夢
湖の冷水で一気に火照りをとって、瞑想小屋へと駆け込んで……椅子に深く腰掛け目を閉じると、いつものととのいとはまた違った感覚が全身を包み込む。
甘く柔らかでふわふわとしていて……それは眠っているかのような感覚で、そして夢まで見始めてしまう。
それは一人の男の物語……過疎が進んでいるが静かで穏やかで、大切な人達が住まう故郷を守ろうとした男は、やがて斜め上の政策ばかりを推し進めようとする国とぶつかるようになっていく。
巨人に挑むアリだと批判され嘲笑され、それでも信念を曲げず、ただただ故郷のためにと邁進し……そんな男には多くの敵がいたが、同じだけの味方もいて……人生のすべてを賭けたこともあって、少しずつだが確実に前に進むことが出来ていた。
この調子で行けば色々なことが形になる、自分の世代では無理かもしれないが次世代には理想が形になってくれる……と、思われたが、それを面白く思わなかったのが国……政府だった。
男のやり方が正しかったと認めるということは、男の成功を許すということは、政府の失策を認めるのと同義で、そうなれば多くの支持を失い……彼らのプライドも酷く傷つけられてしまう。
そうして多くの政府関係者からの嫌がらせが始まり、男がそれを正面から堂々と跳ね除けると、買収、ハニートラップ、捏造、冤罪……ありとあらゆる絡め手を使ってくるようになり、それでも抗い続ける男に降り掛かったのは、まさかの天災だった。
災害で大きな被害が出た、復興をしなければならない……が、政府が復興予算を露骨に渋ってくる。
トドメとなったのは激甚災害に指定されなかったことで……数年後、別の地域で起きた被害の小さな災害が激甚災害指定を受けたことからも、それが政府による嫌がらせであることは明らかだった。
まさか、仮にもこの国の政府が被害にあった人々を前にしてそんなことをしでかすとはと男は驚き、呆れ、絶望し……支持者だった人々にお前のせいだと、お前のせいで未だに復興が進んでいないのだと批判されたことで、男の心は折れかけることになる。
それでもと男が踏ん張っていると、今度は病魔が男を襲い……それでもそれでもと、男は残った仲間と共に政府と戦い続けた。
そして……あれこれと手を打ちすぎた政府の悪行の証拠が集まり、災害復興に対する嫌がらせの証拠、証言も集まり……これから政府に逆転の一手を打ち、災害復興を経た上で今度こそ夢を……故郷を盛り上げ、人々に笑顔を取り戻すという夢を叶えられるという所で、男は病で命を失った。
夢叶えられず、自らの名誉を回復することも出来ず……憎い相手に反撃することも出来ず。
そうして男は深い絶望の中で死後の……意識があるのかないのか、五感があるのかないのかも分からない空間で己の何も成せなかった人生を悔い続けることになったが……そんな男を救ったのが小さく、可愛らしい白い毛玉だった。
『君のこと見てたよ、故郷を守ろうとすごくすごく頑張ってたね―――』
『―――うんうん、悔しかったね、でも大丈夫、あの後君の仲間達が、君の仇を打つんだって頑張って、見事君の夢を勝ち取ったからさ―――』
『世間は君の状況に……死に同情した、そして君の仲間になってくれた、証拠や証言が多すぎて彼らの言い訳は言い訳にならなかった―――』
『君の仲間の一人は、君についての本を出版してすごく売れて、大儲けしたりもしてたけど……ま、君なら笑って許すんだろうね―――』
『―――そうそう、今みたいに君は笑うんだね。
……お礼? そうだな……力を貸してよ、その魂をもう一度燃やしてボクらの世界のために頑張ってよ。
今のままの魂じゃすり減っててちょっとアレだから、ボクの力を注ぎ込んであげる。
それで君の魂は蘇る、強くなる、若返る……うんと若い方がきっと、君も新しい人生を楽しめるよね―――』
夢の中で白い毛玉はそう言って男の魂に触れて……そうして男は―――。
と、そこで夢が終わり、目が覚める。
ととのった感覚はなく、かと言って寝ていたような感覚もなく……またシェフィが何かしたのだろうかと瞑想小屋の隅に置かれた……誰かがわざわざ作ってくれたらしい精霊達のための小さな椅子へと視線をやるが、そこでシェフィは上手くととのったのか、とろけてゆるんだ顔をしていて……何かをしたような様子はない。
たまたまあんな夢を見ただけなのかと小さなため息を吐き出した俺が立ち上がると、ユーラとサープも立ち上がり……着替えなどを済ませて、それから精霊達を起こし、今頃大量の魔獣肉で盛り上がっているだろう、村へと向かう。
「……シェフィ、ありがとうな」
その途中、頭の上に乗ったシェフィにだけ聞こえるようにそう言うと、俺があんな夢を見たことも、俺がどうして礼を言っているのかも分かっているかのようにシェフィは、俺の頭をぽんぽんと叩いてから一言だけを返してくる。
『良いよ』
その言葉を受けて、なんとも言えず暖かい気持ちになり、ととのえはしなかったが今日は美味い夕飯が食えそうだといつも以上に賑わっている村に入り、もくもくと炊事の煙を上げている食堂コタの中に入ると……そこで吊し上げのような状態で、一人だけ離れた席に座り、皆の視線を集めている女性の姿が視界に入り込む。
「あ、忘れてた」
サウナ中はあれこれ語っていたガクシャ……学者のことをすっかりと忘れていた俺のそんな言葉を受けて、学者の女性は一瞬眉をひそめるが、何も言わずその高い鼻をすんと鳴らして涙ぐむ。
そんな小さな仕草に対しても、周囲の村人達は不審そうな目を向けていて……ひとまず俺は、女性に何かを聞くよりも皆のそういった態度を和らげようと、皆に向けて声を上げる。
「……この女性は、シャミ・ノーマの教えや精霊の教え、瘴気や魔獣の関係を学ぼうとここに来たようなんです。
学んで沼地の人々や……それ以外の人々にも広めるために本、正しい知識を書き留めた紙束を作ろうとしていて、そうやって正しい知識が向こうに広まれば、この世界を浄化する際の助けになるはずです。
そういう意味では味方でもあるし……俺達のことを学び、理解しようとしている人でもあるので、客人として歓迎しても問題ないと思いますよ。
……なぁ、シェフィ、そうだろ?」
『ん? そうだね、学ぶことはとても良いことだし、彼女からは邪心も感じられないし……変な武器も持ってないし、魔法に染まり切っている様子もない。
お腹も空かせてるみたいだし、歓迎してあげても良いんじゃないかな』
俺の言葉よりもシェフィの言葉の方が皆に伝わったのだろう、途端に空気が和らぎ、安堵のため息まで吐き出されて……そしてすぐに学者の女性に、魔獣肉のスープが入った器が手渡される。
その器と木製スプーンを受け取った女性は、ほんの一瞬だけ躊躇してからスープをを口に運び……そうして美味しかったのか頬を染めて目を丸くし、なんとも元気良く豪快にスープを飲み続けるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は新章へ向けてのあれこれの予定です






