沼地の人々と精霊
食堂コタに向かうと、アナグマ肉や商人から買った品々のおかげか、いつもよりも豪華な内容で量も多い料理が並んでいた。
串焼き、煮鍋、そしてアナグマ肉の刺し身もあって……まぁ、うん、俺は遠慮しておくとしよう。
そんな食堂コタの中央には焚き火があり……焚き火の真上、コタの天辺には排煙のための穴があり、その辺りの骨組みからロープがぶら下がっていて、そのロープの先にはアナグマの肉塊が……塩やらハーブやらが擦り付けられた物が吊るされている。
それが焚き火の煙を受けているのを見るに、燻製をしているよう……だけども、こんな少ない煙で燻製になるのかな? なんて疑問が浮かんでくる。
……が、まぁ、うん、刺し身で食べるくらいだから多少荒さがあっても問題ないのかもしれないなぁ。
「ヴィトーは鍋と串焼きだな、俺とサープはまず生肉から食いてぇな、族長とジュド爺も生肉からだよな?」
そんな食堂の席につくと、ユーラがそう注文を済ませて料理が運ばれてきて……そしてアーリヒとジュド爺、ユーラとサープは何の躊躇もなくアナグマの刺し身を手で掴み、ゆっくりと頬張る。
そして堪能するかのように口を動かし……うぅん、やっぱり肉の刺し身への抵抗感は残っているなぁ。
これはもうしょうがないことだ、俺が俺である証拠みたいなものだと思って受け入れるとしよう。
と、いう訳で木の板のような食器に乗せられた串焼きに手を伸ばし……塩とハーブで味付けされているらしいそれを口に運ぶ。
「うっま」
思わずそんな声が上がる程、串焼きは美味しかった。
焚き火に焼かれて外はカリカリで中は柔らかく、脂が濃厚で甘くて旨味が強い。
塩とハーブの味付けも良い具合なのだけど、そもそもの肉の美味しさに完全に負けてしまっていて……うぅむ、美味しい肉だというのは知っていたけどもここまでとはなぁ。
生肉もきっと美味しいんだろうなぁ……なんてことを考えながら食事を進めていると、ようやく交渉が終わったのだろう、交渉役の村人と……沼地の人々が食堂へとやってくる。
すると一部の村人達がすっと移動して席を空けて……そこに交渉役と沼地の人々が腰を下ろす。
色々とあるとは言え客人は客人、ここまで来てもらった訳だし食事や寝床の提供くらいはする、ということなのだろう。
それからすぐに料理が用意され……沼地の人々にも生肉は無理のようで煮鍋と串焼きに手を伸ばす。
そして口に運び……美味しかったのだろう、懸命に口を動かし食べ進める。
……まぁ、ここまでの長旅でろくなものを食べていなかったんだろうし、焼き立て煮込み立ての料理というだけでも嬉しいものなのかもなぁ。
食事が進む中、沼地の人々は諦めきれないのか交渉役に色々な条件を……もっと物を出すとか、行商の頻度を上げるとか、伐採などの量を減らすからと交渉を試みるが交渉役はただ首を横に振るのみだ。
それでも話し続け……ついに我慢出来なくなったのか交渉役が口を開く。
「何を言われても無理なものは無理だ……取引は物によっては考える余地があるが、ヴァークとの仲介に関しては自分達でどうにかしろとしか言えん。
そもそもだ、お前達はヴァークのことを恐ろしい恐ろしいと言っているが、ヴァークが海の魔獣を片付けていなければ、漁は出来ず船は壊され、お前達だって困ったことになっているんだぞ?
それに感謝せずにただただ恐ろしいっつってもなぁ……」
すると沼地の人々……毛皮の帽子を目深に被っていた、商人であるらしい赤髪の中年男性が、帽子をすっと上にずらし無精髭まみれの顔を顕にしてから言葉を返す。
「そ、そうは言うがな……やつらだって船を沈めるわ村を襲うわ、魔獣と変わんねぇだろう?
海沿いの村を襲い尽くしたなら船で川を遡ってきてまで襲撃してくるし……罰当たりなことに教会を好んで標的にしやがるし、奪うものが何もなくても襲ってくるしよぉ、魔獣より恐ろしいじゃねぇかよ……」
「教会ってのはあれだろ? 魔力を神の恩寵だとか言ってありがたかってる連中だろ?
そりゃぁお前ヴァークだって良い顔はしねぇだろうよ、俺等だってんなもん見かけりゃ襲いまではしないが、ロクでもねぇって顔を顰めるぞ。
……精霊様が引き止めるのを無視して魔力に染まって、居もしねぇ神を作り出して信仰してすがって……。
その象徴の教会なんてあったらお前、精霊様と共にあるヴァークからしたら襲うのは当然のことじゃねぇか」
「……自分達にだって寄る辺は必要なんだよ……。
精霊から距離を取ったからこそってやつで……そもそも精霊なんてのも本当にいるのか? あんたらがいると言ってるだけで……」
そんな会話の途中、沼地の商人が迂闊なことを口にする。
瞬間食堂の中が殺意に溢れて視線が集まり……焚き火で温かいはずのコタの中が一気に冷え込む。
なんであんなこと言っちゃうかなぁと呆れながらその様子を見やっていると、アーリヒとジュド爺とユーラとサープが俺の前で……ぷかぷかと宙に浮かびながら食事をするシェフィへと視線を向ける。
アーリヒは目の前にいますよね? とでも言いたげな顔で首を傾げ、ジュド爺はやれやれと呆れ顔で食事を再開し、ユーラとサープは見えてねぇのか? なんてことを言い合いながらシェフィのことを指差し……冷え切ったコタの中で唯一賑やかな俺達の下へとコタ中の視線が集まり……そして商人達から悲鳴のような声が上がる。
「う、うわぁ!? なんだありゃ!?」
「う、浮いてる!?」
「し、白い毛玉……と、鳥なのか!?」
なんてことを言いながら混乱状態となり……交渉役の村人は大きなため息を吐き出してから声をかける。
「あそこにいらっしゃるのが精霊様だよ。
精霊様を目の前にして精霊様がいないだのなんだの……大丈夫か? お前ら。
とにかく……そんな様子なら尚の事お前らとの商売はできねぇよ、今回で終わり、もう来なくて良い。
お前達も寒い中わざわざこんな所まで来なくて済むんだ、ありがたいだろ?
ヴァークに関しては自分達でどうにかしろ、言葉が通じるだけ魔獣よりはマシだろうよ」
そんな言葉を受けて赤髪の商人は項垂れる。
他二人はまだまだ言いたいことがありそうな顔をしていたが……この冷え切った空気で口にする勇気はないようで押し黙る。
そして三人はゆっくり立ち上がり……チラチラとシェフィのことを見やりながら宿泊用のコタに向かうのか、何も言わずに食堂を後にするのだった。
――――それからの三人
「おい……どうすんだよ……ここらの木材も毛皮も琥珀だって他じゃ手に入らない一級品なんだぞ……」
一人がそう声を上げるが、赤髪の商人は項垂れたままだ。
「取引先もだが、領主様にも大目玉食らうぞ、ヴァークとの交渉をまとめているからこその今の立場だからな……。
そんな大事な相手だってのに、あの取り付く島のなさ……いくら辺境相手だとはいえぼったくりすぎたんじゃねぇか?」
もう一人が声を上げ……赤髪の商人は顔を上げため息を吐き出し、口を開く。
「今更そんなこと言われてもなぁ……取引先と領主様には素直に謝るさ。
それで駄目なら……夜逃げか、いっそヴァーク側について商売すっかなぁ」
そんな商人の言葉を受けて残りの二人……護衛役の二人は商人よりも大きく重い、ため息を吐き出し……用意された幕家へと足を向けるのだった。
――――その上空で揺れる火球
『ハッ……お前らがそんなんだから現界したオラ達がシャミ・ノーマ族に力を貸し始めたんだろうが。
ただ魔力に依存してる生活を送ってるだけなのに、真っ当に生きてる連中を見下して……世界を危機に追いやって、何やってんだか。
もう限界だと世界中の精霊達が動き出した、精霊と世界の理がそれを許した。
シャミ・ノーマ族やヴァーク達だけじゃない、東も西も南も砂漠も密林も、一気に盛り返してくる訳だが……お前達はどうするんだろうな?』
そう言って火球……火の精霊ドラーは大きく揺れてから燃え盛り……それから一段と盛り上がって賑やかになっていく食堂へと、美味しい肉料理をごちそうになるために移動し始めるのだった。
 






