第二章 8話 『似て非なるもの』
「ザース商会の頭取?」
「ザース商会はこの商都の中で1番影響力を持っているところでぇ、そしてその商会の頭取である方ですからぁ、実質この商都のトップと言っても差し支えない方ですねぇ」
「商都のトップ!?」
「いえいえ、そんな大層なものではないですよ」
商会の頭取で商都の実質トップだという彼だが、全然嫌な感じはせず、人相がとても良さそうである。少し失礼な態度をとってしまったが、当の本人は気にしていないようだ。
「ビズー様には我々が今回調査するに当たって、拠点となる宿を提供して頂きました」
「そうだったんですか!? 本当にありがとうございます〜」
テオニアが嬉しそうに、ビズーに対して感謝した。相変わらずテオニアは、何というか子供っぽい感じが滲み出ている。いや、不思議ちゃんと言うべきだろうか。
「気にしないでください、逆にこちらが感謝したいものです。最初は戦兵団の方々に事件の捜査に当たってもらっていたのですが、一向に解決せず、挙句の果てには護衛についてくれていた戦兵団員までもが行方不明になってしまって……。藁にもすがる思いで、セシメア様に救援を求めていたのです。そしたら護国隊の副隊長にまで来ていただけて、何とも心強い」
「いやぁ、照れますねぇ。おっほん! 事件の捜査、戦兵団なんかより断然頼りになる、私たち護国隊にお任せあれっ! 」
「あはは……よろしくお願いしますね」
ちょっとテオニアにも、ロベルトとは別方向で問題があるように感じる。個人的には先が思いやられるが、反応を見る限りビズーも同じ気持ちのようである。
気まずさで目線を逸らしふと奥を見ると、建物の影に男がいた。見た感じ戦兵団員のようで、おそらくビズーの護衛なのだろうが……、めちゃくちゃこちらを睨んでいる。たぶんテオニアの発言のせいだろう。
もしかして戦兵団と護国隊の仲が悪くなったきっかけって、こちらが一方的に悪かったのかも知れない。いや、絶対にそうだろう。
「立ち話もなんですし、ひとまず中に入りましょうか」
そうして宿の中へ入り、部屋などの説明を受けた。設備もよく、高級ホテルのようである。流石商都のトップが用意した宿という感じだ。
「説明は一通り終わりましたが、あともう一つ。皆さんと一緒に、私もここに泊まることにしました。護国隊の方々がいる所の方が安全だと思いましたので」
「任せなさい! 自分の身すら守れない情けない戦兵団の奴とは違って、不審者が現れたら私が一瞬でとっちめてやるわ!」
フレナが発言した途端、寒気が身体を襲った。恐る恐る振り返ると、柱の影にさっきの護衛がいた。そしてとんでもない形相でこちらを睨みつけており、先程の比ではない。おそらくフレナも聞こえていることを分かっていて、わざと挑発しているのだろう。正直、かなり性格が悪い。何か申し訳気がするが、先程の出来事を思い出し、そのような気持ちは一瞬でどこかに消えていった。
「では私は一旦失礼します。何かあれば私の部屋まで来てもらって構いませんので」
そう言ってビズーが去るのと同時に、宿の人がこちらの方へやって来た。
「ご食事の準備ができましたので、こちらへどうぞ」
「やった! ちょうど私お腹空いてたのよね。みんな早く行きましょ? ほらぁ、トーナちゃんも本ばっか読んでないでご飯行きましょ〜?」
そう言って、テオニアがトーナに抱きついた。だがトーナの反応は薄く、テオニアを冷たくあしらった。
「分かりましたから、一旦離れてください。重いです」
「トーナちゃん冷たくない? テオニアお姉ちゃん悲しい〜」
戯れているテオニアを横目に、皆はさっさと食事処へ移動した。
移動すると、目の前には長机があり、その上には豪華な料理が並んでいた。
今思えばこの世界に来て、ちゃんとした料理は食べていなかった。本部の食堂は質素な料理しか出てこず、外食も特にすることはなかったので、こんなしっかりとした料理を目の前にすると感動すら覚える。
「おぉ、美味しそうだね。ミノル君……どうしたんだい? 泣いているのかい?」
「なっ泣いてねぇよ! そんなことはいいから早く食べようぜ」
皆それぞれ席に座り、各々で食べ始めた。
この世界には『いただきます』のような挨拶は一般的ではないようで、最初の方は本部の食堂で視線を感じることもあった。しかし、宗教に属している者の中には食事の前に祈りを捧げる人もいるらしいので、そこまで違和感は持たれなかったようである。
「うめぇ……」
料理を口にした途端、衝撃が走った。元の世界で食べた高級料理と遜色ないか、それ以上のクオリティであり、この世界に来て初めてのしっかりとした料理だったのもあって、涙が溢れそうな程である。
皆もこのような料理は頻繁に口にするようなものではないらしく、それぞれ感動していた。……いや、本を読みながら食べている行儀の悪いトーナやマナーのなってないフレナ、全く表情を変えずに黙々と食べるヴェルディスを除いて、料理に感動を示していたといった方が正しいかもしれない。
「トーナ、本読みながら食べるのは流石に行儀悪くないか?」
「ふん、セツダ・ミノル。貴様こそナイフとフォークの持ち方が間違っているが、それは良いのか?」
「えっ……マジで?」
少しショックを受けた。
「みんな、明日の予定についてなんだけど、戦兵団の支部に顔を出しに行こうと思うわ」
「えぇ!! 嫌よ! 戦兵団のところに行くのなんて。何の意味があるのよ!」
「ベンザルは基本的に戦兵団の管轄ですからぁ。その管轄内で活動するとなるとぉ、事前に挨拶くらいはしとかないと色々問題になってしまいますからねぇ」
「あとこれまでの調査結果の引き継ぎもしたいっていうのもあるかな」
「むぅ……」
「まぁ正直、私も行きたくないんだけどね」
フレナは不服そうな表情を浮かべている。まぁ個人的にもあまり戦兵団と関わりたいとは思わない。今日会ったような奴らがうじゃうじゃ居るとなると、正直いくつ身体があっても保たない。
その後を談笑しながら、食事を楽しんだ。
食事が終わった後は、さっと風呂に入り、部屋のベットに潜った。今日は早く起きたのもあってとても眠い。なので明日に備えて早めに寝ることにする。
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「あぁ〜よく寝たっ」
久しぶりの良い目覚めである。
軽やかにベットから出て、窓のカーテンを開けた。日の上り方的に、もう集合の時間だろう。蹴伸びをし、そして気持ちよく隊服に着替えていると突然、微かに外で叫び声が聞こえてきた。
「やだぁ! やめてぇ!!」
慌てて着替え終えて階段を駆け降りて外へ出ると、男二人が恐らく獣人であろう少女を白昼堂々と縛り、馬車の荷台に乗せようとしていた。様子から見るに人さらいだろうか。もしかしたら、事件に関係があるかもしれない。気がついたら俺は突っ走っていた。
「お前ら何やってんだ! 白昼堂々人さらいか!?」
「あぁ? なんだてめぇは……ぐはっ!!」
ミノルは華麗に男一人をなぎ倒し、もう一人の男を睨んだ。
「なっ、なんだよ! お前っ、何してくれてんだよ!! ってそのペンダントは――」
「知ったこっちゃねぇよ」
ミノルが残りの男にも殴りかかろうとした、その時――
「セツダ・ミノルっ! 何をしているんだ!!!」
声のした方に振り向こうとした途端、顔を殴られた。突然の出来事に驚き、改めてゆっくり振り返ると、そこには怒っているトーナがいた。意味が分からない、状況が理解できない。なぜトーナは怒っているのだろうか。
「いきなり顔殴ることはねぇだろ!! なんだよいきなり! こいつら人さらいだろ? ひっ捕まえて何が悪いんだ! それに行方不明事件に関係あるかもしれないだろうが!」
トーナは一瞬戸惑いの表情を浮かべた。まるで、意表をつかれたかのようであった。しかしまたすぐに、怒りの表情へと変えた。
「彼らには、ちゃんと国の認可が下りているんだ!! 胸のペンダントを見ればわかるだろう!」
そう言われ、男の胸に目を向けると、確かにペンダントのようなものがあった。そしてそれは、護国隊員や戦兵団員がつけているものと似ていた。
「人さらいが……? な、何の冗談だよ! 見逃していいわけがないだろ!!」
またトーナは戸惑いの表情を浮かべた。そして何かを察したかのように話し始めた。
「……そういえば聞いた話によるとお前はとことん無知な奴らしいな、いいか? この獣人の女は様子を見るに不法滞在者なんだろう。しかも身なりからして下級国民、……人権などない、ましてやこんなに大きい都市ではな。そして連れて行こうとしている彼らは、しっかりと国からの認可が下りている奴隷商会の人間だ。ちゃんと決まりに則って、人をさらっている。私たちに口を出す余地はない」
「……はぁ?」
「すまなかった、こいつは新人なもんでな。今回は大目に見てやってくれないか?」
トーナは男たちの方を向き、謝罪した。
何故だ、何故人さらいに対して謝るんだ。そんな事する必要はないだろう。
「けっ! しっかりと教育しやがれ! まったく、危うく商品を逃がすところだったぜ。まぁ護国隊にも世話になってるからなぁ、今回は水に流してやる」
そう言い男は、地面に倒れていた男を叩き起こし、獣人の少女を荷台に乗せた。
「や、やだっ! 助けっ……」
「うるせぇ! 静かに寝てやがれ」
男の手刀によって少女は気絶し、そのまま連れていかれた。
理解が追いつかない。いや、理解したくもない。泣き叫ぶ少女を前にどうする事もできず、連れ去られるのをただ見送るのなど、心が痛い。
なぜ周りの人間はこうも平然と過ごしているのだろうか。泣き叫ぶ少女には目を向けず、助けようとした俺にはまるで異端者を見るようなような目線を向けてくる。
この世界が元の世界と全然違うルールで成り立っているのだと再認識させられた。
「……トーナ、連れ去られた人はどうなるんだ?」
「奴隷として買い取られることがほとんどだろうな。まぁ買い手がつけばの話だが……」
「トーナ、お前はいいのか? どういう理由があったのだとしても、無抵抗の泣き叫ぶ少女が乱暴に連れていかれるのを見て何も思わないのか?」
「……」
「遅くなってごめん……ってどうしたんだい、ミノル君? 顔が暗い気がするけども」
「本当ね、昨日をそうだったけど、アンタ体調が悪いんじゃないの?」
皆が起きてきて、下に集合してきた。
「いや、まぁ……」
「トーナちゃん、外が騒がしかったような気がしたけど…… 何かあった?」
トーナは暗い顔のミノルを横目で見つめた。
「……いや、特に何も。ただ、不法滞在者が奴隷商会の連中に連れていかれただけです」
「ふーん、ならいいんだけど」
「みんな集まった? じゃあ戦兵団の支部に向かおうか」
「はぁ……やっぱ気乗りしないわね」
――それにしても、この世界の価値観がいまいち掴めない。完全な無法地帯というわけではなく、ちゃんとした秩序がある。そして文化レベルもさほど低いわけではない。しかし、何かが気持ち悪いのだ。街を巡回している時も、鎖で繋がれ、薄い布一枚しか纏っていないような人がペットのように連れられているのを何度も見かけた。
ここが異世界だということは十分理解しているつもりだが、脳が理解を拒む。……しかしこの世界がおかしいのではなく、俺自身がおかしいのだとわかっているのだ。俺がこの世界の異物であることを――
「――ねぇ聞いてる!?」
「うぉっ! ど、どうした」
フレナがキレながらも心配そうにこちらを見ている。
「アンタ本当に大丈夫? もう休んでた方がいいんじゃない?」
「さっきから様子が変だよ? ミノル君。 顔色もやはり優れなさそうだし」
「いや、大丈夫だって……」
気に食わないことに対して、なにふり構わずか突っかかってきた俺にとっては、先程のような状況はストレス以外の何者でもない。そりゃ顔色も悪くなるだろう。
「私もフレナに賛成する。セツダ・ミノル、色々思うところはあると思うがひとまず休んだ方がいい」
「色々思うところ?」
テオニアが不思議そうな顔で、トーナを見つめた。
「いえ、何でもありません。セツダ・ミノルの体調が優れなさそうなので、宿で少し休ませた方がよいかと」
トーナがそう答えると、テオニアはこちらに振り返った。
「じゃあ、お留守番しておいてもらおうかな。ちゃんと宿に居て、身体を休めていてね? 」
彼女は微笑みながらそう言った。
……時々テオニアの目線が怖い。何というか、全てを見通されてるかのようで気持ちが悪い。顔は笑っているが、何を考えているのか全くもってわからないのである。
「ではミノル殿、私たちだけで戦兵団のところへ向かいますので、宿で休んでいてください」
「……わかったよ」
しばらくしてヴェルディスたちは、戦兵団の支部へと向かった。
「はぁ……、別に体調が悪いわけじゃないんだがな……」
宿にいても暇なので、街を回ってみることにした。