第二章 18話 『狼少女』
「――――はっ!! 痛ぇっ!! あぁぁ!!!」
目覚めると、全身を激痛が襲っていた。普段の訓練している時とは比べ物にならない。ずっと耳鳴りがしており、目を開こうとしたが、片目しか見えない。片目が潰れているのだろうか。
「はぁ、はぁっ! けっ、結界が消えてる……っ!」
かろうじて目を開けると、空から結界が消え、日差しが入ってきているのが分かった。
どうにか身体を起こそうと、手を動かしたが感覚がおかしい。目の先に腕を持ってくると、腕の、しかも関節でないところがあらぬ方向に曲がっているのが見えた。
「ぐあぁぁっ!!」
痛みもそうだが、それよりもグロさと腕がそうなっていると言う事実に恐怖を感じた。
どうすることもできず痛みに悶えていると、誰かが駆け寄ってくる音が微かに聞こえた。
「セツダ・ミノルっ! 目覚めたのか……っ!」
「ト、トーナっ、あの後どうなっ、たッ!」
「心配するな、しっかりと魔物を倒し切ることができたぞ! お前のおかげだ! その後私がしっかりと結界石を破壊した、目的達成だ!」
「そう、かっ、それはよかった……! ぐっ、!!」
「無理に喋るな!! 貴様の状態は正直言って最悪なんだ! このレベルの怪我では私の生体魔法じゃ治せない、せいぜいできて止血くらいしか……! イングリットさんの所に早く向かわないと――」
意識が遠のいていくのが分かる。おそらく、無理に動きすぎたのだろう。あぁ、俺はこのまま死ぬのだろうか……
「セツダ、大丈夫か!! セツダっ!!!」
ミノルは意識を失った。
「クソっ!! このままでは……っ! どうやって運べば……!!」
状態が状態だ、無理に運べば余計に状態を悪くしてしまうかもしれない。しかしこのまま放置すれば、セツダ・ミノルが危ない。どうすれば――
「だ、大丈夫? は、運ぶの手伝う……?」
「っ!」
咄嗟に振り向き構えると、そこには先程の獣人の少女が心配そうに立っていた。
「なぜここにいる! 危ないから安全なところに――」
「ボスが危ないんでしょ? 私が獣化すれば、たぶん早く運べると思う……たぶん」
「ボス……? というか君、獣化できるのか?」
「うんっ! すごいでしょ?」
少女は少し誇らしげに、構えてみせた。
獣化というと、獣人の中でも血が濃くないと使えない、身体を獣のように強化するというものだ。いや、原点回帰と言った方が正しいのかもしれない。
近頃獣人の血は人間との交わりによってどんどん薄まっているため、獣化できるのは希少な存在なのだ。
正直一般の子供に任せるのは少し不安が残るが、この際そんなことは言っていられない。獣化できる彼女なら、たとえ魔物がいても逃げ切ることくらいならできるだろう。
「……では、君に頼もう。くれぐれも丁寧に、戦兵団の支部まで運んでくれ。場所は分かるか?」
「うん、分かるよ! じゃあ獣化するね!」
そういうと少女は目を閉じて、力を込め始めた。するとメリメリと音を立てながら身体が肥大化していった。どんどん毛深くなり、巨大な狼のような見た目になっていっている。
「おぉ、これは……」
「ジャア、行ッテクルネ。姐サン!」
そう言ってミノルを抱え、素早く駆けていった。
「……姐さん?」
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「くっ……!」
息をする間も確保できない。正直言って男の攻撃を躱すので精一杯だ。
男の首元にあるのは『神脚』の聖紋、目にも留まらぬ速さで動ける聖能を持つものである。
そんな彼は常に相当なスピードで私の急所に斬りかかってくる。常人なら、いやある程度の手練れでも、気がつかないうちに首が切り落とされていることだろう。
私の『神眼』で何とか動きは捉えられているため、辛うじて避けることができ、致命傷は食らっていない……が、いつまで持つかは分からない。
それに加えて、相手の使っている見慣れない形状の剣。その武器の切れ味は凄まじく、避けたと思っても、切先の風圧で肌が傷つくのが感じられるほどだ。
ちなみに相手の様子はというと、こちらがなぜ攻撃を避けられているか不思議に思っているようである。それもそうで、私の聖紋は肩にあるので袖に隠れて視認することができないのだ。そのおかげで相手は私自身の聖紋を把握できずに警戒してくれているので、深く踏み込んできてない。僅かながらの救いである。
「……!」
「んっ!?」
いきなり音を立てて空の結界が崩れ始めた。そしてそれと同時に途轍もない気配が街へ入ってくるのが感じられた。
この気配には覚えがある。
「ブランカ……?」
「……やはりか」
私が彼女の名前を出すと、一度も顔色を変えなかった彼が顔を顰めた。そして途端にテオニアから距離をとった。
「いきなりどうしたのかしら? 私の強さに恐れ慄いた?」
「……馬鹿なことを言うんじゃない。貴様、テオニアと言ったか」
「そうだけど?」
「悪いが勝負はお預けだ、いずれまた相まみえん」
「あら? 逃げるの〜?」
「……ふん、好きに言え」
するといきなり、男の背後に光の渦が浮かび上がった。そしてその渦には見覚えがある。あの男が逃げた時もこの光の渦が浮かび上がっていた。
「こら! 待ちなさいっ!」
そうは言いながらも、男を止める気にはなれなかった。ここで足止めしたところで私に勝機はないことなど、私自身がよく分かっているのだ。
「……ふん」
男は静かに渦の中へ入り、消えた。
周囲に危険がないことを確認すると、テオニアは全身から力が抜け、息を切らしながらその場にへたり込んだ。
「はぁぁぁ! よかった〜!! 何とか生きてる……」
このまま戦っていたら確実に私が負けていた。『神眼』の聖紋では避けることができても、スピードは相手が上回っている以上、ダメージを与えることが難しいからだ。しかし、そもそも聖能の相性が良かったからここまで耐えられたのであって、私以外が相対していたら、間違いなくその人は死んでいたことだろう。シリウスやフレナはもちろんのこと、ヴェルディスであっても怪しいだろう。
そういう風に考えれば、私でよかったと思える。
「副団長! 大丈夫ですか!!」
遠くからトーナがこちらへ走ってきた。そんなトーナを見ると愛おしく感じる。
「トーナちゃん! お姉ちゃん頑張ったよっ! 慰めてっ!」
「えっと……、はい、頑張りましたね?」
トーナは戸惑った素振りを見せながらも、一応褒めてみせた。そんな様子にテオニアは不満げに頬を膨らませた。
「うぅ、冷たくない?」
「気のせいですよ、気のせい――」
「はぁ、はぁっ、待ってくださいっ!!」
遅れて、やつれた顔のビズーがこちらへ走ってきた。ミノルを運んでもらった後ビズーの存在を思い出したトーナが、無理矢理叩き起こして連れてきたのだ。
「あら、ビズーさん。無事だったのね」
「えぇ、お陰様で……。えっと、これってひとまずは安全、という認識で大丈夫ですかね……?」
「まぁおそらく? 支部にいる仲間と合流してみないことには何とも」
「ひとまず戦兵団支部へ戻りましょう」
「えぇ、そうね。……というか、その腕に抱えてるのって……」
彼女はさっきから布で包まれた何かをしっかりと腕で抱えており、そこからは血が滲んでいるのが確認できた。
「……おそらく戦兵団の支部長、ノーマスの亡骸です。先程頭部だけ発見しました。周辺で胴体も探したのですが見つからず……」
トーナが布を捲ると、過去に見覚えのある戦兵団員の顔が出てきた。深い関係ではなかったが、何度か話したことのある仲だ。
頭部に損傷はほとんどなく、首が鋭利な刃物で斬られたかのように綺麗に寸断されている。殺され方と場所からして、先程の男に殺されたのだろう。
彼自身、決して弱くはなかった。むしろ支部長に選ばれているくらいなのだから強い部類だ、しかも商都の。だがあの男が相手だったのだとしたら、なす術もなく即死だっただろう。
「……ちゃんと持ち帰ってあげようか」
トーナは軽く息を吸って、少し顔を俯かせた。
「私も……そのつもりです」




