クズリ魔獣
再装填しようとポケットに手を突っ込んでいると、クズリ魔獣が予想を超えた速度でこちらに突っ込んでくる。
短い足でガシガシと雪を蹴って、あっという間に目の前までやってきて口を大きく開けて牙を剥き―――俺は大慌てで地面を蹴って右に避けようとする。
すると予想していた以上の力が出て、クズリ魔獣以上の速さで飛び退くことができ……巻き上がった雪に突っ込んだクズリ魔獣は、俺という獲物が突然消えたことに驚き、周囲を見回し―――
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
と、そこにユーラの声が響き渡る。
その声はまさかの上から聞こえてきていて、一体何がどうなってと視線を上げると槍を構えながら落下してくるユーラの姿が視界に入り込み……落下の勢いのままに構えた槍をクズリ魔獣の背中に突き立てる。
レベルアップした力で大きく跳んだのか、どこかの木に登ってそこから飛び降りてきたのか……どちらにせよその威力は凄まじく、クズリ魔獣の毛皮どころか体までを貫通し、クズリ魔獣の体が串刺しとなり、槍の穂先が地面へと突き刺さる。
「ヴィトー! こいつ熊よりやべぇかもしれねぇぞ!!」
そう言ってユーラは焦った様子で槍を引き抜こうとしていて……既に魔獣は絶命しているのに何をそんな焦っているのか? と首を傾げながら弾を再装填した俺は、周囲で蠢く気配に気付く。
どうやら他にも魔獣がいるらしい……おそらくクズリ魔獣が。
あんな速さと硬さで来られると、二連発のこの銃では難しい相手だが……ユーラもいることだし、工夫をしたならなんとかなるだろうと中折状態だった銃をしっかりと戻し、構えを取る。
毛皮は貫通できない、だけども衝撃はあるはず……そして毛皮に覆われていない部分を狙うという手もあるはずで……と、そんなことを考えていると荒い息遣いが聞こえてきて、先程聞いた魔獣独特の嫌な響きの声も聞こえてきて……そしてどうにか槍を引き抜いたユーラが鋭い声を上げる。
「ヴィトー! 数が多い! お前にも何体か任せるぞ!」
それが開戦の合図となって岩陰や雪の下から魔獣が飛び出してきて……ユーラはどっしりと構えてその場での迎撃体勢を取り、俺はさっと駆け出しながら銃口を魔獣へ向ける。
雪の中を駆けて、駆けながら周囲にどれくらいの魔獣がいるのかを把握し……恐らく6体、うち2体がこちらを追いかけてきているようだ。
2体のうちの1体はもう少しで俺に追いつくというところまで来ていて……大口を開けてこちらに噛みつこうとしたのを受けて、それに合わせて銃口を向けて引き金を引く。
口の中は効くだろう、そう考えての二連射は思惑通りの効果を上げてくれたらしく、こちらに突っ込んでくる魔獣の口から大量の血が吹き上がる。
これで倒せたかは分からないが、少なくともしばらくは攻撃の手が緩むはずで、横に転げてその魔獣のことを避けたなら、我ながら器用な体捌きでもって起き上がり膝立ちとなって周囲の確認をする。
もう1体は目を見開き、驚きながらもこちらに向かっている。
周囲には雪が舞っていてはっきりとは見えないがユーラは健在のようだ。
4体の魔物相手でも問題なく戦えている様子で、こちらを片付け加勢したなら状況は一気に好転するはずだ。
そう考えて再装填のために銃を中折状態にしようとする―――が、迫る魔獣がそれを許してくれない。
仲間がやられて危機感を持ったのか必死になっているのか、凄まじい形相でこちらに襲いかかってきて……俺は立ち上がり駆け出し、ユーラから離れすぎないよう気を付けながら、どうにか距離を取ろうとする。
『再装填、手伝おうか?』
そんな俺に、いつのまにか肩にしがみついていたシェフィが声をかけてくる。
「……この程度の相手に甘えてられないだろ!」
俺がそう返すとシェフィは『あははっ』と嬉しそうに笑い、それ以上は何も言ってこない。
……魔王のようなデタラメな相手ならまだしも、こんな雑魚で頼っていたら話にならないだろう。
これからこの銃と一緒に多くの魔獣や魔王のような化け物と戦っていく訳だしなぁ。
とは言え再装填出来ないままだと、それはそれで話にならないよなぁ……と、そんなことを駆けながら考えていると、あるアイデアが思い浮かび、直後それを実行する。
「おらぁぁぁぁ!」
それは蹴りだった、こちらへと駆けてきているクズリ魔獣の……頭は怖いので少し右に避けての肩辺りへの蹴り。
俺だって身体能力が上がっているのだから、それなりの威力となってくれるはずと考えて放ったそれは、クズリ魔獣の体勢を崩して転げさせ……クズリ魔獣を強く蹴るついでにその場から飛び退いた俺は、すぐさま銃を中折状態にし、再装填作業を開始する。
失敗しないよう丁寧に着実に……身体能力がいくら上がっても、いくら強く速く動けるようになっても、こういう作業では役に立たない……脳みそもレベルアップしないものかなぁ、なんてことを考えながらどうにか再装填作業を終わらせる。
そうして銃を構えるとまたも魔獣が突っ込んできて、飛び退いてそれを避け……避けられることを読んでいたのかすぐさま魔獣が地面を蹴っての追撃を仕掛けてきて、それも同じように避けていく。
身体能力が上がっても銃の威力には関係ないと思っていたけども、こんな動きが出来るのなら……銃の弱点である接近戦を補えるのなら悪くないのかもしれない。
いっそ再装填や発射後の隙を補うための武器、大きめのナイフなんかを用意しても良いかもしれないと考えて、そう言えば銃剣なんてものもあったなと思い至る。
戦闘中に考えることではないかもしれないが、銃口の先に銃剣があればこういった突っ込んでくる敵相手にはかなり有効そうで……猟銃に銃剣とかあまり聞かない話だけども、ちょっと加工したなら出来ることではあるだろう。
それからは銃剣があるつもりで、あったらどう動くか、どう迎撃するかなんてことを考えながら動き回り、クズリ魔獣をちょっとした実験体にしてしまう。
このタイミングで突けば、このタイミングで刺せば……毛皮が硬くてもカウンター気味にしたらいけるんじゃないか、目や鼻を狙う手もあるんじゃないか。
あれこれ考えながらクズリ魔獣の必死な猛撃を避けていき……その間に再装填作業も済ませてしまう。
「……結構余裕があるもんだな」
『経験積んで余裕が出てきたんじゃない?』
そしシェフィとそんな会話をしてから銃口をクズリ魔獣へと向けて……口が開かれたタイミングで引き金を引く。
先程のように血を吹き出し倒れるクズリ魔獣、再装填を済ませてから生きているのかを確認し……死んでいるようなのでもう1体の方も念のための確認をする。
こちらも死んでいる……ならばと俺は激しい戦闘音が聞こえている方へと、ユーラの方へと視線を向けて加勢をすべくそちらへと駆け出すのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はこの続き、その後のあれこれです。






