第二章 17話 『1つの仮説、街の夜明け』
――戦兵団支部前――
「ヴェルディス! 何か作戦はないの!! このままじゃっキリがないわよっ!!」
次々と襲いかかってくる魔物を対処しながら、トーナはそう叫んだ。
あの後、何度も男に近づこうと試みたものの、その都度現れる魔物によって阻まれ、失敗に終わってしまっていた。
「あやつの隙をどうにか作れないものか……」
イングリットも次々に襲いかかってくる魔物を往なしながら、この現状に目を向けた。そしてその中で一つの違和感に気づいた。
「……おかしいわねぇ」
まず、こんなに魔獣を召喚し続けるなんて常人ができるわけがない。おそらく敵は聖紋持ち、それも『獣愛』の可能性が高い。聖能は確か低リスク・低コスト・インターバルなしでの魔獣召喚が可能になるというもので、一国を滅ぼすこともできるような恐ろしい聖紋だ。実際いくら1体1体が大して強くなくても何千何万と来られたら対処しようがない。現にこれ以上魔獣が増えることなどがあればかなり危ない。危ないのだが……これ以上増える気配がないのだ。敵からすれば、数で押してしまえば簡単に片付くはずなのにそれをしてこない。なぜだろうか、敵は魔素切れを起こした様子もない、むしろ有り余っていそうである。
そして増えもしないが、減りもしていない。常に倒され続け数を減らしているはずなのに、全体の数が変わっていないように見える。ということは魔獣の召喚自体は続いているということなのだ。
魔獣を召喚し続ける魔素は有り余っているのに、ちまちま小出しにして数で押すことをしない。なぜなのか……
「……もしかしてぇ」
これらの情報から導き出された1つの仮説、それは――
「みんなぁ!! 魔獣を倒すのを一旦やめてぇ!」
イングリットはみんなに向けて叫んだ。そして何バカなことを言っているんだと言わんばかりの顔でみんなが瞬時に振り返った。
「何を言ってるのよ! 倒すのやめたら――」
「……ふむ、なるほどな。皆! 倒すのを一度やめろ!」
おそらくヴェルディスもイングリットの意図に気づいたのだろう。イングリットに続く形でみんなに促した。
イングリットに続き、ヴェルディスまで言い出したことで、皆疑念を抱きながらも倒すのをやめて、後退をした。
「ヴェルディスさん――」
「あぁ分かっている。フレナ殿、シリウス、もう一度あの男の元へ向かうぞ」
「それは別にいいけど……どうせさっきまでと同じことを繰り返すだけよ?」
「……ひとまず行こう、フレナ」
フレナとシリウスは少し納得いかない表情を浮かべながらも、建物の上にいる男に向かって走っていった。
「えっと俺らはどうすれば……」
不安そうな戦兵団員がヴェルディスに尋ねた。
「すまないが頑張って耐えてくれ、くれぐれも魔獣を倒さないでもらいたい」
「倒さずにどうやって耐えろって――」
戦兵団員が言い返す前に、ヴェルディスは2人の後を追って音も立てずに消えた。
「うぅっ、護国隊やっぱやべぇ奴らしかいねぇよっ!」
「えっとぉ、聞こえてますけどぉ」
「ひっ! すっ、すいません!」
戦兵団員はイングリットから顔を逸らすように、魔物の方を向いて構えた。そして後退りしながら、イングリットへ徐々に近づいていった。
「こんなこと言うのはおこがましいとわかってるが、頼む、俺たちを守ってくれっ……!」
「言われなくても守りますよぉ、たとえ身の程をわきまえない失礼な戦兵団員の方々だとしてもぉ」
「ぐっ……」
何か言いたそうな顔をしているが、どうにか堪えているようだ。流石にこの状況で異議を申し立てる勇気はなかったらしい。
イングリットも戦兵団員たちに続いて、魔物の方に構え、戦闘体勢を取った。
「上手くいってくれるといいんだけどぉ……」
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シリウスとフレナは壁を駆け上がり、再び男へと攻撃を仕掛けた。
すると案の定魔物が出てきて、2人の行く手を阻んだ。2人は険しい顔をしながらも、慣れた手つきで魔物を処理しようとした、がしかしその瞬間ヴェルディスの声が響いた。
「倒すな!! 殺さずに対処するんだ!!」
「「ッ!」」
2人は咄嗟に動きを変え、シリウスは魔物の手足を切り落とし、フレナは魔物を羽交締めにし、それぞれ動きを封じた。
その光景を目にした男は、顔色こそ変えないものの明らかに動揺していた。
そしてヴェルディスが屋上に現れた瞬間、顔を引き攣らせた。
「くっ……!」
「どうした? 魔物は出してこないのか?」
「……」
男は冷や汗を垂らし、黙ってヴェルディスを見据えた。
「……なんで分かった」
「さて、なんの話か」
イングリットが立てた一つの仮説、それは魔物の召喚数に上限が設けられているというもの。本来なら『獣愛』の聖紋にそんなものはなく、この仮説を決定づける確信材料すらもなかったが、状況からしてそうとしか考えられなかったのだ。そして実際にその仮説は当たっていたようであった。
「チッ! ここはずらか――」
ヴェルディスはこの瞬間を逃さず、相手へ思いっきり踏み込み、斬り掛かった。しかしその時――
「!!」
遠くの方で大きな衝撃音が響き渡った。そしてそれと同時に目の前を魔物が遮り、ヴェルディスの斬撃を受け止め消滅した。
間髪入れずに再び男目掛けて斬りかかろうと咄嗟に視線を戻した。すると男の後ろに薄暗い光が渦巻いており、そこからは腕が伸びていた。異変を察知したヴェルディスは、腕の方を目掛けて斬り掛かった。しかし刃が届くよりも先に腕が男を光の中へ引き込み、光の渦ごと消えてしまった。
「くっ……逃げられたか」
確かにこちらの読みは当たっていたかのように思えたが、結局魔物が現れ、男を倒し切ることができなかった。様子からして読みが外れたわけではなく、どこかで魔物が倒されたのだろう。
「何なのあれ! 男が消えたわよ!!」
「あれは魔法……なのかな?」
「転移魔法? そんなもの今も存在してるの……って、そういえば下の魔物! イングリットたちがやばいわよ!!」
「確かにそうだ! 早く向かわないと!」
フレナとシリウスは、おそらく下で苦戦を強いられているであろうイングリット達を助けるため、急いで下へ向かった。
「――――転移魔法か」
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「はぁ、はぁ……、流石に少し疲れてきたわねぇ……」
次々と押し寄せる魔物の対処で、イングリットは疲弊し切っていた。倒し切るならまだしも、倒さずに足止めだけするなど余計に消耗が激しい。そもそもイングリットは戦闘要員ではないのだから、さらに厳しい。
「が、頑張ってくださいっ!! 本当に耐えて!!」
戦兵団員に関しては、イングリットの後ろに隠れて何もしていない。いや、何もできないと言うのが正しいのかもしれないが、それにしても何もしていない。せいぜいやっていることといえば、泣き言を言うことと頼りない声援である。
「ちょっと本当にマズイかもぉ――っ!?」
するといきなり空を覆っていた赤い結界が、ガラスが割れるかのように上の方から崩れ始めた。
「テオニアちゃん達、ちゃんとやってくれたのねぇ……! でも、うぅっ! もうダメかもぉ!!」
イングリットの限界が近づいていた。このままでは押し切られるのも時間の問題だ。
「お、お願いします!!! あともう少し耐え――」
「――うおぉぉりゃぁぁぁぁ!!!!!」
「「「!!!」」」
崩れかかっている結界の穴から、いきなり人が叫びながら降ってきた。そして目の前魔物を巻き込んで着地し、それと同時にとてつもない轟音と土埃が舞った。そして視界が晴れると、そこには赤髪の女性が魔物に向かって構えていた。
「――あらぁ、もしかして、ブランカちゃん?」
「あぁ、イングリット。助太刀に参った」
「だ、団長っ!!! 来てくれ――」
「お前達……そこで何をしていた? 傷一つついていないようだが」
ブランカは静かに目を見開きながら、戦兵団員を睨みつけた。その静かな圧力に、戦兵団員達は青ざめてしまった。
「えっと、それは――」
「いや、何も言わなくていい、大方察しはつく。それについては後で話そう」
「ヒッ……」
ブランカは魔物に視線を戻し、天地上下の構えをとった。そして一息ついたその直後、瞬く間に数十といた魔物が次々と素手で蹂躙されていき、ものの数秒で全ての魔物が消滅した。
「――イングリット!! 大丈夫……って、あれ?」
急いで駆けつけたフレナとシリウスは、目の前の現状に肩透かしを食らったようである。
「というか、ブランカ姐!? 何でここにいるの?!」
フレナはブランカを見つけると、驚きながらも少し嬉しげに話しかけた。
「おぉ、久しいなフレナ。何でと言っても、ベンザルは戦兵団の管轄だからな。そこでよからぬことが起きてるとなれば、来るほかないだろう」
「ブランカさんが来てくれればもう安心だね」
「それにしても……うちの団員が迷惑をかけなかったか?」
後ろで縮こまっていた戦兵団員達が、冷や汗をかき始めた。
「そ、そんなことはな――」
「めーっちゃ、迷惑かけられっぱなしだったわよ! しかも、大して前線で戦うこともせず、ずっと誰かしらの後ろにしれっと隠れてたしねっ!」
それを聞いたブランカは、顔色は変えずとも、ものすごい覇気を纏った。
「ち、違うんです!!」
「やはり傷一つついていないとは思っていたが……そこまでとはな。どれだけ護国隊に迷惑をかければ気が済む?」
「お願いですっ! お許しください! どうか穏便にっ」
「お前達は助けられていなければ今頃死んでいただろうな。なのに生きているのなど、恥以外の何ものでもない。私が落とし前をつけてやろう。歯を食いしばるんだな、殺すまではしなくとも半殺しくらいにはしてやる」
ブランカは思いっきり拳を振り上げた、団員達は絶望した面持ちで虚空を眺めている。
「ちょっと待ってぇ、ブランカちゃん」
「イ、イングリットさん……!」
団員達の顔に、一気に希望が宿った。しかしその希望も一瞬にして砕かれた。
「意識が飛ばない程度にしておいてねぇ? 私も後で殴りたいからぁ」
「イングリットさんっ!!!」
「あぁわかった、意識が飛ばない程度に痛めつけよう」
「お、お助――」
その後、目にも当てられないような光景が長いこと続いた。




