戦いが終わって
「はぁ~~~……なんだよあれ、魔獣の親玉、とか?」
なんてことを言いながらグラディスの背中から降りていると、グラディスがよくやったと言わんばかりの目を向けてきて鼻をグイグイと頬に押し付けてくる。
「助けてくれてありがとう」
そんなグラディスを労るため、背中や首を丁寧に撫で回しながらそう声をかけると、グラディスは嬉しそうに目を細める。
しばらくそうしていると俺の頭に張り付いていたらしいシェフィもそれに参加し……そこにユーラとサープが疲労困憊ってな様子のふらふらとした足取りでやってきて、それぞれに声を返してくる。
「親玉で、魔獣共に指示を出していて、それであそこに三体固まってたってところか?
見た目も動きも尋常じゃねぇし、よくもまぁあんな化け物倒せたよなぁ」
「……もう、もう二度とあんなの相手にするのは勘弁ッスよ」
そう言って二人は近くの木に背中を預けてぐったりとし……そこにソリを引くグスタフがやってきて、二人は助かったとばかりにソリへと駆け寄ってソリの中に倒れ込んで、そのまま死んだかのように体を休め始める。
雪の上で寝ても良いが、体温で雪が溶けて濡れると厄介で……ソリの中の方が安心して休めるようだ。
「ところでよ、ヴィトーの使ったあの弾、ありゃぁ毒なのか? なんかそんな声上げてたよな?」
「あんな化け物に普通の毒が効くとは思えねぇッスけど、どんな毒使ったんスか?」
体を休めて余裕が出たのか二人がそんな声を上げてきて、俺は頷き言葉を返す。
「あー……撃ち込んだ毒は二種類、ヤドクガエルっていうカエルの毒と、ボツリヌス菌っていうやつの毒で……精霊の工房で作ったものだから、塩みたいに精製して純度が上がったもの、と考えて良いのかな、多分。
精製して毒だけにしているからかなりの毒性になっているはずで……人間とか普通の熊だったら普通にというか、一瞬で死んでいただろうね。
ヤドクガエルっていうのは矢の毒のカエルって意味で、その名の通り矢に塗って狩りに使っていたもので、ボツリヌス毒の方は自然界の毒としては最強として名高いものなんだけど……あんな風に撃ち込んで本当に効果があったのかは、正直分からないかな。
とにかく必死だったし、思いついたものをそのまま撃ち込んだって感じで……扱いの気をつけないといけない程の危険な毒だから、積極的に使いたくはないかな……っと、そうだ、銃の掃除をしとかないと」
なんてことを言っていると、グラディスの首に張り付いて撫で回していたシェフィが、『掃除と整備してあげるから、工房に預けると良いよ』と、そう言ってくれる。
それを受けて俺が銃を差し出すと、シェフィはあのモヤを出し、銃をモヤの中へと持っていく。
それからモヤの中からガチャゴトと音が聞こえてきて……モヤの向こうは一体どうなっているんだろうなぁとそんな疑問が浮かんでくるが、モヤの中を見通すことが出来ず……疑問を振り払うために三人同時に頭を振って……話を仕切り直そうとユーラが声を上げる。
「撃ち込んだのが危険な毒ってのはよく分かった。
その上で冷水ん中に落ちたとなりゃぁまず死んでるだろう、死体は回収できねぇが……まぁー……倒せただけ幸運だと思わねぇとな。
あんな化け物、普通にやりあったんじゃぁ村の総力を挙げたって倒せねぇぞ」
それを受けてサープは顎を撫でながら考え込み……それから声を上げる。
「いやほんと、倒せて幸運だったッスけど……あんな化け物と出会ってしまった以上、同じような魔獣がもう一頭いるかもしれない、あれよりやばい魔獣がいるかもしれないっていう可能性にも目を向けないとッスね。
普通にやり合うのはまず無理だから……罠とか、村に近付けないようにするとか、そういうことをする必要があるかもッス、たとえばこんな感じに―――」
と、そう言ってサープは倒れ伏した状態のまま、雪を指で撫でて絵図を描き始める。
どんな絵図を描いているのかと近付いて確認してみると、この辺りの地図のようなものに、様々な罠の絵を描き込んでいて……サープなりの警戒網を描こうとしているらしい。
警戒網を敷いた上でトドメを刺す為の罠群も作って、そこに追い込むなり誘導なりするという構想らしい。
「鳴子なんかの罠を仕掛け定期的に巡回をして、可能な限りの警戒をしながら、武器を増やすなり倒す算段を整えて……まぁ、村の皆の意見と協力があればなんとかなるはずッスよ」
結論自体は村に帰って皆に相談してからになるだろうけど……悪くない考えだと思うし、皆も賛成してくれることだろう。
あんな化け物がいるなんてことを知らせて不安にさせたくはないけども、それでもあれは俺達だけでどうにか出来る相手ではなさそうだ。
皆がどういう反応を見せてくるのか不安に思いつつも、他に選択肢は無いだろうとなって俺達は、シェフィの整備が終わるのを待ってから、疲れ切った体をどうにか起こして……これ以上魔獣と遭遇したりしないよう、最大限の警戒をしながら村へと帰還するのだった。
とんでもない化け物魔獣と出くわし、なんとか討伐出来たが死体は回収出来なかった。
そんな俺達の報告を受けてのアーリヒや村の皆の反応は……意外というかなんというか、とても前向きなものとなっていた。
そもそもシャミ・ノーマ族は魔族と戦うため……世界を汚染から守るために今日まで戦い続けてきた一族であり、そういった化け物とやり合う覚悟はとうに出来ている、とのことだ。
魔獣との戦いが嫌ならば他の地域に移動するということも出来る、実際にそうやって移住していく人達もいるそうで……そうせずにこの地に残り続け、俺達よりもうんと長く戦い続けてきた大人達にとって魔獣狩りは日常でいつもの光景で、彼らは俺達が思っていたよりも誇り高き狩人であり、戦士であるということのようだ。
むしろ大人達は、
「そんな化け物を倒すとはやるじゃねぇか、おい!」
「毒矢って手もあるとは驚いたな! ここらにはそこまでの毒はないからなぁ」
「事前にそんなとんでもない存在を知れたっていうのは大きい! 早速その巨体向きの罠を作ってやろうじゃねぇか、なぁ!」
と、そんな反応を示していて、俺達に負けていられないと武器作りに罠作り、どうやって倒すかという作戦会議などを行っていくそうで……不安に思うこともなく怯えることもなく、むしろ村はいつになく活気づくことになった。
「まるで祭りの前みたいだなぁ……」
明けて翌日、よく晴れた青空の下の広場で、シェフィを頭に乗せながらそんなことを言うと、シェフィがふわりと降りてきて言葉を返してくる。
『実際お祭りみたいなものでしょ、化け物魔獣を倒せばたくさんのお肉とポイントが手に入って、このあたりの浄化もうんと進むんだから良いことだらけだよ』
「いやまぁ、確かに追加であれみたいな化け物を倒せればそうなんだろうけどさぁ、そんな簡単に行く話じゃないと思うんだけど……。
……いや、逆に難しい方が挑み甲斐があるって感じなのかな?
……うぅん、これが生粋の狩人の村ってことなんだろうなぁ」
『それだけじゃなくてほら、大人達が怖がってたら子供達まで怯えちゃうし……大人達がああやって笑いながら大丈夫だって言ってくれていればこそ、子供達も笑顔で今日を過ごせるんだよ』
「ああ、そうか……そういう面もあったか。
……まぁ、うん、当分はそこらにいる普通の魔獣を狩りながらああいう化け物に備えることが目標になる感じかな。
こっちでは受験も就職もないからなぁ……こういう目標があるっていうのは大事だよね」
『もー、ヴィトーったらもっともっと大事な目標を忘れてる! 確かにこっちには試験とかはないけど、それよりも大変な結婚っていうのがあるんだからね!
こっちでの結婚は向こうより大変なこともあるんだからー……今から色々考えて準備しておかないと駄目だよ!!』
「いや……まだ15歳だろ? 今はこの生活に慣れることを優先したいし、結婚とかは後々でも……」
『ダメダメダメ~、未だに結婚話をまとめていないユーラとサープがおかしいんであって、15となったらそろそろ考える頃合いだよ~。
ユーラはモテなさ過ぎて、サープはモテ過ぎてまだなだけでー、ヴィトーもそろそろ準備しておかないと~』
なんだろうこの、父親にウザ絡みされている感は……。
まぁ、実際シェフィは今の俺の親みたいなもので、親として心配してくれているのかもしれないけども……。
……なんてことを考えていると、背後に妙な気配がある。
獣ではないしグラディス達でもない、人間なんだけども妙な気配がするというか、殺気のようなものを感じるというか……熱量のようなものを感じるというか。
一体何ごとだとバッと勢いよく背後へと振り返ると、そこには何故か柔らかな微笑みを浮かべたアーリヒがいて……俺が振り返ったことを受けてかアーリヒはにっこりとした笑みをこちらに向けてくるのだった。
お読みいただきありがとうございました。






