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転生先は北の辺境でしたが精霊のおかげでけっこう快適です ~楽園目指して狩猟、開拓ときどきサウナ♨~  作者: ふーろう/風楼
第一章 スロー・スノー・サウナ・ライフ

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激闘

 サープが持っていた火酒……蒸留酒で血まみれとなったユーラの頭を洗って消毒し、薬草をナイフの柄ですりおろしてから額に塗りたくり、それから包帯でぐるぐる巻きにして……そうこうしているうちにユーラの額から流れ出ていた血は綺麗に止まっていた。


「このくらいの怪我で大げさなんだよなぁ」


 なんてことをユーラは言っているが、額が裂けて大量出血して、明らかに縫わなきゃいけないような怪我を『このくらい』で済まされてはたまったものじゃない!


 ……と、そんなことを言ってやりたくなるが、狩りで一番情けない様子を見せてしまった俺が、一番勇敢に戦ったユーラにあれこれ言うのは間違っているように思えてぐっと言葉を飲み込み、静かに道具を片付け……片付け終えた瞬間、俺の視界にそれが入り込み、俺は声を上げることも出来ず硬直する。


 それは今しがた倒したばかりの熊型魔獣によく似ていた。


 熊型魔獣の体を二倍以上に大きくして、ドス黒い体毛をまるで波のようにうねらせ、両腕を筋肉の塊かのように膨張させて、口を必要以上に裂けさせたら完成するような姿をしていて……一言で言うならおぞましかった。


 なんだあの腕、薬とかで不自然な筋肉をつけてもああはならないぞ、そもそもなんだって体毛一本一本に意志があるかのようにうねっているんだ、うねる必要は何なんだ、どういう理由であんなことをしているんだ。


 いくつもの疑問が一瞬のうちに頭を駆け抜け、疑問が抜けていったかと思ったら今度は恐怖が溢れ出し、ユーラもサープも同じような状況なのか何も言えず何も出来ず、硬直したままになってしまっている。


 そもそもユーラとサープが居るのになんでこいつに気付けなかったんだ、なんでこんな近くに来るまで気配を感じなかったんだ、シェフィだって何も言っていなかったし……一体こいつは何者なんだ。


 見た目だけでなく雰囲気というか身にまとっているオーラのような何かも、ただただ怖く悍ましく、あまりの恐怖で声も出ないし息も出来ないし……銃を構えることなんて夢のまた夢だ。


『ヴィトー! 工房に願って! 緊急時にはボクの仲間も手伝ってくれるから!』


 そんな風に恐怖の中でグルグルと思考の渦に飲まれてしまっていた俺を正気に戻したのはシェフィのその一言だった、瞬間冷静になることが出来て、


「シェ、シェフィ! ヤドクガエルの毒つき弾薬を二つ!!」


 との声を張り上げることに成功する。


 声は震えているが喋ることが出来た、立ち上がって銃を折ることも出来た、そんな俺の動きを受けてユーラとサープも両足を震わせながら立ち上がり……そして俺の頭の上から降りてきたシェフィが、


『これはサービスだよ!』


 と、そう言いながらいつの間にか工房で作り出したらしい……もしかしたら精霊の世界にいるというシェフィの仲間が作ってくれたものかもしれない、いかにも毒の弾薬ですってな紫色に染まったそれを銃に込めてくれる。


 そう言えばヤドクガエルの毒は触れるだけでも危ないんだったか? 手袋をしているとは言え染み込んでくる可能性もありそうだし、シェフィのサービスには深く感謝しなきゃいけないな……!


 銃も後で綺麗に拭くというか、ポイントを使ってでも掃除する必要があるなと、そんな無駄な事を考えながら中折状態の銃をもとに戻し、目の前の魔獣に向けて構えて……そして躊躇せずに、そんなものが効くものかと余裕の表情を見せているそれに即発砲する。


 間髪入れずの二連射、どちらも魔獣の腹にぶち当たり、しっかりと蠢く毛皮を貫通出来たようで血が吹き出し……だけども魔獣は蚊に刺された程度としか思っていないのか、余裕の表情のまま大きく口を開けてのあくびを披露してくる。


「おぉぉぉぉぉぉ!!」

「あああぁぁぁぁぁ!!」


 直後ユーラとサープが雄叫びを上げる、魔獣の態度に怒ったとかではなく、そうやって声を上げることでどうにかこうにか自分を奮い立たせているようだ。


 そしてサープは手にしていた槍を投げつけ、ユーラはナイフを引き抜いて構え……槍をさっと手で払った魔獣は、まるで人間のように……映画の悪役が主人公にトドメを刺そうとする時のように嫌な笑みを浮かべながらこちらにゆっくりと近付いてくる。


 どうやらヤドクガエルの毒は効かなかったようだ、殺せないにしても少しくらいは苦しめてくれると思ったのだが……どうする、次の毒を試すべきか、いや、そんなことをする暇に何発も何発も撃ち込むべきでは?


 ああ、でも今ポケットには何発の弾薬が残っていたっけ? 俺はさっき何発使ったんだっけ?


 あれこれ考えて考えて混乱して……ユーラとサープがこちらを見て何か意を決したような表情をして、小声で俺に逃げろと、そんなことを言ってきてから魔獣の方へと突撃しようとして……ふざけんなよと、そんな声を上げて二人を止めようとした時、魔獣の横っ腹に突然現れた角がぶち当たる。


「グラディス!?」


 それはグラディスの角だった、グスタフとソリと一緒に避難していたはずのグラディスが、何故か単独ここへとやってきて魔獣への突撃をかましたようで……ダメージはないものの不意打ちを決められたことに怒ったらしい魔獣が、グラディスに向けて腕を振り上げ振り下ろし、グラディスはその四本脚で地面を蹴り飛ぶ見事なステップで左右に動いてそれを回避してみせる。


『グガァァァァ!』


 攻撃されたことが腹立たしいのか、攻撃が外れたことが悔しいのか、魔獣がそんな声を上げ……その爪が雪とその下にある地面を深々とえぐり取る。


 そして土混じりの雪が周囲に舞い飛び、それを見た瞬間、頭の中にある考えが浮かんでくる。


「ボツリヌス……!」


 土やハチミツ……黒糖の中にまでいるらしいボツリヌス菌、それが作り出す毒は確か自然毒最強の毒とまで呼ばれる猛毒だったはず、それであればきっとダメージになるはず。


 その毒は度々事故を引き起こしていて……赤ん坊がハチミツや黒糖を食べて大惨事、なんてこともあったらしい。


 赤ん坊だけでなく大人でも食中毒事故が起きる場合があるとかで……そんなことを思い出しながら銃を折ると、シェフィが薬莢を回収してくれると同時に、これまたいつの間にか持っていた、より色濃くなった紫色の弾薬……俺の言葉を受けて作ったらしいボツリヌス毒を塗ってあるらしい弾薬を装填もしてくれる。


 それを見て俺は頷くことで感謝の意を示し、銃を戻して狙いをつけて……と、そんな手順を間に合ってくれと願いながら進めていると、サープが酒に入っていた瓶を魔獣に投げつけて奇声を上げ始め、ユーラは近くに転がっていた死体の方へと跳躍して魔獣の仲間の死体を両足で踏みつけ、それから何度も何度も跳ねて魔獣の死体を踏みにじるというか愚弄するというか、とにかくそうすることで巨大魔獣の気を引こうとしてくれる。


『ガァァァァア! ガァァァァァァァァァ!!』


 そしてそれはどうやら上手くいってくれたようだ、グラディスよりもユーラが許せないと咆哮を上げた魔獣が驚く程の速さで駆け出して……それに狙いをつけた俺はとにかく当たってくれさえしたらそれで良いと引き金を引く。


 狙いは頭、高い位置にある巨大な魔獣の頭を狙えば射線にグラディスや二人が入る可能性は低くなるはずと、そんな考えで二連射をし……運良く命中、血が吹き上がる。


 ……ボツリヌスの毒は効いてくれるのだろうか、そもそもこんな方法で撃ち込んだとして毒がちゃんと効果するものなのだろうか?


 経口摂取しなきゃ駄目とか血管注射しなきゃ駄目とかあるんだろうか……? ああでも確か、ボトックスとか言って美容用に皮膚とかに入れただけでも毒が強すぎて被害が出たなんて話があったはず……?


 なんてことを考えて、考えながら次の一手、何か他の毒を撃ち込むべきかと考えて、考えているうちに魔獣が俺達の目の前までやってきてしまう。


 弾丸が命中しようが血が吹き上がろうがお構いまし、まっすぐに駆けて大きく腕を振り上げて、そしてまずユーラを叩き潰そうとして……そして突然バランスを崩してズドンと雪の中に転げる。


 ヤドクガエルの毒が今更効いたのか、それともボツリヌス毒が効いたのか……とにかく魔獣はひどくふらつき酔っ払ったような有様となっていて……それを見た瞬間、考えるよりも早く俺の口から大声が張り上がる。


「シェフィ! 武器を!」


 どんな武器を何のために、具体的なことを何も言っていないそんな言葉でもシェフィは俺の言わんとしていることを理解してくれて、すぐに工房で作るのではなく、白いモヤの中から二つの武器を引っ張り出してくれる。


 独特の模様が刻まれた木の柄に鋭い穂先の、ユーラとサープの体格に合った大きさのものを2本、白いモヤから取り出してくれて……そしてこれもサービスだと言わんばかりにユーラとサープの手元まで飛ばしてくれる。


 それを二人は無言でつかみ取り、掴み取るなり構えて大きく息を吸って……そうしてふらつく魔獣へと突き立てる。


 突き立てて突き立てて、グラディスもそれに参加して角を突き立てて……その間に、普通の弾を作ってもらい装填してもらい、しっかりと構えて……そんな俺に気付いたのか、ユーラとサープとグラディスが魔獣から距離を取る。


 それを受けて即二連射、皆の攻撃を受けて両腕を地面に突き伏している魔獣へ弾丸を叩き込む。


「やったか!?」


 そう声を上げたのはユーラ、サープは無言のまま顔中にしたたる汗を拭っていて……俺はシェフィに弾を更に作ってくれと声をかけ……グラディスは俺の側へと駆け寄ってくる。


 魔獣は倒れたままピクリともしない、呼吸もしていないように見える、倒しきれたように思える。


 突然現れて暴れ始めて、何がなんだか分からないままだったが、とにかく倒せて良かったと安堵のため息を吐き出した……その時、魔獣の両腕が地面を叩き、雪を舞い上がらせ、舞い上がる雪の中凄まじい勢いで魔獣が立ち上がって、そうかと思えば駆け出しての両腕を振り回しての攻撃を繰り出してくる。


 まずユーラを狙い、突然のことに驚きながらもユーラは手にしていた槍でどうにか魔獣の攻撃を受けることで防ぎ……その衝撃で後方へと吹き飛ばされてしまう。


 次にサープが狙われ、サープはユーラが無理だったのだからと受けることを諦め、槍も何もかも捨てて全力ダッシュでの逃走をし……それを受けてか魔獣は狙いを変えて俺達の方へと向かって駆け出してくる。


 それは凄まじい速度と圧力で……恐怖からなのか生存本能からなのか、周囲の時間の流れが驚く程にスローになる中、俺とシェフィは行動を開始する。


 俺は銃を折りながらシェフィを見て弾をくれと視線で訴え、シェフィはすぐにそれを察し装填作業をしてくれて……装填が終わった銃を折れた状態から元に戻し構えていると俺の隣でグラディスが前足を折って極端な前かがみ姿勢となる。


 なんで今そんなことを!? 逃げてくれよ!? 危ないだろう!?


 そう声を上げそうになった俺はすぐにグラディスの意図に気付いて、グラディスの背中にまたがって体重を預ける。


 するとグラディスは立ち上がって駆け出して……俺が背中にいるとは思えないパワーで雪の中を駆け進み、魔獣から距離を取る。


 激しい振動だ、股間が猛烈に痛い、振り落とされそうで銃をしっかり持ちながらグラディスの角というか顔というか頭にしがみついていると、ある程度距離を取った所でグラディスが動きを止めてくれて……頭をブルブルと震わせ俺のことを振り払いながら視線をこちらに向けてきて、さっさと攻撃しろとあれを撃てと、目の輝きでもって伝えてくる。


 それを受けて俺は駆ける魔獣へと銃を構えて……外しても大丈夫、その時はグラディスがすぐに逃げてくれるさと、そんな事を考えて心を落ち着かせながら……そっと静かに、力まずに引き金を引く。


 音と衝撃があって、ボロボロとなったなんで生きているかも分からない魔獣の顔から血が吹き出し……よろけた魔獣が横にゆっくりと倒れていって……地面に倒れたかと思った瞬間、地面に飲み込まれたかのように地面の中へと沈んでいく。


 同時に響く何かが割れる音と水音、どうやら魔獣は氷が張った水の上に……湖か何かに向かって倒れてしまったようだ。


 地面ではなく水の中へ……サウナで体を温めていなければまず耐えられない冷水の中へと沈んでいき……毒と負傷と冷水とで確実に死んだだろうと確信した俺は安堵のため息を……深く深く吐き出すのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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