マグロイワシ
ヴァークから様々な贈り物を受け取って……家長達は宴会を開くことにしたようだ。
ヴァークを歓迎し、贈り物のお礼をし……ついでに、足が早そうな食品を食べきることが目的であるらしい。
ヴァーク達が持ってきてくれた食料は、そのほとんどが保存の効くものばかりだったが、そうではないものもいくつかあり……その一つがマグロのような大きさのイワシだった。
とりあえずマグロイワシと呼ぶその魚は、血抜きをしエラと内臓を取った上で、海水に軽くつけて冬の風に晒して凍らせてあり……いわゆるルイベみたいな状態になっている。
だけどもその冷凍具合は半端、カッチカチに凍らせた訳ではなく柔らかめの半生のような状態で……いつまで保存が効くかはなんとも言えない。
冷凍させたままでも冷凍焼けとか起こる可能性もあるしで、さっさと食べてしまった方が良いだろう。
だけども量が多い、マグロサイズなのになんと10尾も持ってきたようで……調理するにしても食べるにしても一苦労だ。
そしてそのうち一尾は俺が調理することになり……その理由はマグロイワシのことを、なんとなく知っていたから、というなんともアレな理由だった。
いや、知らないけどね? こんな魚。
マグロとイワシは知っているけど、マグロのような大きさのイワシは知らないからね?
「まー……今はどこの家も忙しいみたいだから、やるしかないんだけどね」
調理用に用意したコタの中に大きめの台を用意し、その上にかなり大きめの、マグロイワシを乗せられる木の板……つまりはまな板を置き、頭にシェフィを乗せながら、そんな声を上げる。
それからマグロイワシへと視線をやり……頭を悩ませる。
……どう調理したものかなぁ、ルイベと言えばやっぱりそのまま食べる、だろうか。
シャミ・ノーマ族は生食に抵抗はないし、ルイベもどきや刺し身もよく食べるし……と、そんなことを考えながらナイフを手に取り、マグロイワシへと伸ばし、一口サイズの切り身を作って試食をしてみる。
……うん。
なんとも言えない、いやこれはむしろ……。
なんてことを考えていると、手伝いということで俺の左右に立っているユーラとサープと、頭の上から下りてきたシェフィがこちらを羨ましそうに見てきて……俺は彼らのために切り身を作り、どうぞと仕草で示す。
すると三人一斉に手を伸ばし、すぐさま食べ……これまた三人一斉に、なんとも言えない顔をし、
「……うん」
「……うん」
『……うん』
と、小さく、テンション低く呟く。
旨味は強い、つまり美味しい……のだけど生臭い、凄く生臭い、切り身をつまんだ指先すら生臭い。
「これはそのままは無理だなぁ……何かで臭い消しをするか、炙るか……。
炙れば多分、少しはマシになるはず……しかし炙るにしてもバーナーがないしなぁ。
鍋料理とかにしても良いんだろうけど、この大きさ全部を鍋にするとなると、他の食材の消費は激しそうだしなぁ……」
なんてことを呟いていると、シェフィが工房で勝手に作ったのか大きめの干しショウガや粉末にしたショウガが入った小袋をを取り出し……そしてどこからか現れたドラー、炎の精霊が現れて、その小さな手の上に火の玉を作り出す。
「なるほど……シェフィはショウガ料理がご希望で、ドラーは炙り料理がご希望かぁ。
……えっと、料理のためにドラーの力を借りるのはありなの?」
俺がそう問いかけるとドラーは、
『対価があれば問題ねぇぞ! 今回の対価は出来上がった料理だな! この魚、生命力に溢れているし、美味しく調理さえできたなら良い滋養となってくれるはずだ!』
と、返してくれる。
そういうことならばと炙りにするつもりで切り分けていき……ついでにシェフィがご希望のショウガ煮の分も切り分けていく。
ショウガだけだと今ひとつだなぁと思っていると、またもシェフィが動き、今度はミソが入っているらしい壺を工房で作り始め……勝手に色々やっているなぁ、なんてことを思ってしまう。
まぁー……ミソくらいなら大したポイントじゃないから良いんだけども……シャミ・ノーマの皆にミソは受け入れてもらえないんじゃないかなぁ。
匂いが独特の発酵食って慣れているからこそ美味しいものだし……ミソもショウユもない食文化で受け入れてもらえるとは思えない。
『だいじょーぶ、だいじょーぶ! ここらへんでもお肉の発酵食とか作るし!
もし皆がダメならボク達で全部頂くからだいじょーぶ!』
すると俺の内心を読んだらしいシェフィがそんなことを言ってきて……そう言うのならと俺はユーラ達に手伝ってもらいながら調理を進めていく。
半分はドラー炙り、半分は味噌煮。
ドラー炙りはドラーのおかげで手早く終わり……味噌煮は生臭さがどうなるか、しっかり消えてくれるのかを確認するため、ドラーと一緒に味見をしながら作っていく。
味噌煮の際にはコタ中にミソの香りが広がり……ユーラとサープは予想通り、その匂いがきついらしく、顔をしかめていた。
……が、少しのミソを舐めさせてみると、美味しい美味しいと喜んでいたので、慣れさえしたら受け入れてもらえるようだ。
……そもそもこのミソ、異様に美味しいしなぁ。
工房産だからなのか、前世でも食べたことのない美味しさだ。
最高級のミソだとこれくらいの美味しさになるのだろうか……? 市販品ばかりを食べていた俺にはそこら辺のことが判別出来なかったが……まぁ、美味しいのだから文句はないか。
そしてドラー炙り……これも美味しかった。
綺麗さっぱりと生臭さが消えて、嗅いだことのない香ばしさがあり……焼き目はパリパリ、身はふんわりと、たまらない食感だ。
炙ったことで旨味も増していて……過去最高レベルに美味しいかもしれない。
「ま、まさかこんなに美味しくなるなんてなぁ……途中から気付いていたけども、あの生臭さが嘘のようだ」
味見を終えて俺がそんな声を上げると、目の前にやってきたドラーが、得意げな顔でこれでもかと胸を張りながら言葉を返してくる。
『そりゃぁ当然だろ! ドラー様の炎で炙ったんだぜ!
臭みは全部浄化したし、最高の焼き上がりに調整したし、焼かなくて良いとこは一切焼いてないしで……理想の炙りの完成ってなもんだ!
ってことでほれ、もう一切れくれよ! ここまで仕上げてやったんだからさ!』
そう言われて俺は炙りを一口サイズに切り分け、ドラーにどうぞと仕草で示し……すぐさまドラーは切り身に飛びつき、両手で持ち上げかぶりつき……なんとも幸せそうな、初めてみるような笑みを見せてくる。
それを受けてシェフィもユーラもサープも味見を希望し、俺もまた食べたくなり……俺は全員分の切り身を作り、それから手を伸ばし……自らの口に運ぶ。
……うん、本当に美味い。
残りのマグロイワシ、全部これでも良いくらいに美味しく……もう味噌煮なんて完成させなくて良いように思えるが、それでも作り始めたのだからと味噌煮も焦がさないようにヘラでもってかき混ぜ、こまめに煮汁をマグロイワシの身にかけ……と、調理を進めていく。
そうして出来上がった味噌煮は、これまた感動する程に美味しいもので……味噌に不慣れなユーラとサープも笑顔で楽しんでくれる。
もちろんドラーもシェフィも美味しい美味しいと食べてくれて……そうして初めての料理任務は、上々の仕上がりとなるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回こそアルマウェル関連になります