第二章 4話 『さよなら50万ベラン』
「ここが仕立て屋よ! まぁ仕立て屋兼服屋ね」
「はぇー」
思っていたよりも、近代的な造りをしている。先程まで並んでいた民家と違い、ガラスが多く使われており、無機質な石レンガ造りである。
少し近代的な外観に感動を覚えながら、ひとまずフレナと共に仕立て屋の中へ入った。
「おぉ、広いな」
中は思いの外広く、整っていて綺麗である。そして服が多く並んでおり、人で賑わっている。
そういった様子に関心していると、フレナが目線で急かしてくる。しょうがないので、カウンターへ一直線に向かった。
カウンターには、かなり老いたおばあちゃんが座っていた。
「すみません、護国隊の隊服を注文していたゼンデスなんですけど――」
「――何だって?」
「だから隊服を注文していたゼンデス――」
「――何だって?」
「……」
これはあれだ、典型的な耳の遠いおばあちゃんだ。というか何でこんなおばあちゃんをカウンターに座らせてるんだよ……。
ミノルがどうしたものかと頭を掻いていると、フレナがおばあちゃんに話しかけた。
「おばあちゃん! 久しぶりね! 元気にしてた?」
「――何だって?」
「……」
こういったやり取りが長い間続いた。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
何とか聞き取ってもらい、おばあちゃんは店の裏に隊服を取りに行った。そしてそれを待つ間に、自分自身の私服を見ることにした。
一旦この店の中の服を見て回ったが、いまいちこの世界のファッションが分からない。考えていても仕方ないので、とりあえず自分のセンスを信じて、試着してみる事にした。
「どう? フレナ?」
「……」
フレナが冷たい目でこちらを見ている。個人的には気に入っているのだが……
「アンタ本当にセンスが無いわね。しょうがないから特別に私が服を選んであげるわ!」
「フレナに服選びのセンスなんかあるのか?」
「うるさいわね。アンタよりはマシよ!」
そう言ってフレナが颯爽と消え、しばらくするといくつもの服を小脇に抱えて戻ってきた。そしてそれを俺に押し付けてきた。
「ほら、持ってきてあげたんだから早く着なさい」
「へぃへぃ」
会ってから大して経っているわけではないが、常にドーナツを食べ、人にツンツンしている怪力な彼女にファッションセンスなどあるのか些か疑問だ。しかしせっかく持ってきてもらったので、試着してみることにする。
「これは……どうなんだ?」
「いいじゃない! 似合ってるわよ!」
この世界のファッションを理解しているわけではないが、明らかにこの服装はおかしい、色の合わせ方とか……
しかも心なしか、通り過ぎていく人達がこちらを見て少し笑っているような気がする。
「次はこれ着なさいよ」
「いや、いい――」
「着なさい?」
フレナから圧力を感じる、目が怖い……。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
結局、私服は無難にシャツや無地の黒ズボンなどを買った。そのせいでフレナが少しすねてしまったが……
隊服を受け取るまでにかなり時間がかかってしまったので、急いで日用品を買い、帰路についた。
「今日は付き合ってくれてありがとな。土地勘が無かったから色々と助かった」
「ふんっ、気にしなくていいわよ。元々は私の気まぐれだったし」
そっぽを向くフレナを見て不意に可愛いと思ってしまった……が、今までの出来事を思い出し、そんな気持ちは一瞬で吹き飛んでいった。
軽く言葉を交わしながらしばらく歩き、そして何事もなく本部へ帰ることができた。
中へ入ると、ロベルトとシリウスが談笑をしていた。
「ロベルト〜、戻ったぞ」
「あぁ、おかえり……って、フレナも一緒だったのか。知らないうちに仲良くなったのか?」
「そっ、そんなんじゃないわよ」
フレナからの話を聞いてから改めて、フレナとロベルトのやり取りを見ると、なんとも言えない気持ちになった。そして、ロベルトやフレナ、他の隊員のことなど、俺はあまりにも知らなさすぎるのだと痛感した。
「あ、そういえばミノル。お釣りを返してくれ」
「あぁ、丁度使い切ったからお釣りでなかったよ」
「使い切った……? あの金額を……? 遠慮っていうものはないのか?――」
ロベルトが放心状態になり、虚空を見つめている。あくまで、日用品を買ったくらいだし、そこまでのことだろうか。あまりにもロベルトの様子がおかしいので、隣りにいたシリウスに聞いてみた。
「多めにお金を渡したとは言ってたけども、それほどの額だったのか?」
「50万ベラン渡したと言っていたかな。まぁ、僕達の2ヶ月分の給料くらいだね」
「け、経費とかで落ちないのか?」
「うちの隊はカツカツだからね。まぁ色々と理由はあるんだけども……。えっと、隊服は前払いだから……今回のお金は隊長の懐から出したものだね……」
「なんでそんな大金俺に持たせたんだ……?」
「まぁ、隊長はかなり大雑把だから……」
そう言って、シリウスは苦笑いをした。
「でも日用品とか買っただけで、無くなるような額なのか?」
「今日行った店は全部そこそこいい店だったんだから当たり前よ。特に服よ服! 護国隊御用達の店の服が安いわけないじゃない」
「……」
途端に冷や汗が出てきた。悪いのはこんな大金を持たせたロベルトであるが、罪悪感をまったく感じないわけではない。とりあえずこの場にいるのは気まずいので、さっさとこの場から立ち去りたい。
「えっと、じゃあおやすみ〜」
「お、おい! ちょっと待て!」
ミノルは颯爽とその場から去った。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
――王国 王の間――
「セシメア様、この件に関してはどういたしましょうか」
年配の男がセシメアに話かける。
「そうねぇ。ここは彼らの出番かしら」
彼女は微笑みながらそう答えた。
この先起こる数々の苦労など、ミノルたちはまだ知る由もない。