世界の恵獣
「やぁー! アーリヒ! 久しぶりだ! 元気していたか!
いや、元気だな! その顔を見れば分かる! 前よりも顔色が良くなったんじゃないか?」
それからすぐにアーリヒがやってきて、その姿を見るなりベアーテは満面の笑みとなって、そんな声を上げながら駆け寄り……アーリヒもまた満面の笑みでベアーテを出迎える。
そうして2人は抱き合い……それからあれこれと言葉を交わし、旧交を温め微笑み合う。
「いやぁ、久しぶりに会うと話が尽きないな!
……よし、サウナで汗を流しながら話を続けようではないか……この辺りの村となると、やはりあの湖側のサウナか?」
そしてある程度話が落ち着いた所でベアーテがそう言うと……少し考え込んだアーリヒが、指で北の方を指しながら言葉を返す。
「最近新しいサウナが出来まして、あちらには洞窟サウナがありますね。
湖のサウナもありますし……どちらでもいけますよ。
洞窟サウナはかなり熱いサウナとなっていますので、サウナに慣れていないベアーテには少し厳しいかもしれないですね」
とのアーリヒの言葉は、ベアーテにとって挑発的なものとなってしまったようだ。
ベアーテの目は細くなり、口元は引き締まり……その挑戦受けたと、そんな顔をする。
「よし、ならその洞窟サウナとやらに行ってみるとしよう。
アタシとアーリヒと……ああ、それと愛し子様も連れていくか? 愛し子様とも話をしてみたいと―――」
「無理です、俺は無理なので二人で楽しんできてください」
そして出てきた言葉に対し、俺はそれが終わることを待つことなく言葉を返す。
アーリヒと入るだけでもいっぱいいっぱいなのに、他人の上に他所のお偉いさんと入るとか、無茶にも程がある。
その上その人はアーリヒの友達で、恋人たるアーリヒの前でその人の裸を見せつけられる? 一体何の罰ゲームなんだろうか。
「……そうか? それは残念だな。
……まぁ、無理だと言うなら仕方ないか」
俺の事情も内心も知らず、心底残念そうにするベアーテ。
「その代わり、ではないですが、アルマウェルの世話をしていますよ。
ブラッシングとか……他にも何か世話があればしておきますし、寝床や食事の支度もしておきますよ。
なので気兼ねなくサウナを楽しんできてください」
流れを変えるため俺がそう言うと、ベアーテは今日一番の笑みを浮かべて「頼むよ!」と、そう言ってくれて……その勢いのままアーリヒと共にサウナの準備をすべく、村へと歩いていく。
「そういう訳ですので、よろしくお願いしますね」
と、アルマウェル……大きな熊の恵獣に声をかけると、アルマウェルは目を細めて大きく頷き……そしてグォウグォウと声を上げる。
『とりあえずブラッシングをお願いしたいってさ。
それから食事……お肉も好きだけど木の実とか果物とかも好きだから、そういうのも食べてみたいってさ』
それをシェフィが翻訳してくれて、俺が、
「分かりました、ではそのように。
……とりあえず村の側まで移動して、良さそうな場所を見つけたらそこに寝床となるコタを建てますので、それからブラッシングをしましょう」
と、返すとアルマウェルはその鼻をぐいぐいと押し付けてくる。
しっとりしていて大きくて……この寒さに負けないくらい体温が高くて。
側にいるだけで温かくなるアルマウェルの鼻筋を撫でたなら、村へと移動し……村人に頼んでコタの材料を用意してもらってから、寝床に良さそうな場所を選ぶ。
その途中、
「おお! これが他所の恵獣様かぁ! でっかくて硬そうですげぇなぁ!
よし、オレ様も手伝うぜ、ヴィトー」
「お~~~……これはまた強そうな恵獣様ッスねぇ。
その分だけ飯の量もやばそうッスけど……食料豊富な海の民ならではの恵獣様ってことなんスかねぇ」
なんてことを言いながらやってきたユーラとサープが合流し、三人でコタを建て、三人で大きなアルマウェルのブラッシングをすることになった。
「はぁ~~~、アルマウェル様が認めるくらいの女傑かぁ、そりゃぁすげぇなぁ。
……あん? 今までに会ったことないのかって? いや、外の人間となんてそう簡単に会えるもんじゃねぇだろ、特にオレの場合は、家族とかに止められてたしなぁ……無礼を働きそうってさ。
……それ程の女傑ならいつか手合わせしてみてぇなぁ」
「しっかしもったいないッスねぇ、どうせならサウナ入ってきたら良かったんすよ。
異国の美人とサウナとか、絶対に楽しいッスよ~~~、自分ならそんなチャンス、逃さないんスけどねぇ~」
なんて馬鹿話をしながら作業を進めて……アルマウェルが巨体なこともあり、三人がかりでもかなりの時間がかかることになった。
ただブラッシングするだけならそこまで手間はかからなかったのかもしれないけども、アルマウェルは普通の熊ではなく、鎧熊……顔や肩や胸といった前面に鎧のような皮膚が盛り上がっているので、そこの汚れ取りというか、拭き掃除をしなければならないのが、結構な手間だった。
……皮膚、そう皮膚なのである。
シェフィの説明によると、この岩のようにゴツゴツとした鎧は、鎧熊の皮膚が硬質化したものらしい。
硬い皮膚というとサイが思い出されるけども、アレはまだ皮膚らしい皮膚というか、ここまでゴツゴツはしていなかったはず。
角ばってゴツゴツで、触れてみても一切の柔らかさを感じないこれを皮膚と言われても、中々信じることが出来なかった。
『その皮膚はねー、毎日成長しているっていうか、毎日盛り上がり続けてるんだよ。
どんどん盛り上がってどんどん硬くなって……魔獣との戦闘で砕け落ちても一切問題なし。
そのうちまた盛り上がって元通りの形になるって訳さ!
逆に戦闘がない時とかは、岩とかに体当たりして削っていて……そうしておかないと大きくなりすぎて、その重さで動けなくなったりするらしいね。
……ヴァークは海の民、船に彼らを乗せることもあるんだけど、船の上だと砕くのが難しくて困ることもあるみたいだねー。
ちなみに泳ぐのも大得意で、すっごい速さで泳いで突撃して……その皮膚の硬さで相手の船の船底に穴あけて、沈めたりもするらしいよ!』
世話の途中、シェフィがそんな説明をしてくれたが……説明されたところで訳が分からなかった。
これが皮膚……どんどん盛り上がり皮膚……その上、船底に穴まで……。
グラディス達も凄いけども、こっちの恵獣も凄いっていうか……っていうか恵獣って世界にどれだけの種類がいるんだろうなぁ……?
「ちなみにだけどシェフィ、世界には他にどんな恵獣がいるんだ?
……この感じだと世界のあちこちで戦っている、精霊と共にある勢力全部に恵獣がいるんだろう?」
と、俺がそんな質問を投げかけると、宙に浮かんだシェフィは、くるんと回転をし首を傾げながら言葉を返してくる。
『えっと~~~、ボクも全部は把握していないんだよねぇ。
ただ覚えている範囲だとー……ヤギ、狼、カラス、イノシシ、ヘビ、トカゲ、馬、タコ、牛、山猫、リス、鷹、ライオンだったかな?
まぁ、彼らを恵獣と呼んでいるのはこの辺りだけで、別のとこではまた別の呼ばれ方してるんだけどね』
「……タコ? タコの恵獣もいるのか?
……え? タコ? いや、リスにも驚いたけどタコ……??
賢くて力強くて、なんらかの力を持っているタコ???
……そんなのがいたら制海権はほぼ掌握したようなものなんじゃ……?」
『ん~~~、そんなこともないけどねー?
ただタコの恵獣がいる海域での魔獣討伐と浄化はほぼ終わってるって話だよ。
いくつもの島がある群島海域なんだけどー……タコってほら、陸にも上がれるからさ、小さな島だと、どこから来るか分からない上に逃げ場がないって感じらしいね』
そう言われて俺は、その様子を思い浮かべる。
小さな島で暮らしていると賢くて力強い何匹ものタコが海から襲ってきて……陸にも海にも逃げ場はなし。
モンスターパニック映画さながらと言うか……魔獣からすると絶望しかなかっただろうなぁ。
そしてユーラとサープはタコを知らなかったようで、俺にどんな恵獣様なのか教えてくれと問いかけてきて……俺は木の棒を拾い、それでもってタコの絵を雪に描きながら、タコがどんな生き物かと説明していく。
するとユーラとサープは、俺の絵の出来がいまいちだったこともあってか、顔色を悪くし……、
「う、海って怖ぇんだな……こんなのがうようよしてんのか……」
「ほ、骨がないのに足がたくさんあって、賢くて生命力もあって……?
しかも美味しいって……ヴィトーの前世の食生活、何がどうなってんスか……」
なんて声を上げる。
するとアルマウェルがグォウグォウと声を上げて……すかさずシェフィがそれを翻訳してくれる。
『アルマウェルもタコは大好物だってさー、生でも美味しくて最高だよねーだって』
「生!?」
「こんなのを生で!?」
そして上がるユーラとサープの悲鳴。
俺からすると肉を生で食べる方が勇気がいるのだけど……それでも二人にはタコを生でというのは衝撃だったらしい。
それから二人はしばらくの間、タコというとんでも生物についてをあれこれと語り合い……世界の広さを痛感したのか、一生この森で暮らすとか、海には出来るだけ近付かないとか、そんなことを言い続け……それから海で暮らすアルマウェルへと、なんとも力強い尊敬の眼差しを向けるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はヴァークのあれこれの予定です。






