第二章 7話 『感じる嫌悪、積もる嫌悪』
「この人が副隊長……」
「テオニアちゃんって確かぁ、ポラニカの方に駐在してたわよねぇ。ほんと久しぶりねぇ」
「ポラニカ!? 姉さんいいな! 何かお土産とかないの?」
「え〜っと……、私に会えただけでも十分嬉しいでしょっ?」
「……」
フレナがいつもよりも子供っぽい一面を見せている。姉さん呼びするくらいなのだから、さぞかし仲が良いのだろう。
そして副隊長だという彼女は、何というかロベルトに近しい雰囲気を感じる気がする。
銀髪で長髪、髪には水晶のような素材でできた髪飾りをつけている。顔は整っているが、何というか恋愛対象にできるような感じではない。
しばらくして前の方から、剣を携えった男二人が睨みをきかせて駆けてきた。
「おいっ! そこのお前ら! 何者だ!!!」
「怪しい者じゃないわ、安心して? 私たちは護国隊よ」
「けっ、護国隊の奴らが何のようだ? 戦兵団の管轄だぞ? それになんで男を踏みつけてるんだ!」
……確かにテオニアは何食わぬ顔で男のことを踏みつけたままである。
「ひったくりよ、ひったくり! アンタたち、自分の管轄の治安維持くらいちゃんとやりなさいよ!」
「僕たちは行方不明事件の件で派遣されたんだ、セシメア様の命でね」
テオニアやフレナ、シリウスが強めな口調で返した。その他の面々も睨みをきかせている。
以前ロベルトが、戦兵団や武装隊と仲が良くないなどと言っていたが、今の出来事で身をもって感じる。でもなぜここまで険悪な雰囲気になっているのだろうか。ライバル的存在だからとかそういう感じではなさそうだ、もっと根深い何かがあるのだろうか。
「へっ、あんたらの力なんて必要ねぇ。それにしてもセシメア様、護国隊の奴をよこすにしても、もっと強い奴を連れて来てほしいもんだな。頼りなさそうな奴しかいねぇ。銀髪のアンタはまだいいが、特にお前、身のこなしからして雑魚だ」
そういって、俺の方を指さしてきた。この中で一番弱いのは事実。……だがしかし、言い方が気に食わない。
男の態度はふと元の世界での事を思い出させた。元の世界でもそうやって馬鹿にされることが多かったのだが、そのたびに俺は突っかかっていた。そのせいで不良たちから目の敵にされ、いじめられることも多かった。周りからは人がどんどん離れてゆき、他人からの目線や不良からのいじめを避けるため、自分自身も人から距離を置いた。そして図書室や自室に籠り、読書に逃げることが多くなった。
当時はひ弱で軟弱だった俺は、言い返すだけ言い返して、後はなすすべもなくボコボコにされたり、情けなく逃げることしかできなかった。しかし今はどうだ、俺には力があるのだ。しかも未来の英雄などと呼ばれている、そんな俺にとって目の前の男たちは敵ではない。
「あぁ? 何だとてめ――」
「……くだらん挑発に乗るな」
「……ッ」
トーナがミノルに向かって静かに言った。その声は大人しくも、苛立ちの滲み出ているものだった。その声を聞き、冷静さを取り戻した。
また繰り返してしまうところだった、元の世界で孤立する原因を作った行動だというのに、そしてそれをしっかりと理解しているのに。夢に見た異世界に来たのに、することなすこと何も変わってはいない。そんなことでは、せっかく手に入れた仲間を、環境を、またくだらないことを繰り返して失ってしまう。
……でも、そもそも仲間たちと出会ったきっかけはくだらない嘘じゃないか。俺が咄嗟についた嘘……、そんなことでできた仲間は本当の仲間なのか……? そんなことで得た立場で得意げになっている俺は何なんだ? ――――気持ち悪いな……
「聞いた話によるとぉ、戦兵団員二人が行方不明になっているそうではないですかぁ。そして未だに手がかりの一つも見つけられていない、戦兵団の程度が知れますねぇ」
痛いところを突かれたのか、男が顔をしかめた。
「……チッ とりあえずあんたらの力なんて借りねぇ。調査するなら勝手にしやがれ。まぁあんたら如きで、どうにかできるとは思わんがな!」
男たちは捨て台詞を吐き、ひったくり犯を連行しながら去っていった。
「ふんっ! 相変わらずクソみたいな奴しかいないわね! やっぱ戦兵団の奴らは嫌いだわ」
「でも以前より我慢できているじゃないか、前までなんて問答無用で殴りかかってたし……」
「私だって成長してるのよ。ロベルトにまた迷惑なんてかけられないわ」
「そのようだね……って、ミノルくん大丈夫かい? 顔色が優れないようだけど」
「――あぁ、大丈夫。心配しなくていい」
「言っていることは間違ってはないけど、あんなカスたちの言うことなんて気にすることはないわ! アンタだったらあいつらなんて、簡単に伸せるわよ!」
「――ありがとうな」
「……ふんっ」
「ひとまず宿へ向かいましょう。私が案内致します」
ヴェルディスを先頭に一行が歩き出した。
歩きながら色々と眺めていると気分は少し落ち着いた。大事なのは何をするかだ、過ぎたことをどうこう考えてもしょうがないのだ。……そう、しょうがない。
そして、空を見上げてみるとあることに気がついた。空に薄い膜のようなものが見えるのである。そしてそれがドーム状になり、街全体を包み込んでいるのだ。
「この空に張ってある膜みたいなのは何なんだ? 結界?」
「あぁ、そうだよ。周辺の魔獣から守るためだったり、経済の中心地は戦争で狙われやすいからそのためだったり、そういう理由で魔素を遮断する結界を張ってあるんだよ。街の中心に高い建物が見えるだろう? あそこから結界を発動しているんだ」
「はぇ……って、魔素を遮断ってことは、街の中では魔法が使えなかったりするのか?」
「使えないわけではないですけどぉ、体内魔素を消費する魔法以外は少なからず影響は受けますねぇ」
俺自身魔法主体の戦い方ではないが、心に留めておこう。
「でも、何で王都には結界が張られてないんだ?」
商都ももちろん重要な都市だろうが、それよりも重要であろう王都に張られていない理由がわからない。
「えっと……以前は張られていたこともあったらしいんだけど、維持費が賄えなくなってしまったらしくて。それで張られなくなったらしいんだ」
「? でも、商都は張ってあるよな? 商都のやつを無くせばよかったんじゃないか?」
「商都の結界も、一時期取っ払われそうになったらしいんだけど、都市の商工会が反発して、それ以来商工会がお金を出して維持しているんだよ」
それにしても、王都の結界すら維持できない財政状況って大丈夫なのか? まぁ色々な事情があるのだろう。
引き続き歩いていると、テオニアが話しかけてきた。
「そういえば君とははじめましてだね。えっと君は……ミノルくん?」
「知ってるんですか?」
「うん、隊長から噂はよく聞いてたから。それにしても、ミノルくんって予言の英雄なんだよね?」
「えっと、そう……ですけど」
テオニアがじっとこちらを見つめてくる。彼女の瞳は綺麗だが、何とも言えない気持ちが湧いてくる。
「いや、何でもないや。ミノルくん、今度手合わせしたいんだけどいい?」
「えぇ、いいですよ。テオニアさんの期待に添えるかわからないですけど……」
「ふーん」
彼女は俺を見て何を思ったのだろうか。やはり、英雄と呼ぶには弱すぎる、などと思ったのだろうか。申し訳ない気持ちが湧き上がってくる。こんな弱いのが英雄などと名乗っているだけでも、十分不快な気持ちにさせているだろう。
いや、切り替えなきゃダメだ。今弱くても、努力すれば良いのだ。努力すれば……どうにかなるよな?
ひとまず気持ちを切り替え、街の様子に感心しながらしばらく歩いていると遠くで、茶髪で若めな男性がこちらを向いて待ち構えているのが見えた。そしてヴェルディスは、その男の前で歩みを止めた。
「お待ちしておりましたよ、護国隊の皆さん」
目の前の男はそう言い、微笑んでいる。
「えっと……この人は誰?」
「こちらはザース商会の頭取である、ビズー様です」