サウナのアロマ
新種の魔獣を持ち帰り、多くの……7頭の恵獣を連れ帰ったことで村で一騒ぎが起きることになった。
魔獣に驚き、恵獣を歓迎し……そして歌と踊りでもって、村のこれからを祝福し始める。
一体なんだってまたこのタイミングで? と、魔獣の死体の処理をしながら首を傾げていると、グスタフを連れたアーリヒがやってきて説明をしてくれる。
「あの日から、ヴィトーと精霊様のおかげで生活が変わって状況が好転していって……これまでもそのことは分かっていたのですが、今回の件でまた改めてと言いますか、これからもっともっと状況が好転していって、生活が良くなっていくことを確信できて喜びが抑えきれない……ということらしいです。
新種の魔獣が出ても死者や怪我人が出ることなく狩ることが出来て、その上多くの恵獣様が村に来てくれて……これでまたポイントも手に入ったのでしょう?
ポイントをどう使うかはヴィトーに任せていますが……ヴィトーなら悪い使い方はしないのでしょうし……今までの苦労が報われたようで、皆喜ばずにはいれないのですよ」
そう言ってくれたアーリヒの笑顔はいつになく柔らかいもので……歌い踊る皆の顔も似た笑顔となっている。
手を繋ぎ合って一列になって踊っていたり、円になって踊っていたり……どこまでも楽しげだ。
そんな中、餌場から村へと戻ってきた恵獣達と、連れ帰った恵獣達との交流が始まり……問題なく受け入れられたのか、穏やかな空気での毛繕いが始まり、それがまた村の皆を喜ばせる。
「ジュド、ヴィトー、その他二人! サウナの準備が出来たから入ってくると良い。
魔獣の始末やらは踊ってる連中に任せておけ」
そんな光景を見ていると、後ろから声をかけられ……振り返るとサウナの管理人の姿があり、俺達は素直にそれに従うことにし……アーリヒにグラディスを預けてからサウナへと足を向ける。
小屋に入り服を脱ぎ、体を綺麗に洗い……と、そこでジュド爺から声がかかる。
「ヴィトー、今回も何か変わったサウナの入り方はねぇのか? なんだかんだと今日の狩りは上手くいった方だからな……締めのサウナをじっくりと楽しみてぇんだ」
「んー……そう、ですねぇ。
そうは言ってもこの村のサウナ自体が高レベルっていうか、かなりの高品質ですからねぇ……。
良い木材を使った小屋としっかり高温のストーブ、そしてこれでもかと冷えたきれいな水の水風呂……。
ここに何か付け加えるとしたら……香りを足すとかですかね?」
俺がそう返すとジュド爺は、ガシガシと強く体を洗いながら言葉を返してくる。
「枝葉を入れたロウリュ水で既に香りがついているはずだが……他に何か追加したりすんのか?
……ああ、そう言えばお前と族長が入った時に何だったか……爽やかな香りを追加したとは聞いたな」
「はい、レモンっていう果物の成分が入った水を使いました。
水じゃなくてもオイルを使っても良いらしいですし、香りにも色々種類があるらしいです。
花やハーブ、樹木の香りもあって……ものによっては使い方に気をつける必要があるんですけど、シェフィが作ってくれたものなら、どんなものでも安全だから気をつける必要はないらしいです」
俺のそんな言葉を受けて、今度はジュド爺ではなくユーラが言葉を返してくる。
「うん? ただの香りに危険なんてことがあるのか?」
「俺もそこまでは詳しくないけど……さっき言ったような果物、柑橘類って言われるものの成分を体につけたまま太陽の光に当たると日焼けしやすくなるとかで、下手をするとそれがシミになったりするらしいんだ。
他にも香辛料系のものだと必要以上に体温が上がり過ぎちゃうとか……妊娠中だったり皮膚が傷ついていたりとか病気をしていたりすると、安全なやつでも過剰に反応が出ちゃうらしいね」
そう説明するとユーラは石鹸の泡を洗い流しながら「なるほどなぁ」と呟き……サープは「女の子と楽しむ時気をつけよう」なんてことを言い……そしてジュド爺は顎を撫でながらその目を光らせ……口を開く。
「精霊様のお力で安全だっていうのなら、何の遠慮もなく楽しめるじゃねぇか。
よし! ヴィトー、香辛料のオイルとやらを楽しませろ!
老いてくると夜の冷えがきつくてなぁ……体温が上がるってならありがてぇ」
「分かりました……えぇっと香辛料って言っても色々ありますけど、何が良いですか?
……シェフィ、何かオススメとかある?」
と、俺がそう言うと、シェフィ用ということで用意された大きめの食器の中で泡まみれの入浴タイムを楽しんでいたシェフィが、泡を持ち上げ頭の上に乗せるというよく分からないことをしながら言葉を返してくる。
『んー……そうだなぁ。
オススメはショウガとかかなー、皆ショウガのこと知らないだろうし……ヴィトーにとっては久しぶりの香りだし、皆楽しめるんじゃないかな?
血行も良くなって、ジュド爺の体にも良いはずだよ。
……ショウガのオイルなら、そうだなー……20ポイントかな』
20ポイント……思ったより高いな。
って言うか皆がショウガを知らない……? そう言えばヴィトーの記憶でも食べたことがないような……?
……あ、そうか、ショウガは温かい所で育つんだったか。
だから冷蔵庫に入れず常温保存の方が良いとか、そんな話を聞いたような……そうなるとこの極寒地域では育てることはもちろん、保存することも難しいだろう。
ポイントが少し高めに感じるのはその辺りのことを……ここらでは手に入らない希少品ということを加味してのことなのかもしれないな。
「分かった、ショウガのフレーバーオイルを頼むよ。
……っていうか今ポイントってどのくらいになっているんだ? 魔獣を倒して恵獣の群れを助けて……結構たまっているはずだよな?」
俺がそう返すとシェフィは、泡を鏡餅のように重ねながら言葉を返してくる。
『そうだね、今はえぇっと……ショウガのオイルを作ったとして、端数切り捨てで2万3000ポイントだね。
あ、多いって驚いた? まぁ、うん、今回の狩りはそれだけの価値があったってことだよ。
ポイントは貯めすぎても良くないからサウナ中にどう使うか、何に使うか考えておいてね?
せっかく漢方の本作ったんだから、色んな漢方どんどん作っちゃうとか……ここら辺では手に入らない香辛料たくさん作るとかー……ボクとしては子供が喜ぶ何かも欲しいかな。
子供が元気だと、こっちまで嬉しくなっちゃうからね、ヴィトー……頑張って考えて良いものを作り出してね』
と、そう言ってからシェフィはいつものようにポイントと呼ばれる謎物質をどこかから取り出して手に持ち、泡の上に浮かび上がった白いモヤの中からハンマーを取り出し、ハンマーでそれを叩くことでショウガのアルマオイル……が入ったガラス瓶を作り出す。
ふとこのガラス瓶だけでも結構貴重品で、20ポイント以上の価値がありそう……なんてことを思うが、あえて何も言わずにガラス瓶を受け取り、綺麗に泡を洗い流した上でサウナへと足を進める。
そうして早速とばかりにサウナストーンにオイルをかけると、ショウガのたまらない香りがサウナ中に広がって……俺にとっては久しぶりの、皆にとっては初めてとなるその香りを、胸いっぱいに吸い込み存分に堪能した俺達は、座席に腰を下ろしジンジャーフレーバーサウナをたっぷりと時間をかけて楽しむのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は魔獣の素材やら何やらの予定です。






