第二章 3話 『ドーナツ食いの少女』
二人が居なくなり、部屋には静寂が漂う。
何が何だか分からないが、また面倒くさい事になったのはわかる。
「というか、王国競技大会って何だよ……」
「っ! 知らないのかい!? ミノル君!」
シリウスがいきなり距離を詰めてきた。
「あぁ、ミノルはこの国出身じゃないらしいからな。まぁ知らなくてもしょうがない」
驚くシリウスに対し、冷静に返答する。
ロベルトはとっくにこういう事に慣れたのか、それとも諦めたのか、ボケっとした顔をしている。
「いやいや、それにしてもですよ……」
シリウスが頭を掻き、納得できなさそうな様子である。
「そんなに有名なのか? 王国競技大会ってのは」
「有名なのかって……、それはもう有名どころの話ではないよ。王国民はもちろん、国外からも一定の注目を集めるくらいには名の通っている大会さ」
「それってのはどういう大会なんだ? スポーツとかするのか?」
「お前の言う、すぽーつが何を指すのかは知らんが……、王国競技大会ってのは、護国隊、戦兵団、武装隊の中から選抜された人同士で技能を競い合う、三年に一回の由緒ある大会だ」
「そんな大会に俺が出場するのか……?」
今の自分が決して弱い事は無いと思っているが、流石に戦兵団や武装隊の精鋭達に勝てるなどとは思えない、絶望的である。
「まぁ大会はまだ先のことだから、あんま気にしなくてもいいぞ」
「そう言われてもなぁ……」
「あぁそう言えば、お前の隊服ができたらしいから、仕立て屋に取りに行ってくれないか? ついでにお金を渡してやるから、服とか身の回りの物を買ってこい。 お前確か、何も持ってなかっただろ?」
「おっ! それは有り難い!」
この世界に来る時に着ていたジャージしか着るものは持っていなかったから、とても嬉しい。
彼はそんなに気前のいい方では無いだろうが、この行動を見るに、流石に今の俺の状態は芳しく思っていないらしい。
喜びながら目線をシリウスへ向けると、彼は信じられないという顔でこちらを見ていた。こちらの目線に気づくと、顔を背けたが、ブツブツ何かを言っている。まぁ気にしないでおこう。
街へ出る前に、ロベルトから仕立て屋への地図と日用品なども買えるように、多めにお金を持たせてくれた。
俺の勝手な想像では、金貨や銀貨などを使っているものだと思っていたが、そんなことは無く、元の世界と同じ様に紙幣と硬貨を使っているようなのである。
このような世界では紙幣など機能しないのではないかと思ったのだが、ロベルト曰く、大陸の紙幣や硬貨はザスメニア神聖国にある中央銀行が発行しているらしく、そこでしっかりと偽造防止魔法やら何やらが掛けられるし、銀行自体は国からは独立した存在であるため、貨幣価値はしっかりと守られているらしい。
ちなみにこの話をロベルトから聞いていた時も、シリウスは何かブツブツ言っていた。
このような話に関心した後、俺は本部を出て、城門を跨いだ。
今更だがこの世界に来てから、しっかりと街並を見たことは無かった。
来てすぐの時は内心戸惑っていたので、細かい所に目を向ける余裕は無かったのである。
改めてこの街を見渡してみると、とても平和そうである。
人間以外にも獣人や竜人のような人も歩いており、まさに異世界という感じだ。
「――仕立て屋はこの先かな?」
王都と言うだけあって、区画整備がしっかりとされており、道に迷うこと無く店に着けそうである。
そうやって歩いていると突然――
「誰か!! たっ、助けてくれっ!!」
目の前の店の中で、そう叫ぶ男性の声が聞こえた。
もしかしたら強盗かもしれない。
ここは護国隊の隊員として、動くべきだろう。
俺は、急いで店の中へ入った。
「大丈夫ですか!!……って、どういう状況だ?」
目の前には、店員の胸ぐらを掴むフレナと胸ぐらを掴まれてあたふたしているおじさんが居た。
「あっ、アンタはミノル! 丁度良い所に来たわね。 聞きなさいよ、このおっさんドーナツを売れないとかほざいてるのよ?」
「もう、材料が無いんですって……!」
「材料の在庫管理をしっかりしなさいよ!」
「あなたが今日の朝に全部ドーナツを買い占めたせいでしょう!」
呆気にとられるミノルを尻目に、二人は口論を続けていた。
ミノルは仲裁に入り、10分程かかって何とかフレナを宥めた。そして、何度も頭を下げながら店を出た。
国の平和を守るべき存在が、自ら壊しに掛かっているのはどうかと思う。
本当に大丈夫なのだろうか、この組織は。
ミノルが溜息を吐くと、フレナは機嫌が悪そうに、こちらに問いかけた。
「というか何であんたはここに居るのよ。アンタはお菓子を買いに来るようなタマじゃないわよね?」
「仕立て屋に行く途中に、さっきの叫び声が聞こえたんだよ。護国隊の隊員が本当に何やってんだよ……」
「ふんっ! 新入りのアンタにごちゃごちゃ言われる筋合いは無いわ! というか、仕立て屋に行くのね。やっとそのダサい服を変える気になったの?」
そう言って、ミノルの着ているジャージを指差した。
「いやいや、見た目はちょっとダサいかもしれないけど、着心地はめっちゃ良いんだぜ? って、そんな事はいいんだよ。私服も買うつもりだけど、隊服を取りに行く事が一番の目的なんだよ」
「ふーん。暇だから私もついて行くわね」
「えぇ……」
「先輩の言う事に拒否権は無いわよ?」
フレナは若干ニヤつきながら、腕を組んでこちらを見ている。
彼女の性格的にも能力的にも、振り切ることはできないだろう。
ここは諦めるしか無い。
「……分かったよ」
二人で歩き始めたのは良いが、とにかく気まずい。
仕立て屋に着くまで、ミノルはフレナに質問を投げかける事にした。
「気になったんだが、フレナは何で護国隊に入ったんだ?」
そう聞くと、フレナは顔を一瞬しかめ、溜息を吐いた。
「アンタ、相変わらずデリカシーが無いわね。私は別に良いけど、あまり触れづらい事情を抱えている人も居るんだから気をつけなさい?」
「すっ、すまん」
確かに、今の質問は軽率だったかもしれない。
しかし驚いたのは、フレナがまともな事を言った事である。正直普段から何も考えてないような人間だと思っていたが、思いの外周りに気は配っているらしい。
だがそうなってくると、さっきの行動が余計に謎である。
「____私が護国隊に入ったのは、ロベルトに拾われたからよ」
「拾われた?」
「私は戦災孤児だったのよ、第三次ゼメカ統一戦争のね」
「……」
ゼメカ統一戦争、詳しい事は分からないが、以前読んだ本に書いてあったような気がする。
ゼメカ連邦国としてを統一する際に起きた戦争の総称で、大きく分けて三回起こったという。
「十年くらい前の話ね、まだ八歳だった頃、私の住む街は戦争に巻き込まれたのよ。私以外の家族は全員死んだわ。両親、兄、弟、皆無差別な街への攻撃に巻き込まれた。私は必死に逃げ続けたわ。一心不乱に走り続けた。そして、生き延びたのよ。でも絶望したわ、街は焼け野原になって、そこら辺には人々の死体が転がっていた。八歳の少女には耐えられたものでは無いわね。そんな中当てもなくを彷徨っていたら、ロベルトに出会ったのよ。そして私を拾って、育ててくれた。だからロベルトは私にとっては第二の親みたいなものね。そうやってロベルトに育てられてたら、知らない内に護国隊に入ってたってわけよ。これで質問の答えになった?」
「……あぁ、何か……すまんな。言いづらい事言わせちゃって」
「だから言ったのよ、デリカシーが無いってね。まぁ気にしなくていいわよ。とりあえず今言った通り、特に何か意志があって護国隊に入ったわけじゃないわ。アンタみたいに立派な使命を背負っているわけでもない。だからそういう所で言えば、少しアンタが羨ましいわね」
「……」
ミノルは余計に申し訳ない気持ちになった。