第二章 10話 『ギュボッ!』
「……何だ?」
全く状況が掴めないが、マズイことが起きているのは分かる。空を覆うドームが、塔の真上から波打つように赤色へと変化した。それによって陽の光も赤くなり、街は一気に終末の世界かのようになった。
「結界の書き換えか……? しかし誰が何のために……」
「正直、あの逃げた男と無関係だとは思えないわね。あまりにもタイミングが良すぎるし」
「一旦、ヴェルディスさん達と合流した方が良いかもしれません」
「そうね、対応についても話し合わなきゃ……って、そういえばビズーさんに誰か護衛ってついてたっけ……?」
「いや……今は誰も」
「私は一旦宿に戻るわ! ビズーさんを回収しなきゃっ! 2人は先に戦兵団の支部へ向かって他の面々と合流して!」
そう言い、テオニアは目にも止まらぬ速さでその場から走り去った。
「戦兵団の支部へ向かうぞ! 私についてこい!」
「わ、わかった!」
トーナはそれ程足が速くないようで、俺でも何とか喰らいつけている。
しかし街中の人々がパニックになって騒いでいるせいで、道を真っ直ぐ走ることができない。なのでトーナはアクロバティックに馬車や建物の塀などの上を移動しているのだが、俺も真似しようとするが上手くいかず……どんどん離されそうになっている。
正直図書館で本を読んでばっかのトーナが、ここまで動けるとは思っていなかった。
「何をやっているんだ、セツダ・ミノル! 急げ!」
「うぉぉぉ!! なにくそぉ!!!」
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何とか離されないようにひたすら走り続け、しばらくすると薄っすら奥の方に開けた場所が見えた。
「戦兵団の支部が見えたぞ!」
「あれか! はぁ、はぁ……あともう少し――」
「!! セツダっ! 屈め!!!」
トーナがいきなり叫んだ。
俺は考えることはせず、全速力で屈んだ。そうした途端、頭上を何かが高速で掠め、避けたその物体は俺の近くに居た民間人の頭部に直撃した。そして直撃した瞬間、その民間人の頭部は吹き飛んだ。
「はぇ……?」
恐る恐る後ろに振り返ると、そこには異形な怪物がいた。皮膚は紫色で四足歩行、眼があるであろうところは陥没しており、見たことのない見た目をしていた。しかし、ロベルトと山籠り中に見た獣に雰囲気が似ている気もした。
「キュルキュルル……」
「しっかりしろ! セツダ・ミノル!」
トーナがこっちに駆け寄りながら怪物に向けて魔法が放ち、いくつもの炎の玉のようなものが立て続けに怪物へと直撃した。
「ギュボッ!」
しかし、あれだけの魔法をもろに食らっても、怪物は全くダメージを受けていないようなそぶりを見せている。
「くっ……! マズイ、魔法耐性が思ったよりも高い! セツダ・ミノル! 貴様が剣で……って剣はどうした!」
「んなもん宿の部屋の中だよ! あの時慌てて出てきたから持ってくるの忘れてたんだよ!」
トーナがキレながら呆れている。
いつもの街の巡回を手ぶらで行っているせいで、剣を持ち歩く習慣が未だ身についていないのだ。
「じゃあ、代わりに貴様自身の拳で――」
「無理無理無理」
あんな得体の知れない化け物に向かって拳で立ち向かえるほど、俺の肝は据わっていない。
「貴様本当にヘタレだな! 仕方がない、ここは撤退だ! 一気に戦兵団の支部まで駆け抜けるぞ!!」
「あぁ、わかった!!」
恐怖で身体が思うように動かない。だが、生きるために全速力で走った。
後ろから怪物が高速で追いかけていており、それに巻き込まれていく民間人の悲鳴が続け様に聞こえてくる。
ひたすら走り続け、いよいよ目の前に戦兵団の支部がはっきり見えたという時に、民間人と衝突し、その場に転倒した。戦兵団支部の周りには、怯える民間人達が押しかけていており、その場は騒然としていたのだ。
恐怖で後ろを振り向くと、怪物が目の前まで迫っているのが見えた。
立ち上がろうとするが、恐怖と民間人によって思うように動けない。
「セツダっ!!!」
「うっ、うぁぁぁっっ!!!」
もうダメだと思ったそのとき、いきなり誰かが戦兵団支部の柵の上を走り、怪物の方へ飛びかかっていった。それは、剣を携えたヴェルディスだった。
「うぉりゃぁ!!」
「ギュボァッッッ!!!」
ヴェルディスが怪物の首目掛けて剣を振い、そしてのその場に怪物の首が落ちた。
「セツダ殿っ! トーナ殿! 急いで中に!」
トーナとヴェルディスが柵を飛び越えて中へ入ったので、俺もそれを追った。しかし、それを民間人が阻んだ。皆俺の身体を掴んで離さなかった。
「お願いですっ!! 中へ入れてくださいっっ!!!」
「頼む!!! 死にたくないんだ!!!」
皆が悲痛な叫びをあげていた。
「……すまん許してくれっ! 俺も、死にたくないんだ……!」
皆の手を振り解きながら、前へ進み続けた。そして足にしがみつく人を蹴り飛ばしながら、柵を登った。
柵を飛び越え、中へ入ることができた。しかし、柵の外では民間人の悲痛な叫びが響き続けている。俺は振り返ることができなかった。恐怖と絶望に塗れる彼らの顔を直視することができなかった。
支部の敷地内を見渡していると奥で、シリウスが手を振っているのが見えた。
「ミノル君! こっちだ!」
シリウスのいる方へ走り、戦兵団支部の建物内へと逃げた。
入ると中には、いつもの面々と失神したビズーを小脇に抱えているテオニア、そしておそらく戦兵団員であろう人が3人居る。そのうち2人は、あの時俺らを馬鹿にしてきた野郎だ。ぶん殴ってやりたかったが、そんなことをできるような状況でも状態でもなかった。
「あぁ……一旦助かった……」
緊張が解けた瞬間、俺は地面にへたり込んだ。それと同時に、罪悪感も襲ってきた。生きるためとはいえ、助けを求める民間人を薙ぎ払い、蹴飛ばして、逃げてきたのだ。先程の悲鳴は今も頭の中に残り続けている。
「とりあえずは全員無事ね、はぁ、よかった……。万が一誰かが死んだりなんかでもしたら、ロベルトにどやされちゃう」
「いや、全然無事なんかじゃねぇよ!! 外に大勢の民間人が助けを求めて押しかけてんだ! 何で中に入れてやらねぇんだよ!!!」
「そんなことしたら収拾がつかなくなるわよ! それにもし入れたとして、私たちが全員を守り切れるとでも思ってるの?!」
「そんなことはわかってんだよ……くそっ!」
「落ち着いて、ミノル君。僕も、ここにいるみんなも、心苦しいのは同じなんだ」
「……すまん、ちょっと感情的になりすぎた」
ここで感情的になっても仕方がないのは十分に理解しているつもりだが、そうもいかなかった。俺自身感情のコントロールが下手くそなのを身をもって感じた。
「……それにしても、テオニアさん着くの早すぎないか?」
そう言うと、テオニアは頬を膨らませ、口を尖らせた。
「逆よ、君たちが遅すぎるの。あの時私がみんなを担いでいった方が断然早く着いたかも。ちょっと失敗したわね……」
「……」
迂回した上、ビズーを抱えた状態で俺らより早く着くなんて、やはり化け物じみている。
「まぁいいわ。みんな集まったことだし、これからのことについて作戦会議をしましょう」




