サウナに行こう
「ヴィトー、疲れは残ってないようですね……顔色も良いようで何よりです」
笑みを浮かべたアーリヒが、何故だか目を鋭くしながらそんな言葉をかけてきて……俺は首を傾げながら言葉を返す。
「えぇ、はい……疲れた分だけぐっすり眠れて、特に問題はないです」
「そうですか……本当は今日も朝食を用意してあげたかったのですけど、昨日のことで忙しくて……明日以降はきっとなんとかなりますよ」
何故だかその声は弾んでいて、笑みに力がこもっていて、一体何を言わんとしているのだろうと傾げていた首をさらに大きく傾げていると、アーリヒはため息を吐き出し、笑みをすっと収めてから言葉を続けてくる。
「……ところでユーラとサープはどうしたんですか?」
それを受けて俺は、傾げていた首を戻し昨日化け物と出会った方向を見やりながら言葉を返す。
「ユーラは例の化け物の死体が浮かんできていないかの確認と、化け物と出会った南東部と村の中間辺りに鳴子とかの罠を仕掛けに行っています。
サープは狩りを教えてくれた先生と一緒に、化け物と戦った一帯の調査をしに行っていて……特に問題が無いようならユーラと合流して、倒したままになっているはずのいつもの熊型魔獣の死体を回収してくるそうです」
「……二人とも疲れているでしょうに、もう動いているのですか……。
それでヴィトーは何をしていたんですか?」
「ユーラには力が足りないから、サープには気配を殺せないから村で大人しくしていろって言われちゃいまして……。
二人の足を引っ張りたくもないですし、ここで今後のこととかポイントの使い道とかについてを考えていました」
『それと結婚のこともね!』
割り込む形でシェフィがそう声を上げてきて、俺は余計なことを言ってくれるなと顔をしかめ……シェフィの言葉を無視する形で言葉を続ける。
「昨日魔獣を狩ってそれから大物と出会って、大物との戦いの中でかなりのポイントを使いましたが、それでも魔獣達を狩ったことによる獲得ポイントの方が大きいそうで、結構なポイントが残っているんですよ。
……その残っているポイントを上手く使うことでどうにか化け物級の魔獣を倒せる手段を作り出せないかなーと、そんなことを考えていたんですが……中々難しいですね」
俺がそう言葉を続ける中アーリヒは、どこか驚いた様子でシェフィを凝視していて……俺の言葉が終わると、ハッと我に返り、それから少し慌てた様子で言葉を返してくる。
「そ、そうですか……精霊の工房の使い道を考えていたのですか……。
……そ、そう言えばカンポウヤクを使わせてもらったミリィですが、カンポウヤクがよく効いているのか順調に回復していて、効きが良すぎたのか本人は外で遊びたいと、そんなことを言っているみたいです。
薬を飲ませる前は具合が悪そうだったのですが、まさかここまで効いてくれるとは……あの様子なら明日か明後日には元気に外を駆け回っていることでしょう」
「ああ、それは良かったです……症状が良くなっても原因が体内に残っていることもあって、変に体力を消耗してしまうとぶり返すこともあるので、数日は無理矢理にでも休ませてあげてください。
あとで追加の漢方薬も渡しておきますので、もしぶり返しの兆候が出たら飲ませてあげてください」
「え、えぇ、分かりました……。
あー……その、えぇっと……ですね、ヴィトーは昨夜サウナに入らなかったそうですね?
……なら、その、サウナはどうですか?」
それはなんだか突然の言葉だった、子供の病気の話から何故いきなりサウナの話に? と、首を傾げたくなるくらいに突然だった。
確かに昨夜は沸かしたお湯でタオルを濡らし、それでもって汚れを落としただけでサウナに入ってはいない。疲労困憊すぎて村に帰って報告するのが精一杯だったし、そこまで疲れている状態でサウナに入るのは危険だったからで……汚れを落としたら服を着替えてそのまま寝床でぐっすりだった。
マナーというか慣習というか、穢れを落とすという意味で狩りの後のサウナは欠かしてはいけないものであり、確かにサウナには入っておいたほうが良いかもしれないなぁ。
今日は忙しくなるだろうと思ってグラディス達は恵獣の世話をしている一家に預けてあるし……ゆっくりサウナに入ってみるのも良いかもしれない。
サウナで瞑想をしているうちに何か良いアイデアが思い浮かぶかもしれないしなぁ。
「そうですね、サウナでさっぱりするとしますよ。
まだ昼にもなってないですけど、サウナの火入れって言うか、準備は……終わってそうですね」
俺がそう返すと、目の前にふわりと降りてきたシェフィが、何故だか目を細め始める。
細めて鋭くさせて、それから輝かせてニヤついて、一体全体どういうつもりなのか小躍りまで披露し始める。
「え、えぇ、もちろん! 準備は万端です! あとはヴィトー次第ですから!
そういうことなら……準備が出来たら、そのままサウナに入っちゃってください」
そんなシェフィに反応することなくアーリヒはそう言って、何故かアーリヒまでが目を輝かせて……なんとも彼女らしくないはしゃいだ様子で自分のコタへと駆けていく。
なんだって俺がサウナに入るという話でアーリヒがはしゃぐのかは分からないが……まぁ、まだまだ狩りに不慣れな俺を労ってのことなんだろう。
同じくよく分からない理由でニヤついているシェフィに関しては……うん、下手に触ると面倒なことになりそうなので放っておくことにしよう。
なんてことを考えながら自分のコタに戻り、しっかり水分補給をした上で着替えなどを用意し……ついでにちょっとした思いつきで、シェフィに頼んで工房でレモンフレーバーの水を作ってもらう。
これをサウナ石にかけてのロウリュをしたらさぞ良い香りがするはずで……どういう訳だかシェフィもノリノリで作ってくれて、
『ヴィトーにしては気が利いてるね! 良い香りになるよう調整しとくよ! 今回はポイントも大サービス! 10ポイントで良いよ!』
なんてよく分からないテンションでのコメントまで頂いてしまった。
そんなこんなで着替えとタオルとレモン水入りの小瓶を抱えてサウナに向かい……しっかりと体を洗って綺麗にしていく。
『ヴィトー、ボクは今日は入らないから! ドラーと雑談でもしながらここでのんびりして待ってるから! ゆっくり楽しんでおいで!』
すると珍しいことにシェフィがそんなことを言ってきて、俺はまさかシェフィが……サウナ大好きの精霊様がそんなことを言うなんて、と驚きながら首を大きく傾げる。
なんだかさっきからシェフィの様子がおかしいというか、何か企んでいるというか……今までに見たことのないような表情をしていて妙に気になってしまう。
「……シェフィ、今日はどうしたんだ? なんか様子が変だぞ?」
そんなシェフィの様子にとうとう黙っていられなくなった俺がそう言うと、シェフィは小さなその手で、小さな口を隠し……クスクスと笑いながら『秘密』とだけ言ってくる。
それ以降何も言わず、何を聞いても答えず……よく分からないままだが、無理強いも出来ないし仕方ないかとため息を吐き出し……気持ちを切り替えてサウナを楽しもうと小瓶を片手にサウナ室へと向かう。
たまには一人サウナも良いもんだと、そんなことを考えながら体を洗い、それからサウナ室に入ると、まさかのまさかアーリヒがサウナ室の中で待っていて……一糸纏わぬ姿でこちらを見ているアーリヒの視線を受けて俺は、しばらくそのまま入り口で硬直してしまうのだった。
お読みいただきありがとうございました。






