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11 皇太子アンドレア Side

 目で彼女の姿を追ってしまう。


 妙に馴れ馴れしく「あなた」と俺を呼ぶジェニファー・メッツロイトンのような存在が俺は嫌いなはずだ。勝手に近づいてくるレディたちには心底うんざりしている。俺に結婚の申し出をしたジェニファーにも、()()()()()()、はずだ。


 それなのに、なぜか俺はジェニファーに心惹かれているかもしれない。彼女の家は没落の一途を辿ると聞くメッツロイトン家だ。



 なぜ、あんな小娘に惹かれる?

 持参金も家の財力もない、没落寸前の令嬢に?

 それほど美人でもないのに。

 びっくりするほど良いスタイルというわけでもないのに。

 頭脳もそれほど良さそうでもないのに。


 一言で言えば、馴れ馴れしい。これに尽きる。


 メッツロイトン家は男爵家だが、見る影もない。使用人の多くはとっくに暇を出されていて、土地は抵当に入り、家屋は幽霊屋敷状態という噂だ。


 物珍しさもあり、俺はわずかな従者を連れて、メッツロイトン家の住むギルフォード・カースル5に向かった。待てども待てどもジェニファーは帰って来ず、一番星が輝く夕暮れにようやく彼女の姿を見た時は正直ホッとした。何か事故にでもあったかと心配になっていたからだ。


 ブロンドのような赤褐色のような不思議な色の柔らかい髪。

 手入れの行き届かない、誰が切り揃えたかも分からないような髪の毛だが、瞳は青く、その姿を見るとなぜか俺の胸がキュンとした。その理由はなんだか分からない。


 ブロンドの髪で胸の大きなパトリシアは、唇もぽってりとしていていかにも令嬢然とした上品ななまめかしさがある。しかし、俺の婚約者として決まっているからか、正直あまりそそられない。


 だが、初めて会ったと思うジェニファーは、最初から俺の懐に飛び込んでくるような、不思議な遠慮のなさと、彼女を見るとカッと体が熱くなるような、いてもたってもいられないような、見ている俺がどうしようもなくなる衝動に駆られてしまうのだ。ジェニファーは不思議な魅力の持ち主だ。


 だから、婚約者がいる身でありながら、彼女にちょっかいを出したくなるわけだし、結婚を申し込まれて、しどろもどろになってしまうのだ。彼女が俺に結婚を提案してきたところを見ると、彼女は愛人では嫌なようだ。


 愛人を持つつもりはなかったが、なぜかジェニファーを見ると、婚約者であるパトリシアの存在を忘れてしまいそうで焦る。


 ジェニファーと結婚なんて、とんでもない。

 いきなり、パトリシアと婚約破棄するなんて正当な理由もないことはできない。

 無責任過ぎる。


 だが、どうして俺はこうして没落の一途を辿るギルフォード・カースル5にわざわざやってきて、ジェニファーを夕暮れまで待ち続けたのか。


 分からない。

 いや、分からないふりをしても無駄だ。

 本当は分かっているだろう……?



 何故か、彼女のことをもっと知りたい、イライラするほど彼女に近づきたいと思ってしまうのだ。


 特別に美人でもないのに、なぜ気になるのか教えて欲しいと思って、確かめるために彼女を待っていたようなものだ。


「領地が抵当に入っているという噂は本当なんだな」


 ジェニファーを見つけて、突然、暗闇から出て行くと、俺に気づくやいなやギョッとして、目を見張った。


 ――可愛い、な……

 ――何かの小動物のようだ。


「な……なぜここにっ?」


 ――なぜって、君が気になるからだろう?


 もう薄暗くなってくる頃なので、家まで送ると申し出て、俺の馬に彼女を乗せた。


 彼女の髪の毛から良い香りがしてきて、それは昨晩山小屋で寝ている時も思ったのだが、心地よかった。


 素敵な夜になった。

 なぜこんなに心がウキウキして、ドキドキするのだろう。

 胸が弾むように馬が並木道を走っているように感じるのは、ジェニファーを抱き抱えるように腕の中に閉じ込めるようにして走っているからだろうか。


 いやいや、こんなことはパトリシアにすら、他の誰にもしたことがないからかもしれない。


 ジェニファーが話していた未来を知っている件は嘘ではなさそうだったが、正直カラクリが話からない。


 痴女のように俺にいきなり服を脱いできたのは、ジェニファーが初めてだ。だから、俺はこんなに気になるのだろうか?


 目を瞑っても、あの可憐な姿が消えないし、ましてや目の前にジェニファーがいて俺にキスをしてきたとなると、俺も真剣に彼女との結婚について考えなければならないと思った。


 死を回避する球のことをジェニファーは本当に知らなかったようだ。


 ただ、そのことを知ると、急にジェニファーが感極まったように泣き出して驚いた。熱烈な口付けをされて、思わず夢中になってしまった。


 パトリシアの顔が脳裏を横切る。

 婚約をやめようと持ちかけたら、パトリシアは決して俺のことを許さないだろう。



 俺は美味しいワインもご馳走になり、何よりジェニファーが俺に心を開いてくれたように感じて、ギルフォード・カースル5を訪ねたことに満足していた。


 ――今晩はこのカントリー・ハウスに泊まろう。

 ボロボロすぎて、逆に面白い経験ができるかもしれない。


 ジェニファーのことをもっと好きになりそうな予感に、俺は困惑を頂きつつ、覚悟を決めるしかないのかもしれないとも思っていた。


 父上、婚約破棄をしようと思います。  

 母上、色気ではなく、本当に胸がキュンとしてしまう女性を見つけたようです。


 心の中でしか言えないかもしれないが、ジェニファーが俺の横でワインを飲みながらぼーっと色っぽい顔をしている間、俺はそんなことを思っていた。 



 俺は満天の星空を眺めながら、自分自身に、頭に来ていた。

 婚約の解消をもっと早くするべきだった。そそられないと前から思っていたのに。パトリシアに申し訳ないことをしたことになる。


 パトリシアは怒るに違いない。 

 早まるべきではないかもしれないとは分かっている。

 だがなぜか、腹立たしいほどに、俺はジェニファーに惹かれているようだ。



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