第二章 14話 『懐かしい臭い』
「違う言語の種族とも、滞りなくやりとりできる聖能……?」
「あぁ、珍しい聖紋ではあるが……いかんせん使い所がない。そもそもラスパニア大陸では人語が幅広く使われているから、大陸の生活圏内ではほとんど使う場面がないし、聖紋の濃さによっては簡単に別言語を読み書きすることもできるようになるらしいが、それも特定の地域に行ったり、古い文献を読み漁ったりする時ぐらいにしか役に立つことはない」
「別にそんな聖紋を持ってなくたって、頑張って勉強すれば習得できちゃうから、余計に使い所が見出せないわよね」
「はぁ……期待して損したな」
正直言って期待外れだ。聖紋を持っているだけで身体能力などは上がるらしいから、まだ持っているだけでもマシなのかもしれないが……。それにしても、テオニアの持っている神眼とかいう感じのカッコいいのを期待していたのに。せめて、もっと実用性のありそうなやつだったらよかったのだが……
……いや、でも待てよ? もしかして異世界に来ても言葉が通じているのって、聖紋のおかげだったりするのだろうか。最近は慣れて気にならなくなっていたが、改めて意識してみると、聞き取る時は脳内に意味が浮かび上がってくるような感じがしていたし、喋る時は喉にモヤがかかったような感覚になるのだ。
そう考えてみると異世界から来た俺にとってはかなり有用な聖紋だが……こんなピンポイントで都合のいい能力が偶然自分に宿ったとでもいうのだろうか。おそらく、そんなことはないだろう。
仮説だが、異世界に転移したらデフォルトでこの聖紋がついてくるとかそういう感じなのではないだろうか。神様からの情けとか、あるいは贈り物か。
もしこの聖紋がデフォルトで付いてくるものではないのだとしたら……考えるだけで恐ろしい。俺の場合だったら、ロベルトに捕まった時点で詰みだっただろう。今の時点では仮説でしかないが、ひとまずこの聖紋を授けてくれたかもしれない神様に向かって感謝しておくことにしよう。
「――ありがたや……」
「?? というかそれこそ隊長がネタにしてイジってきそうなのに、なーんにも触れられなかったの? 首元にあるから、見えなかったってわけでもないでしょうし」
「いや、本当に何も言われてないんですよ。あの人ならめっちゃバカにしてきそうなのに」
「正直言って、隊長が何を考えているのかわからんな」
個人的にも、そこがやはり引っかかるのである。意図的に触れていないのは明らかだが、何か俺に話したくない理由でもあるのだろうか、何かこの聖紋に秘密があるとか……! まぁロベルトがそこまで考えているとは思えないが……
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「へっぶしっ!! ……誰か俺の噂話をしてるな?」
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歩き始めて20分程した頃、突然先頭のビズーが足を止めた。
「皆さん、この階段の先が目的の出口です」
「ビズーさん、ちなみにそこの出口から塔までの距離はどのくらい?」
「えっと、そもそも塔の周りは広場になっているんですけど、出口はその広場の外縁部に繋がってるので、すぐ目の前ですね」
「ふーん、じゃあちょっと塔の周りの様子を確認しておいた方がいいかな」
「おっ、ここで神眼が役に立つんじゃないか?」
「ふふーん、わかってきたじゃないミノルくん。正解! こうやって目を瞑ると――――」
テオニアはそう言って固まってしまった。心なしか顔をひきつっているようにも見える。
「? どうしたん――」
「やばいバレちゃったかも!! こっちに来るわよ!!」
「何が来るって?! バレたって何――」
途端にテオニアの真上が崩れ、強い衝撃が走った。土埃によって視界が覆われ、目を開けることができない。
「くっ、副団長!」
「ごほっ……、大丈夫か! テオニアさん――ッ!?」
突然、身体から冷や汗が溢れ出てきた。今まで感じたことのない気配を感じる、いや気配というよりは魔素なのかもしれない。とにかく何といえば良いのか分からないが、今すぐにでもこの場から逃げ出したいくらいだ。だが逃げようとしても、気配による威圧感で身体が萎縮し、その場から身体を動かすことができない。
そのまま少しして土埃が落ち着き、視界が良くなるとそこには、剣を交えて膠着状態になっている、テオニアと知らない男がいた。
灰色の髪をした中年ほどの男で、よく見ると袴のようなものを着ており、手には刀に酷似したものが握られていた。
この世界にも日本、アジアのような文化圏があるのだろうか。てっきりヨーロッパのような文化しか存在しないのかと思っていたが、よくよく考えてみれば別世界だったとしても、様々な文化が形成されるのはごく自然なことであった。
「……うっ」
おそらく目の前にいる男が、この気配、威圧感の根源だろう。
この世界に来てから多かれ少なかれ何度か似たような気配を感じたことがある。それは怒っているフレナだったり、組手中のシリウスだったり、先程の男と相対していたときのテオニアからも感じた。しかし今感じているものは、それらと同じようでそのどれにも当てはまらない気持ち悪さのようなものを纏っていた。
土埃が落ち着いてもなお、目の前の2人はお互いに目を見開き、相手を見つめて動かない。
そのまましばらく静寂が続くように思われたが、そう経たずにテオニアがその静寂を破った。
「あなた、さっきの男の人じゃないわね」
「…………さっきの男? 誰のことだか知らないが……貴様、なぜ反応できた?」
「逆にこっちが聞きたいわよ、何で私たちの居場所がわかったの?」
「……貴様に答えてやる義理はない」
「じゃあ私も教えてあげなーい」
男はテオニアの軽い煽りにも一切反応することはなく、ひたすら険しい表情を保っている。そして当のテオニアも口調こそふざけているように聞こえるが、顔には一切の余裕が感じられない。
「あなた、何で攻撃を続けないの?」
「ふん……貴様こそ、打ち込んでこないのか?」
「ふーん、ならお望み通りこっちからいこうかしらっ!」
そう言った途端に突風が起き、土埃が舞った。そして瞬きする間もなく、目の前からテオニアと男の姿が見えなくなった。
「消えた……?」
「行くぞ、セツダ・ミノル!」
「行くっつったてどこに?! というかビズーさんはどうするんだよ!」
当のビズーはというと、男の気配にあてられたせいなのか、失神してしまっていた。
「おい! 起きろビズーさん!」
強めに肩を揺すったが、意識が戻る気配がない。
「こうなったら、ひとまずここに置いていくしかない。とにかく私たちは塔の上まで行かなければ」
正直ここにビズーを置いていくのは不安でしかないが、だからといってどうにかすることもできないので、結局はそうするしかない。
「はぁ……わかったよ。行くなら早く行こうぜ」
そうしてトーナと共に急いで階段を駆け上がると、頭上に木製の扉があった。しかし南京錠のようなもので内側から施錠されており、開けることができなかった。仕方がないので、素手で扉を殴り飛ばした。
差し込む光は相変わらず赤い。だが先程までと違い、今まで感じなかった異臭が鼻を突いた。
「……何なんだよ……これ」
外へ出ると目の前には、赤く照らされた広場に数えきれない程の死体が埋め尽くしていた。原型を保っていれば良い方で、基本的にどこかしらが欠損しており、とてもじゃないが見るに耐えない。そして空気中に漂うどこか懐かしい鉄棒の臭いのようなものが、鼻を突き続けていた。
俺は吐いた。
何を思うわけでもなく、ただただ吐いた。
口から漏れ出す吐瀉物は、足元の死体の顔に降り注ぎ続けた。
トーナが俺の背中をさすった。無言で、あるいは何か語りかけていたのかもしれない。
俺はまた吐いた。
「――――気持ち悪い」




