第二章 1話 『無邪気な笑顔』
「…………ここは……」
ミノルが目が覚めると、そこには見覚えのある天井が見えた。
「あっ、起きましたかぁ?」
「! イングリットさん!」
声が聞こえた方向を見ると、イングリットがこちらを見て微笑んでいた。
「イングリットさん! 怪我は大丈夫だったんで……くっ……」
身体を起こそうとすると、貧血のように目眩がした。
「人の心配より自分の心配ですよぉ! 私の心配をしてくれるのは嬉しいですけどぉ、ミノル君の方が状態は良くなかったんですからねぇ? 栄養が欠乏状態でしたし、何と言っても魔素が底を尽きる寸前でしたからぁ、一歩間違えたら死ぬ所ですよぉ! 実際3日間意識が無かったんですからぁ」
「3日も!? というか、魔素切れで死ぬ……?」
変な汗が出てくる。魔素が切れて死ぬなんて、聞いていない。
それにしても、体内の魔素などそこまで大量に使った覚えなどないのだが。
「今までの事も踏まえ、その様子だと何も知らないようですねぇ……。いいですか? 生き物の体内には、魔素量に大小があるといえ、少なからず存在していますぅ。そして魔素は、血のように、空気のように、栄養のように、生きる上で無くてはならないもの。それが底を突くということは……言わなくても分かりますねぇ? これに関しては命に関わることですからぁ、ちゃんと覚えて帰ってくださいねぇ?」
「体内の魔素をそこまで使った覚えがないんですが……」
「魔素は生きているだけでも消費するんですよぉ? そんなこと……常識だと思うんですがねぇ?」
笑顔ではあるが、イングリットさんから圧を感じる。
「はい……以後気をつけます……」
「今回に関しては、悪いのは隊長ですからねぇ。聞いてますかぁ? 隊長」
イングリットが扉の方を見ると、隊長がひょっこりと顔を覗かせた。
「何度も謝っただろ? 悪かったって……」
ロベルトはバツが悪そうに部屋の中に入ってきた。
「ミノル君にしっかりと食べ物を与えませんでしたねぇ? 栄養が摂れていないということは、魔素が回復しないってことですからぁ。特訓だか何だか知りませんが、ちゃんとそこの所はしっかりとしてくださいねぇ?」
「いやでもまぁ、その特訓のお陰でイングリットも助けられたわけだし……」
「それはそれ、これはこれですぅ!」
「はい……」
イングリットに叱られて、ロベルトが縮こまる。
あのロベルトがこうも縮こまっているのを見ると、少し面白い。
「で、何でロベルトは来たんだ?」
「あぁそうだった、セシメア様がお呼びだ」
「えっ?」
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呼び出しを受けたミノルは、王の間へと向かった。
緊張しながら中へ入ると、そこには衛兵等は見当たらず、玉座に座るセシメアだけが居た。
玉座の前まで歩き、ロベルトがしていたように跪いて頭を下げる。
「えっと、セシメア様……。お呼びでしょうか?」
「そんなにかしこまらなくてもいいわよ。セシメアでいいわ」
「そう言われても……」
一国の主である彼女を呼び捨てにするのは、流石の俺でも気が引ける。
ミノルがどうしようか悩んでいると、
「ねぇ、ちょっと城の庭を散歩しない?」
「散歩?」
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セシメアと一緒に部屋を出て、城の裏庭へ向かった。
裏庭へ行くと、手入れされた花々と透き通った池が目に入った。
「これは……カサブランカか?」
目の前の花に目を向ける。
この世界に来て季節など気にしていなかったが、花を見ると今のおおよその季節がわかる。
というか、植物の植生が元々居た世界と同じなのだと言う事実に驚く。
ちなみになんで花の名前を知っているのかというと、元々が読書好きなのと、高校で不良を敵に回しすぎて居場所がなく、図書室に籠もっていたためである。
「知っているのね! お花に詳しいの?」
「ま、まぁそうだね、そこそこ知ってるよ」
セシメアが目輝かせながらこちらを見ている。
そんな彼女の顔は、普段と違い子どものようである。
「そうなのね! あまり私の周りで花に詳しい人がいないから、ちゃんと分かってる人に会えてとても嬉しいわ! ロベルトなんて、花なんて全部一緒とか言うのよ? 信じられないわよね」
「そ、そうなんだ……」
いきなり人が変わったかのように話しかけてくるので、反応に困ってしまう。
「あら……ごめんね、驚かせちゃった?」
「いや、全然そんな事……」
「嘘が下手ね、顔に出てるわよ? 普段は気を張ってるけど、本当はこっちが素なの。驚いても無理は無いわね、こんなふうに接する人もほんの一部だから」
彼女はこちらの顔を覗き込み、無邪気に微笑む。
「何で俺にいきなり素を見せようなんて思ったの?」
「ミノルが助けに来た時に、情けない姿を見せちゃったから……。今更隠す必要も無いかなってね。それにあなたのことが……」
「?」
「やっぱ何でも無い、さてもう戻りましょ」
「? わかりました」
「敬語に戻ってるわよ?」
「……わかった」
セシメアと共に、王の間へと戻った。
そして彼女は玉座に座って、肘をつきながらこちらを見る。
「じゃあもう下がってもいいわよ。これからも王国の為に頑張りたまえ〜」
「できる限り頑張るよ」
「それでよろしい! またね」
微笑みながらこちらに手を振ってきた。
こちらも自然と笑顔になってしまうような、守りたいと思ってしまうような、そんな彼女の笑顔を背にして扉を出た。
そうして城を出て、本部へ向かった。
相変わらず本部の前は賑やかで、隊員達が打ち合いなどをしている。
そして本部の入口の前には、それらを眺めるシリウスが居た。
「おっ、ミノル君。身体の方は大丈夫かい?」
「まぁ、おかげさまで……」
「いやぁ、舐めていたわけじゃないけど、まさかあそこまでの力があるとは思っていなかったよ。イングリットさんが手も足も出なかった相手を一発で伸すなんてね」
「認めたくはないけど、ロベルトの特訓のおかげだな」
「俺の事呼んだか?」
ロベルトが本部の入口から、頭を掻きながら面倒臭そうにひょっこりと出てきた。
彼は本当にどこにでも現れる。
「隊長、遅いですよ。もう来ますからね」
「悪い悪い、けどまぁあいつらの出迎えなんてしなくてもいいと思うけどな」
「ダメですよ、そこの所はしっかりしないと」
「出迎え? 誰か来るのか?」
「あぁ来るぞ。戦兵団の団長と武装隊の隊長がな」