第二章 6話 『Let's go to ベンザル! 後半』
ミノルは朝早く目を覚ました。
目覚めは悪くないが、これからの任務のことを考えると気乗りはしない。
ひとまず昨夜準備した荷物を抱えて、大広間へ行くことにする。荷物といっても最低限の着替えとスマホぐらいである。スマホは基本開かないようにしているが、自然放電で90%ほどになってしまっていた。できることは少ないが、いつか役に立つときが来るのではないかと、常に携帯することにしている。
あくびをしながら、寝ている人たちを起こさないように静かに大広間へ向かった。
下ではすでに、皆が待機していた。シリウス、フレナ、イングリット、そしてトーナ。ロベルトがいないのは少し心もとないが、それでも頼もしいメンバーである。まぁ、トーナに関しては話程度にしか知らないのだが。
「フレナ、すごいね……。朝からそんなにドーナツ――」
「ふんっ! 何? 太るって言いたいわけ!? ノンデリよ! ノンデリ!」
「そういうわけじゃ……」
寝起きでイライラしているであろうフレナと、シリウスが言い合っている。
「あらぁ、ミノルくん。準備はできましたかぁ? 馬車の用意もできているので、そろそろ出発しましょうかぁ」
「了解です……」
ミノルは寝起きの霞んだ目で周囲を見渡した。
相変わらずシリウスとフレナが言い合いをしている、そしてイングリットが目の前にいる。
「あれ……、トーナさんは? さっきまで居たのにどこへ?」
ミノルがそう言うとイングリットはきょとんとした顔を見せ、ミノルの背後へ目線をやった。その目線に沿って後ろを振り向くと――
「うおっ! ト、トーナさん!」
不満げな顔をしたトーナがこちらを見つめ、腕を組んで立っていた。
「心外だな、セツダ・ミノル」
そう言ってトーナは、足早に馬車の方へ向かってしまった。
「トーナだとは言え、すぐ背後にいるのに気が付けないなんてぇ、戦いでは命取りですねぇ。やっぱり今よりも訓練を厳しくした方が――」
「おっ俺も! 馬車に荷物積んできます!」
ミノルはイングリットの言葉を遮り、颯爽と馬車へ向かった。
ただでさえキツイのに、もっと厳しくされたら身が持たない。まぁ今の訓練の時点で、すでに身は持っていないのだが……。
外へ出ると馬車が待機していた。見た感じ6人乗りの馬車のようである。中にはすでにトーナが座っていた。まだ不満そうな顔をしている、というかそもそも嬉しそうな顔をしているのなんか見たことがない。好きなことであろう本を読んでいる間も、無表情なのである。
そうやってトーナのことを遠目に見つめていると、馬車の御者席から男が降りてきた。
「どういたしましたか、ミノル殿」
「えっとあなたは……、セシメア様の隣にいた――」
「おっと、失礼いたしました。まだ名乗っておりませんでしたね。私はセシメア様にお仕えしている、ヴェルディス・フォン・ロンドルゲン…… ヴェルディスとお呼び下さい」
昨日セシメアと一緒にいた、おじさんである。
改めて見ても、やはり風格のある人である。白髪を後ろへ流し、整えられた髭を貯えている。
「えっと、なんでヴェルディスさんがここに……?」
「ふむ、それはですね――」
「あらぁ、ヴェルディスさん? なんでここにいるんですかぁ?」
荷物を抱えたイングリットが中から出てきた。
「セシメア様が、もしもの事があったときのためにと同行を命じられまして、なので今回、一緒に行くこととなりました」
「それは頼もしい限りですねぇ、やっぱりヴェルディスさんはお強いですからぁ」
「いえいえ、もう当時のようには行きません――」
会話の雰囲気的に、実際にヴェルディスには実力があるようである。詳細が気になり、イングリットに小声で話しかけた。
「ヴェルディスさんって、そんなに強いんですか?」
「それはもう、だって護国隊の先代隊長だった方ですからねぇ」
驚いた、でも納得もした。ロベルトから感じるオーラのようなものがこの人からも感じられる。というか風格だけで言ったら、ロベルトよりもこの人の方が隊長というに相応しいものを持っているように感じる。
「話が済みましたら、荷物を積んで中にお入りください。そろそろ出発いたします」
出発といっても、周りには俺らとヴェルディスさんしかいない。
「それって、ヴェルディスさんが操縦するってことですか?」
「えぇ、誠に僭越ながら馬の扱いに関しては、そこらの人間よりも上手いと自負しております」
「なるほど……」
「――もういいだろう?」
「ふんっ、知らないわよノンデリもやし」
シリウスとフレナが険悪な雰囲気で中から出てきた。正直シリウスが可哀そうであるが、擁護するとこっちも巻き沿いを食らうのでどうしようもない。
「はぁ……って、師匠!? 師匠も一緒に行くんですか?」
「師匠って……ヴェルディスさん、シリウスの師匠だったのか? ヴェルディスさん属性多すぎるだろ……」
「あぁ、そういえばミノルにはまだ言ってなかったね。ヴェルディス師匠とは――」
「……そろそろ出ないか? この調子だと日が暮れるぞ」
馬車の中から、トーナの不機嫌そうな声が聞こえてきた。
トーナの不機嫌さを感じ取ったのか、皆急いで荷物を積み、中へ乗り込んだ。
(馬車図) ___________
¦ ヴェルディス ¦
_______________________
¦ シリウス トーナ ¦
¦ ¦
¦
¦ ¦
¦ フレナ イングリット ミノル ¦
_______________________
「では出発いたします。最短ルートで行きますので、しっかりとお掴まりください。――はぁっっっ!!!」
「うぉ!?!?」
出発と同時にとてつもない衝撃が体を襲った。
「これっ、これはヤバいっ!!! 体っ体がっ! 持たないっっ!!」
馬車は表門には向かわず、裏側へ向かった。裏門から出た場合、道などなく、ひたすら原っぱがひろがっている。そんなところを馬車なんかでこんなスピードをだしていたら、揺れるに決まっている。
「頭おかしいだろっ!!!」
揺れる視界の中、周りを見ると、何故か皆尻が椅子とくっついているのかというくらい微動だにしていない。そして無慈悲にイングリットとトーナがこちら側に防御魔法を張っている。
(馬車図) ___________
¦ ヴェルディス ¦
_______________________
¦ シリウス トーナ ⋮ ¦
¦ ⋮ ¦
¦ ⋮
¦ ⋮ ¦
¦ フレナ イングリット ⋮ ミノル ¦
_______________________
ミノルはこのとんでもない揺れになすすべなく、ひたすら体中が馬車や防御魔法に打ち付けられている。
防御魔法で音を遮断しているのか、こちらの悲痛な叫びに対して、うんともすんとも言わない。それか聞こえているけど無視しているだけなのかもしれない。イングリットは少し心配そうにこちらをチラチラと見ているが、トーナに至っては優雅に本を読んでいる。
「ぐあぁぁっっっ!!!」
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
「――――きな……、ねぇっ起きなさいっ!」
フレナが、地面に寝そべる意識のないミノルの頬を往復ビンタしている。
「はっ! お、俺は…… ここはどこだ?」
「おっ起きたかい、ミノルくん。丁度着いたところだよ……って、大丈夫かい? 顔腫れてるけど……」
「大丈夫じゃねぇよ!、めっちゃ痛ぇわ! もっと丁寧に起こせよフレナ!」
ミノルの不満に対して、フレナが腕を組んで不機嫌になる。
「そんなこと知らないわよ! というか、移動中ずっとうるさかったんですけど! 馬車の中も血だらけになっちゃったし! アンタ本当に軟弱よねっ!」
「逆にこっちが聞きたいわ、なんでみんなあんな風に座ってられるんだよ! というかなんであんな揺れるんだよ!」
「ミノル殿は大丈夫だと思っていたんですが……、少し気遣いが足りませんでしたな。申し訳ない」
ヴェルディスが馬車から降りてきた。その顔には、少しばかりの申し訳なさと俺に対するちょっとした失望が滲んでいるような気がする。
「ぐっ……」
これで失望されるのは全くもって納得できないが、それでもその顔をされるのはキツイ。何か、心にくるものがある。
「それにしてもやっぱり、ベンザルはとても賑やかですねぇ」
イングリットは周りを眺めながら、片手間で俺の頬を直してくれている。ミノルもそれに釣られ、周りを見渡した。
今いる場所は街の入口の馬車置き場のようである、そこから視線を遠くの方へ移した。
「おぉ、すげぇ! 思いの外発展してるな!」
背の高い石造りの建物が乱立しており、王都よりも人の往来が激しい。
ふとトーナのいる方向を見ると、とてつもなく不機嫌そうな顔をして立っていた。まぁ図書館での小声の時点で不快感を示すレベルなので、この騒音の中ではもはや不快どころの話ではないのだろう。
「とりあえず宿へ向かいましょう。馬車で行きたいところですが、街の中心部にある上、馬車の往来が激しい街なので徒歩で向かいたいと思います」
一行はヴェルディスを先頭に、街へ繰り出した。
街の道路はよく整備されている。王都と同じように馬車道と歩道が分かれているのはもちろん、王都よりも道幅が広く、滞りなく人々や馬車が行き来している。道端には露店や屋台が開かれており、いかにも商業都市という感じである――――
「きゃぁぁぁ!!! だっ、誰かっ! ひったくりです!!!」
「どけぇっ!!」
いきなり女性の叫び声が聞こえた。そしてそれと同時に、ひったくり犯であろう男が前方から走ってきた。それにいち早く反応したフレナが、男を取り押さえようと動こうとした瞬間、空から何かが男の上に降ってきた。
「よしっ! 確保~っ! 観念しなさい?」
降ってきたのは、銀髪で長髪の女性だった。地面にめり込んだ意識のない男をその女性が踏みつけている。
空からいきなり降ってきた上、ひったくり犯とは言え、いきなり地面にめり込むまで踏みつけるような得体の知れない人間である。ミノルは警戒し、咄嗟に構えた。
「アンタ……テオニア姉さんじゃない! 何でここにいるのよ!?」
「テオニアさんがここにいるって事は……まさか助っ人って」
「えぇ、今回の帝国の事もあって遠方から招集した強力な助っ人、護国隊副隊長テオニア・クルシオス殿です」
「へ? 副隊長?」
「あっ! みんな久しぶり~! 元気だった?」
テオニアと呼ばれた女性は、満面の笑みでこちらにピースサインを送った。