沼地の
瞑想小屋でととのい後のなんとも言えない爽快さに浸っていると、そこにドラーがやってきて……火花を散らし俺達の体へと振りかける。
今回の狩りでもまたレベルアップ出来たようで……最初の状態を1とするならこれでレベル4になったという訳か。
これでまた身体能力が上がったのなら狩りが楽になるなぁと、そんなことを考えながらドラーへの礼を言って、体を起こし……着替えをしに脱衣所へと向かっていると、ジュド爺が力のこもった声を上げる。
「アウフグースとやらをしてもらうと、ここまで変わるもんなんだなぁ……。
そうすると……洞窟サウナでもアウフグースをやって欲しくなっちまうな」
するとユーラとサープがビクリッと反応し顔色を悪くし……一体何をそんなに青ざめているのだと俺が首を傾げていると、サープが小声で説明をしてくれる。
「洞窟サウナってのは、その名の通り洞窟を使ったサウナなんスけど……ストーブがないからかやり方が乱暴なんスよ。
どう乱暴かと言うと……海の近くにある程よい狭さの洞窟の中に薪を詰め込んで、火を点けてそれから鉄の扉を閉めて……薪が燃えきった頃に扉をあけて、薪を掻き出し水を……海水を洞窟の中にぶちまけたり、海水を染み込ませた毛皮を洞窟の中に放り投げたりするんス。
その海水が蒸発してサウナの出来上がりって感じなんスけど……そんな乱暴なやり方なもんだから、温度がめちゃくちゃ高くて……体感で普通のサウナの2倍くらいは暑いんスよね」
「……え、いや、普通のサウナって90度とか100度くらいだったはずだから、2倍なんてことになったら中に入った瞬間焼け死ぬんじゃ……?」
俺がそう返すとサープは首をぐいっと傾げながら言葉を返してくる。
「度……? その単位はよく分かんねぇッスけど、入った瞬間肌が火傷しちゃうくらいには暑いッスね。
だから入る時はローブとかで全身を保護した上で入る必要があって……中に入った後も、毛皮の上を歩くようにして壁とか床に体が触れないようにしないといけないッス。
仮に触れちゃったなら……もうどうにもなんねぇッス、見るも無惨ッスね」
「うわぁ……。
そんなサウナでアウフグースとか、ひっどいことになりそうだなぁ」
「そうッスねぇ……。
ヴィトーが知らないのはあんまりに危険なサウナだから使って良いのは大人だけで、大人の中でも屈強な連中にしか許されてないサウナだからッスね。
それだけの暑さの分、瞑想がたまらなく気持ち良いし体のコリとかすっきり治るし、体の冷えに困ってる人なんかも一発で解消するって話なんで……根強い人気があるんスよねぇ」
「なる……ほど。
普通のサウナとはまた違った目的で入るのがメインになりそうだねぇ……治療施設みたいなものなのかな?」
「そッスね、沼地の方でよく見るらしい肌の病気にも良いとかで、沼地の連中にうつされた場合とかにも使う感じッスね。
まぁ、そんなことになるのは交渉役の人達だけッスけど……いつか使うかもしれないんでヴィトーも覚えておくと良いっすよ」
なんてことを言いながら脱衣所に入って着替えを済ませて、村へと向かっていると……いつもの騒がしさとは少し違う騒がしい声が聞こえてくる。
かなりの数の魔獣とアナグマを前にしてテンション上がっているのかな? なんてことを一瞬思ったけども、どうやら違うようで……何か揉め事が起きているらしい。
そのことに気付いたユーラとサープ、ジュド爺は表情を引き締め緊張で体を固くし……そうしながら声の方へと足を向ける。
村から少し外れた何もない一帯……村から南に位置するそこには大きな犬ソリがあり、大きな荷物を乗せたソリに繋がれた分厚い毛皮の犬達の姿があり……そして茶色や黒の毛皮で全身を包んだ知らない顔の3人の男の姿もある。
それと向かい合っているのは3人の村人達で……その村人達はつい先程話題に上がった交渉役の男達だった。
若く厳つく、沼地の人々相手でも押し負けない強さを持った面々で……どうやら沼地の商人がやってきて何らかのトラブルを起こしてしまったようだ。
「考え直してくれないか! そんなことをされたら商売が成り立たん!」
と、沼地の商人。
「必要が無い商売をしろと言われて頷けるか!
今まで散々暴利で稼いできたんだ! もう十分だろう!」
と、交渉役。
どうやら沼地の商人が何か必要のない品を押し付けているようで……あ、そっか、俺が砂糖とかを作ったから買う必要がなくなったのか。
しかしこんな所にまで来てくれた商人にそれは少し酷だよなぁと、そんなことを考えていると遠巻きに様子を見守っていたらしいアーリヒがこちらへとやってくる。
「……必要ないとは言え、ここまで持ってきた品を買わないとかは、少し可哀想なんじゃないかな?」
そんなアーリヒに小声でそう言うと、アーリヒは小首を傾げてから言葉を返してくる。
「いえ、用意された商品は全て買いましたよ、あのソリに乗っているのはこちらが用意した毛皮や琥珀です。
彼らが不満がっているのはその後に交渉役が、もうここには来なくて良いと伝えたからですね」
「ん? そうなの? 俺はてっきり買うこと自体拒否したのだとばかり……。
商売相手が減るのは痛手だろうけど……交渉役が言っている通り今までの儲けで満足したら良いのになぁ」
「商売だけの話ではありませんからね……。
ここまで来てもらう対価として南の森の伐採を認めていましたがそれも無し、ヴァークの勇者達との仲介をしていましたがそれも無し。
この辺りの上質な木材と毛皮と琥珀が手に入らなくなる上に、勇者達との交渉も不可能となると痛手どころでは済まないのでしょうね」
いくら精霊の力で色々な品が手に入るとは言え、いきなり商業ルートを潰すというのは、いささか強引で無謀にも思えるが、沼地の人々は魔力を使う生活をしていて、元々相容れない存在……世界のためにも決断する時が来たのだろう。
「なるほど……えぇっと、ヴァークっていうと……海の人達、だっけ?」
と、そう言って俺が首を傾げるとアーリヒがヴァークについての簡単な説明をしてくれる。
海での漁を生業とし、海に棲まう魔獣を狩り、海の秩序を守る勇者達。
荒波に支配された過酷な海を往く勇者達はとても屈強で恐れ知らずで……そしてとても頑固であるらしい。
頑固がゆえに彼らは魔力に依存する沼地の人々のことを敵視していて……その敵視っぷりは見かけるなり全力で殺しに来る程なんだとか。
逆に魔力と距離を置くシャミ・ノーマ族にはとても友好的で……今まではシャミ・ノーマ族の顔を立てて……シャミ・ノーマ族の生活に必要だからと沼地の人達への殺意を抑えてくれていたらしい。
シャミ・ノーマ族の仲介で沼地の人々と商売をすることもあり、海の向こう……知られざる大陸の品を持ってきてくれることもあったとかで……そんなヴァークとの仲介が無くなるというのは、沼地の人々にとってはかなりの脅威なのだろう。
「前の夏にやってきた勇者達は今年は豊漁だったから子供をたくさん作ったと、そんなことを言っていました。
つまりこれからヴァークの勇者達の人口が増えるはずで……増えた人口を養うため、乱暴な手に出てくるかもしれませんね……」
と、そう言って暗い顔をするアーリヒ。
気持ち的にも立場的にもヴァークに友好的だけども、だからと言って沼地の人々の被害を歓迎する訳ではないと、そんな所なのだろう。
その気持ちはよく分かるけども、だからと言って沼地の人々に譲歩するのも何か違う気がするし……ヴァークとの交渉は沼地の人々が自分達でなんとかすべき問題だろうしなぁ……。
便利な魔力に頼るが、その弊害は一切受け入れられないってのもなんだかなぁと思ってしまう。
……まぁ、ここで俺達が出ていっても変にこじれるだけだろうし、あとのことは交渉役に任せるべきかな……と、そう判断した俺達は、その場を離れて食堂コタへと足を向けるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はアナグマ肉やら何やらです。






