第二章 15話 『ファーストハグ』
「――おい! しっかりしろ!」
「――ッ!」
「こんなところで立ち止まってる暇はない! 副団長が時間を稼いでくれているうちに、早く塔へ向かうぞ!」
「こんなの目の前にして……そんなすぐに気持ちを切り替えられるわけないだろっ……うっ……。何でお前はそんなに平気そうにしていられるんだよ……!」
「…………平気そうだと? 私だって……! こんなものを前にして……平気なわけがないじゃないっ!!」
トーナから突然発された声遣いに、不意打ちを食らった。
咄嗟に後ろを振り返ると、ほのかに目に涙を溜め顔を赤くしたトーナの顔がそこにはあった。普段仏頂面な彼女からは想像できない、感情的で女性らしい表情を浮かべていた。そんな彼女を前にさらに狼狽えてしまった。
「急に……どうしたんだよ。お前、そんな顔するような奴じゃなかっただろ……?」
「……貴様に私の何がわかる? 何を知っている? ぽっとでの貴様が、知ったような口を利くんじゃない!」
「す……すまん」
確かにそうだ。隊員になってから2ヶ月くらいしか経っていない新参者なんかに、彼女のことがわかるはずなどない。ましてや普段訓練をつけてもらっている面々とは違い、毎日図書館に通う際に顔を見合わせる程度なのだ。その程度の男にわかったような口ぶりをされたら、さぞかし不快だろう。
こうやって他人との距離感を間違えるのも俺の悪い癖だ。昔から幾度となく同じことを繰り返して、その度に痛い思いをしているのに……何度繰り返せば学ぶのだろうか。
「……ひとまず立て。早くしなければ、副団長がいつまで持つかわからない」
「あの人なら心配しなくても大丈夫だ……ろ」
そう言いながら改めて周囲を見回すと、地面から血飛沫を巻き上げながら突風が吹き荒れていた。いや、テオニアと男が高速で移動しながら打ち込み合っていた。早すぎて目に追えないがそれでもわかる、テオニアが防戦一方になっていることが。男の方に至ってはしっかりと視認することができない。気配からそこにいるのは確かなのだが、俺の目で捉えることができるのは微かに視認できる苦しそうなテオニアだけだった。
「これは確かにやばそうだな、急ごう!」
俺たちは死体を極力避けながら塔の入り口へと走った。とにかく下を見ないように、でなければまた吐き気に襲われてしまう。
死体に足を取られながらも、もうすぐで入り口に着こうという瞬間、いきなり空から何かが目の前に落ちてきた。
「くっ、さっきの奴らか!」
「またかよっ!!」
落ちてきたのは、先程追いかけ回してきた怪物だ。しかも2体。先程の奴らとは違い人型になっており、ただならぬ気配を感じる。男のものほどではないが、先程の怪物よりは遥かに上だ。
「こうなると私はほとんど役に立たん、今度こそ貴様がッ――」
「!!」
目の前の怪物1体が先程の怪物とは比べ物にならない速さで拳を振りかざし、咄嗟に発動した防御魔法ごとトーナを殴り飛ばした。そしてトーナは建物の壁を突き破り、それを怪物が追って行った。
「マジかよ! こんなの勝てるわけっ !?」
もう片方の怪物も拳を振り上げ、俺のことを叩き潰そうとしてきた。しかし俺は何とか咄嗟に、防御魔法を発動することができた。しかもそれはトーナのに比べて面積は小さいものの、割れることなく攻撃を防いでくれた。
安心したのも束の間、無情にもサイドからもう1発拳が放たれ、殴り飛ばされ地面を転がった。
「無理だろ……これ。攻撃が速すぎて敵の懐に入り込めない」
正直痛いが、フレナに殴られる方がもっと痛い。そう考えると、普段の組手からフレナは俺のことをとんでもない力で殴っているのではなかろうか。手加減していてあれなのだとしたら、かなり恐ろしい。
怪物の攻撃は俺の防御魔法でも防げることがわかったものの、器用に何枚も出せるわけではなく、連続した攻撃には対応しきれない。
「セツダ・ミノル! 無事か!」
トーナが地面を滑るようにして、こちらへ駆け寄ってきた。おそらく見る限り土の自然魔法の応用だろうが、正直その発想はなかった。今度俺も試してみよう。
いけない、こんなこと考えている場合じゃない。いかんせん感性がおかしくなってきたな。段々とこの世界に脳が蝕まれてきている気がする。
「トーナこそ大丈夫か? かなり派手にやられてたけど怪我とかないのか?」
「イングリットさんほどではないが、私も生体魔法を使えるからな。少しぐらいなら治せる」
「てことは怪我自体はしてるじゃねぇかよ」
「人の心配より自分の心配をしろ! 貴様は生体魔法を使えないだろ、身体は頑丈みたいだがいつまで持つかわからないぞ」
「ぐぅの音もでないな……」
「おい! 立て! 前から来るぞ!!」
「っておい! 後ろからも来てるぞ!!」
俺とトーナは咄嗟に背中合わせになり、素早く防御魔法を展開させた。俺は相変わらず鍋の蓋程度のサイズを、トーナは先程とは違い、防御魔法を3枚ほど重ねて展開した。
その防御魔法に怪物達は拳を振り上げ、突進した。俺の防御魔法は何とか持ち堪え、怪物を弾き返した。
トーナは3枚の内2枚は破られたが、残り1枚で受け止め、魔法で風を起こして、俺の目の前にいる怪物も含めて2体とも遠くへ吹き飛ばした。これくらい吹き飛べば、少しは猶予ができるだろう。
「はぁ、はぁっ! 危なかった……」
「貴様……何だ? その高密度の防御魔法は」
トーナがキョトンとした面持ちでこちらを見つめていた。
「?」
「そんなものぽんぽんと使っていたら、あっという間に魔素が底を尽きるぞ……と言おうと思ったが、そういえば貴様は魔素量だけは無駄に多いんだったな。はぁ……私にも分けて欲しいくらいだ」
「魔法も大して使えないのに魔素だけ持ってたって意味ないからな、分けてやれるなら分けてやりたいくらいだ」
「言ったな?」
「へっ?」
トーナがいきなり強く抱きついてきた。やばい、心がときめいてしまう。と思った矢先、急に貧血のような感覚に陥った。
「ほう、ここまで吸ってもまだ立っていられるなんてな。やはりとんでもない魔素量だな」
「お前! 人の魔素勝手に吸い取ったのか!?」
「ふん、お前が分けてやりたいなどと言うから、遠慮なく分けてもらった。少し私も消耗していたからな」
「はぁ……魔素量はお前の方が多そうなもんだがな」
「いや、そんなことはない。私も少ないわけではないが、貴様の方が私より魔素量は多い。というか、あんな防御魔法使っても顔色一つ変えない時点で、私より魔素量が多いことなど明白だろう」
「そんなに俺の防御魔法ってヤバいのか?」
「そもそも概念魔法は元来消耗が激しい部類の魔法なんだ。だから極力魔素消費を抑えて使わないと常人はすぐに底をついてしまう。私も聖紋の恩恵で魔素のロスはかなり減っているが、それでも貴様のような防御魔法はそう易々とは使えん」
「はぇ……」
「というかそんなこと呑気に話している暇なんかないぞ! あの魔物には魔法が大して効かないから、貴様が頼りだぞ」
「そうは言われてもなぁ」
はてさてどうしたものか。正直俺の防御魔法はトーナほど器用に使えないからあまり役に立たない。だからといってトーナの防御魔法じゃ心許ない。いいとこ取りできたら便利だろうにな……って、おっ?
「いいこと思いついたぞ!!」
「! びっくりさせるな! 急にどうしたんだ!」
「トーナ、お前をおんぶさせてくれ!」




