第一章 10話 『我、護国隊隊員なり』
「これは……かなりまずいわねぇ」
そう言うと、髪を素早く束ね、拳を構えた。
そして生体魔法を自分に向けて掛け、肉体を強化した。
生体魔法で自身の肉体を強化したイングリットは、パワーだけで言うと、フレナに負けず劣らずである。
ちなみに肉体強化に関しては、他人に対し生体魔法で行うことは基本的にはできない。自分の身体を理解しているのは、やはり自分自身。自分以外の人間を生体魔法によって強化するのは、至難の技である。
「うぉぉりゃあ!」
イングリットは男に攻撃を仕掛ける。
しかし、男には一切攻撃が当たっていない。
「攻撃にキレはあるが……当たらなきゃ意味ないよな?」
そう言い、男がイングリットを殴り飛ばす。
苦悶の表情を浮かべるが、すぐさま傷を治し、立ち上がって構える。
「物分かりの悪い女だな!」
「仮にも護国隊の一員! セシメア様に手出しはさせない!!!」
イングリットは男に飛びかかった。
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侵入者たちと戦っている3人は、同じ事を思い始めていた。
「「「堅すぎる……!」」」
3人は護国隊の中でも上位の実力を持っており、相手が余程強い存在でない限り、戦いで手こずる事など無いのだ。
ひたすら攻撃を打ち込み続けているが、一向に倒れる気配がない。
だからと言って、自分たちが倒されるほど、相手の実力は高くない。あまりにも違和感が凄い。
「これはどういうカラクリなんだ? 明らかにおかしい」
シリウスがそう呟く。
すると男がニヤリと笑い、口を開いた。
「力……とだけ言っておこうか。そんな攻撃では、俺は倒せない」
何度か攻撃は男の身体に届いているが、ダメージを負っている様子は無い。
しかし男の言い方的に、受けきれる攻撃の大きさには限度があるのだろう。
「そんな攻撃、か……。ではこちらも本気を出そう」
そう言うとシリウスは剣を頭上に構え、詠唱を始める。
「――清き水から生まれし聖なる女神よ! 我に力を与え給え!」
「!!!」
シリウスがそう唱えると、剣が水色に光り始めた。その姿はまるで、剣が水を纏っているようである。
彼は数少ない精霊剣士の1人であり、複数の精霊と契約を結んでいる。
まだ未熟な所はあるが、将来性だけで言ったら、護国隊内でもトップレベルだろう。
「いざ! 覚悟!」
「そ、そんな攻撃で、俺がやられるわけない……!」
男の額から汗が流れ、顔を引き攣らせている。
「はぁぁぁっ!」
シリウスは、剣を構え、相手に斬り掛かった。
「ぐあぁぁぁぁっっ!!!」
シリウスの攻撃は、男に直撃し、力無く地面に倒れた。
敵を撃破した彼は一旦一息つき、周りを見渡す。
トーナとフレナはまだ激しい戦闘を続けている……という感じではなく、一方的に蹂躙している。
しかし、倒し切る事はできていないようで、ひたすら敵はうめき声を上げながら耐えている。
「いい加減しつこいわね! さっさとくたばりなさい!」
「俺はまだやられてねぇ、勝負は終わってねぇ! へぶしっ!!」
「うるさいわね!」
「あなた……容赦ないわねっ!」
「さっさと消え失せろ!」
「さて、どうしたものかな……」
シリウスがそう呟いたその時、何かが高速で飛んできて、城の窓を突き破っていった。
それと同時に、突風がシリウスを襲った。
「何だ!」
「安心しろ、俺だ」
「!!」
シリウスが振り返ると、そこにはロベルトが立っていた。
「早かったですね、てっきりもう少し掛かるものかと」
「直線の最短ルートを駆け抜けて来たからな。にしても、俺が出る幕も無かったな」
「いやいや、敵が異様に堅くてトーナさんもフレナもまだ仕留めきれていないですからね。団長にどうにかしてもらわないと……ってイングリットさんはどこだ? あとさっきの飛んでいたものは?」
「イングリットが手こずっているようだったから、少し助っ人を向かわせた」
「?」
するといきなり、城の中から爆発音が響いた。
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「速、すぎ、る!」
ロベルトの背中に乗る、ミノルがそう叫んだ。
道なき道を突っ切って、尚且つ息ができない程のスピードで走っている。
「もうすぐ城だが……おっとあれは? ……よしミノル、イングリットがピンチだ。俺が投げ飛ばしてやるから、助けてやってこい」
「投げ、飛ばす!? ちょっと待――」
その瞬間、ロベルトはミノルを片手で持ち上げ、槍投げのように城めがけて投げ飛ばした。
「うわぁぁぁ!!!」
すぐさま窓ガラスを突き破り、中へと転がった。
怪我は無さそうだが、痛みは感じる。普通に考えたら怪我をしそうなものだが、この世界に来て俺の身体はやはりおかしくなっているようだ。
「痛たた……扱いが雑すぎる」
「ぐはぁっ……!」
いきなりミノルの横に、何かが飛んできて壁にぶつかった。
振り向くとそこには、血を吐いたイングリットが転がっていた。
「イングリットさん!」
慌ててイングリットに駆け寄る。
息はあるが、かなり怪我が酷い。
「おいそこを退け、ガキんちょ。 さっさと家に帰んな、お前みたいのが出る幕じゃねぇ」
「ミノ……ル君……、セシメア……様を…………」
そう言われ周囲を見渡すと、部屋の隅にうずくまるセシメアがいた。
とても怯えた顔をしており、以前見た時とは全く雰囲気が違う。今の彼女は、子どものようになすすべもなく、頭を抱えて縮こまっている。
「聞いてるのか? 雑魚に用はねぇ。はっ、お前はそこの女より雑魚そうだな――」
「……」
段々と怒りが湧いてくる。
血に塗れるイングリット、怯えるセシメア、ひたすら罵倒してくる目の前の男、そして無力な俺自身。
この世界に来てから、嘘をついて、誤魔化してしかしない。何一つ役に立てていない。
むしろ邪魔をしているかもしれない。もし、ロベルトがここを離れていなければ、彼女が血に塗れる事など無かったのではないだろうか。
いや、今になってそんな事を考えてもしょうがない。
嘘だとしても、天命を受け英雄となる男、それが俺。実現して見せる、嘘で終わらせない!
「――俺は! 護国隊隊員、セツダ・ミノル! 神より天命を賜り、英雄となる男!」
「はっ! いきなり何を言い出すかと思えば……笑わせるな!」
ミノルは床を踏み込み、男へ飛びかかった。
「っ!」
男は慌てて避けようとする。
ミノルはロベルトとの特訓を思い出し、あの時の感覚を呼び覚ます。
ロベルトでさえ危険を感じ、咄嗟に手が出たあの攻撃。
「うおぉぉれぇ!」
ミノルの攻撃は、見事に男の顔面にクリーンヒットし、当たった途端に吹き飛んで、部屋の壁をへこませた。男に意識は無いようだ、失神したのだろう。
「はぁ、はぁ……。これ……俺がやったのか?」
「何事だ……って、ミノル君!? 君っ、無事かい? __これは……君がやったのか?」
シリウスが慌てて部屋の中に入ってきた。
そして、部屋の様子を見るや否や、信じられないといった表情を浮かべている。
「イングリットさん! 大丈夫ですか! あとセシメア様もご無事ですか!!」
シリウスが慌てて、2人へ駆け寄る。
「ミノル君、イングリットさんを運ぶのを手伝って――」
「あれ……?」
ミノルの目の前がブラックアウトし、彼は気を失って床に倒れ込んだ。