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魔王肉


 翌朝。


 夢も見ない熟睡から目覚めてみると、目の前にはまさかのアーリヒの顔があり……普段は流している髪をまとめて寝ているという、なんともレアな姿を拝むことになった俺が、なんと言ったら良いのか、何をしたら良いのかと困惑していると、目の前のアーリヒは吹き出しながら目を開ける。


「おはようございます」


 どうやら俺よりも先に起きていたのに、あえて目を閉じてこちらの様子を伺っていたらしく……俺は気恥ずかしさから顔を熱くしながら「おはよう」と返して起き上がり、朝の身支度を済ませていく。


 着替えて顔を洗って、ついでに部屋の片付けなんかもして……そうこうしているとコタの外が騒がしくなってきて……そして、


「今日の朝食は魔王だなんて豪勢だな!」


 なんて声まで聞こえてくる。


 どうやら俺が寝ている間に魔王が村に到着したらしく、既に浄化や解体も済んでいるようで、早速調理が始まっているらしい。


「うぅん……あまり美味しそうではなかったけどなぁ」

 

 とにかく悍ましく恐ろしく、ゲームやマンガの世界でも中々見なかったような酷い見た目のアレが美味しいとはとても思えず……そもそもの素体も熊とかなんだろうし、どうなんだろうなぁと思ってしまう。


「美味しさどうこうではないのですよ、魔王という特別な存在を食べることで特別な力を得ようとか、食べることで魔王に勝ったことを証明しようとか、そういう考えなのです。

 食べることが出来ないような肉なら精霊様がお止めになるはずですし、それがないということは毒とかもないのでしょうね」


「毒……毒かぁ。

 俺が散々毒を撃ち込んだりしたのはどうなんだろ……?

 元気に暴れまわっていたし、もう代謝されきっているってことで良い……のかな?

 うぅん、一応その辺りの確認をシェフィにしておこうか」


 と、そう言って俺はコタの外に出て食堂コタに向かおうとする……が、食堂に向かうまでもなく広場で足を止める。


 なんと広場では大きな木を組み上げての焚き火……キャンプファイアーのようなものが用意されていて、長い串というか槍に刺した肉がそこで焼かれていて……うん、食事をするための場、椅子やテーブルなんかも用意されている。


 普段、シャミ・ノーマの皆はそういった家具を使わないはずだけども、確かに外で……雪や溶けた雪でぬかるんだ地面の上で食事をするなら必須なもので、恐らくはシェフィかビスカが提案し、用意した代物なんだろうなぁ。


 そしてキャンプファイアーの上空にはくるくると回りながら踊っているシェフィを始めとした三精霊の姿があり、俺はそんな精霊達に向けて声を張り上げる。


「シェフィ! 魔王には毒の弾丸を散々撃ち込んだけど、食べても良いものなのかな!

 まだ毒が残留していたら、食中毒とかになりそうだけど、そこら辺どうなっているの!!」


『だいじょーぶ! 浄化は瘴気だけでなくそういうのも浄化するから!

 生で食べたりしない限りは平気だよ! 魔王の肉はエグみが凄くて、焼いて食べないとお腹壊しちゃうだろうからちゃんと中まで火を通すようにね!』


「……え、エグいんだ。

 エグみってつまりアクのことだよね……? うぅん、そうなると焼くより煮た方が良いんじゃないかなぁ……それはそれで泡だらけの煮汁が出来上がっちゃいそうだけど」


 なんて会話をしていると槍でもって肉を焼いていた女性の一人がそれをニコニコ笑顔でこちらに持ってきて……同じく槍を受け取ったアーリヒもやってきて、二人で魔王の焼き肉を手にした状態で皆の注目を一身に浴びる。


 その視線には魔王を倒した俺から食べるべきと、そんな意味が込められているようで……アーリヒからの期待の目もあって逃げられないことを悟った俺は、覚悟を決めて槍の穂先に刺さった肉……脂身の一切ない、焼いたことで黒くなっている肉へとかぶりつく。


 かった!?


 え、何これ硬い、凄く硬い、なんだろう……この赤身だけの安物ステーキを更にひどくした感じは。


 噛むと肉汁が出てきて、肉汁自体はまずい訳でもなく、塩がしっかり振ってあって表面もまた良い味になっているんだけどとにかく硬い。


 そう簡単に食いきれないということを察した俺は、できるだけの力を……精霊の加護で強化された力を込めてどうにか肉を食いちぎり……肉汁撒き散らす肉片を口の中に押し込んで咀嚼する。


 モグモグモグモグ、モグモグモグ。


 うん……中々悪くはない、基本的な味が良いんだと思う……しっかりとした赤身肉、旨味はある……かな。


 ただ噛み切れない、とにかく噛み切れない、質の悪いホルモンを食べた時のような気分で、いつ飲み込んだら良いのやら……。


 そしてエグみ。


 うぅん……しっかりアクがあって、これをどうにか出来たなら悪くはない、のかも?


 ……あ、うん、奥にあるエグみがどんどん出てくる、肉汁と旨味と一緒に出てくる。


 これはやっぱり煮込むなりしてアク取りしないと厳しそうだなぁ。


 と、そんなことを考えながら咀嚼を続けている俺の隣ではアーリヒが美味しそうに魔王肉を食べていて……俺と違って特に気にした様子もなく、美味しそうに次々肉を飲み下している。


 そして村人達も同じような感じで……うん、皆特に気にしていない様子だ。


 上空の三精霊は……あ、すっごい渋い顔している、初めて見たような顔している、精霊的にはやっぱり駄目だったか。


 と、そこで精霊達がこちらに視線を投げかけてきて、なんとかしろと……この肉をどうにかしてくれと、そんな気持ちを無言で投げかけてくる。


 なんとか……なんとかかぁ。


 煮込み……煮込み……アクは灰とかで煮込むんだっけ? あ、熊肉ならワイン煮込みか。


 確か肉を香味野菜と炒めてそれからワインを入れて煮込んで、アクをしっかり取る……だったかな。


 モグモグモグッと口を動かし、どうにか肉を飲み込んだなら、キャンプファイアーの側にある小さな焚き火で調理している女性陣の下に向かい、ワイン煮についての相談を始める。


 幸いにして今村には十分なワインがあり、以前作った乾燥ハーブや乾燥野菜もまだまだ残っている。


 それらがあればどうにか再現出来るはずで……俺も手伝いながらワイン煮込みを作っていく。


 するとアーリヒも側までやってきて、俺の作業を手伝ってくれて……叩いて塩やらを振って小麦粉を軽くまとわせた肉と野菜を多めのバターで炒めてから、鍋にワインを入れて煮込んで……おたまのような大きな木匙でアクをどんどんすくって捨てて、捨てに捨てて……そうやって作業する中で、俺はあることに気付いて声を上げる。


「そう言えばユーラとサープは? 姿が見えないけど……もう結構良い時間だよね?

 朝食の時間は終わっておやつの時間くらいの……だってのに二人は何しているんだろ、厩舎で恵獣の世話かな?」


 するとアーリヒは困ったような顔をし、一言だけを返してくる。


「夜ふかしでもしたんじゃないですか」


 その言葉に俺は「ふぅん?」と返してからワイン煮込みへと意識を向ける。


 そうしてそれから数十分後、どうにかアクが出なくなり、肉も柔らかく崩れるくらいになってくれて……それらを盛り付けたなら三精霊に差し出す前にと、自分で味見をしてみる。


 柔らかくエグみはなく、味も悪くなく香りも良い。


 最高の出来とは言えないかもしれないけども、普通に食べられる味となっていて……普通に楽しんで食べていると、肉の奥底にある旨味というか滋味というか、力強い味が湧き出てきて、それが独特の美味しさになってくれる。


「おお……魔王のワイン煮結構美味しいな、柔らかくて味が染み出てきて……これならシェフィ達も喜んでくれるかも。

 しかし魔王のワイン煮か……魔王肉のワイン煮?

 ……うぅん、自分で言って何だけど、料理名はなんか別のを考えた方が良いかもねぇ」

 

 と、そんな俺がそんなコメントをしていると、それを聞きつけたのか三精霊が物凄い勢いで、こちらに向かって飛んできて……そして全員分を盛り付けてあげると、それはもう物凄い勢いで食べ始め……なんとも美味しそうな満足げな顔をしてくれるのだった。


お読み頂きありがとうございました。


次回はこの続き、彼らのあれこれです。

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