ミノルが腕に大切そうに抱えられるのを皆が確認し、攻撃態勢を緩めた。
そして人型の狼は目の前まで近づいた後、ミノルを優しく地面に下ろした。そして、その姿が少女の姿へと変わり、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「君は――」
「ボスを、ボスを助けて!」
イングリットは、下ろされたミノルの状態を見るや否や顔を顰めた。
「これはぁ……早く処置しないと命に関わるわねぇ」
ブランカはミノルの状態を後ろから覗き見ると、あまりの酷さに顔を歪ませた。
「これは酷い……こんな怪我でコイツは生きているのか?」
「ボスは治るの……?」
少女は心配そうに、イングリットのことを見つめた。
「私が治します……がぁ、もしかしたら何か後遺症が残るかもぉ……」
「――イングリットさん! 頼む、どうにかしてちゃんと治してやってくれないか?」
トーナとビズーを抱えたテオニアが駆けてきた。トーナは急いでミノルの元へ駆け寄ると、安堵の表情を一瞬浮かべた後、また普段通りに太々しく腕を組み直した。
ビズーを下ろしたテオニアも、ミノルの方へ駆け寄った。そして、ミノルの状態を見ると少し目を細めた。
「ミノルくんの怪我、確かに相当ひどいわね……」
「トーナとテオニア姉さんっ! 心配なんかしてなかったけど……無事でよかったわ!」
「えぇトーナ、言われなくとも、私の最善を尽くすわぁ」
そう言い、真剣な面持ちでミノルの前に屈み、生体魔法での治療を始めた。
トーナは少女の姿を見ると、微笑みながら肩に手を置いた。
「君、よくやってくれた! ちゃんと届けてくれて感謝する」
すると少女は、少し嬉しそうにしてみせた。
「……私の名前、ミョルン。ミョルン・ファンジェス」
「そうか、ミョルン。よくやってくれた」
「ミョルンちゃん! えらいっ!」
テオニアは、満面の笑みでミョルンのことを抱きしめた。そんな熱い抱擁に対し、ミョルンは窮屈そうな顔をした。
「く、苦しい……」
「それにしてもトーナ、ミノル君は何でこんなことに……」
「……セツダ・ミノルは、そいつ自身にできることを躊躇うことなく、出し尽くしたんだ。正直、私はコイツのことを誤解していた」
トーナは治療を受けるミノルを眺めながら、何か思うところがありそうに語った。
シリウスはトーナのミノルに対する態度の変わりように驚きながらも、その場では聞くことはしなかった。
「ふんっミノル、あんたにしては相当体を張ったようね。……目が覚めたら少しくらいは褒めてやるわよ」
フレナは腕を組みながらも意識のないミノルに対して、遠回しに労いの言葉をかけた。
「ところで久しいなトーナ、前回の競技大会ぶりか?」
ブランカがトーナに声をかけた。それに対してトーナはブランカがいることに一瞬驚きながらも、返事を返した。
「えぇ、お久しぶりです。……ブランカさん、こちらを確認していただきたい」
そう言ってトーナは、腕に抱えていたノーマスの頭部を渡した。
そしてブランカは、それ自体が何なのかは分かっていたようだが、布を捲ると、そこにあった顔を見て驚いた素ぶりを見せた。
「……そうか、ノーマスが死んだのか。奴が死ぬ程だ、相当この都市での戦いは熾烈を極めていたのだな。ご苦労だった、ノーマス」
ブランカはそう優しく語りかけ、彼の亡骸の目を手で覆った。そして布をかけ直し、大切に腕で抱え込んだ。
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「……ここは、どこだ?」
再び目を覚ますと、見知らぬ天井が見えた。俺自身は、ベットに横たわっているようだ。身体は多少痛むが、先程と比べればかなり改善されている。
頑張って身体を起こすと、トーナがベットの横で腕を組んで座り、寝ているのが見えた。
「とりあえず、死ななかったみたいでよかった……」
正直死ぬのではないかと思っていたが、おそらくイングリットの治療のお陰だろう。こうしてなんとか生きることができている。
「……ミノル、起きたのか……! 身体の具合はどうだ? 大丈夫か?」
「あぁ、さっきより全然楽だ。というか俺、あれからどのくらい意識がなかったんだ?」
「少なくとも半日以上は、意識が戻らなかったな。治療しても全然意識が戻らなくて心配したんだぞ」
「そう……なのか」
2人の間に気まずい沈黙が流れた。今思えば、2人きりで会話したことなどほとんどなかったのだ。戦いの時はあまり意識していなかったが、今になって途端に気まずさが湧いて出てきた。
そんな中、先に口を開いたのはトーナだった。
「……そういえば、あの時の朝のこと、今更だが謝らせてくれ。すまなかった」
「いきなりどうしたんだよ、あの時悪かったのは俺の方だ。自分の感情の昂りに任せて、ただただルールに則って仕事してるだけの人をぶん殴ったんだぞ? どう考えても悪いのは俺だ。なのに何でトーナの方が謝るんだ?」
そう言われるとトーナは少し考えたあと、深呼吸をして少し目線を逸らした。そして、一言一言を噛み締めるように話し始めた。
「私は昔……小さい頃に両親を失い、行き場をなくして彷徨っていたところ、奴隷商会の人間に連れ去られ一度奴隷になったんだ」
「トーナが奴隷に……」
「連れ去られそうになった時、子供ながらに必死に叫んだ記憶がある。助けて、と。だが周りは見向きもせず、誰も助けてくれることはなかった。目線を向けられないどころか、私という存在がその場から消されたかのようだった。その時の私は、初めて人生で絶望というものを味わった瞬間でもあった」
「……」
「お前は確かあの時私に聞いたな? 泣き叫ぶ少女が乱暴に連れていかれるのを見て何も思わないのかと、……その時の私は胸が張り裂けそうな気持ちでいっぱいだったさ。だが私はルールを盾にして目の前の光景から目を逸らし、昔自分が受けた仕打ちを他人に繰り返してしまった。しかしそんな私とは正反対にお前は、ルールなど気にせず、目の前の光景から目を逸らさずに正面から堂々と向き合った。そんなお前の姿が、眩しく……感じられたんだ」
トーナは一呼吸を置き、また口を開いた。
「お前と言う人間は私が思っていた以上に、強く、逞しく、輝かしく、少し泥臭いところもあるが正しく英雄の器というに相応しい人間だった。だからこそ謝らせて欲しかったんだ、あの時のお前の行動が間違いだったなんて思って欲しくなかったんだ」
トーナにそんなことを言われ、恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。しかしそれと同時に、心のモヤが晴れるような感覚にも襲われた。
「……なんか小っ恥ずかしいな。でも、ありがとう。なんか少し心が軽くなった気がするよ」
「……ふむ」
トーナも穏やかな顔をして、少し頷いた。今回の出来事を通して、彼女との距離が少し縮まったような気がする。
そしてここで一つ、気になっていたことを思い出した。
「そういえば、あの獣人の子は――」
そう言いかけた瞬間、いきなり部屋の扉が音を立てて開き、何かがこちらへ飛び込んできた。
「ボス〜っ! 治ったんだっ!!」
「げふっ!!」




