3体の魔獣
――――ユーラの後ろで銃を構えながら ヴィトー
どんと構えていたユーラが突然一歩を踏み出したかと思ったら、直後魔獣の悲鳴が響いてくる。
……どうやらサープが魔獣に一撃を入れたらしい。
ユーラはそれを野生の勘のようなもので感じ取っていたようで、直後ユーラが駆け出し、俺はシェフィがしっかりと頭に乗っていることを確認してから、それを追うように駆け出す。
銃をしっかり両手で持って、誤射などしないように気をつけながら駆けて……妙に木々が生え揃っている一帯を駆け抜けていく。
植生がおかしいというかなんというか……この一帯全体になんとも言えない違和感を覚えるが、今そのことを気にしても仕方がないので目の前に広がる光景と銃だけに意識を向けて駆け続ける。
『良くない影響が出てるなぁ、魔獣が多いのかなぁ』
なんて声をシェフィが上げてきて、更に気になってしまうが我慢をして駆け続けて……雪の中を何十メートル走ったのか、それなりに息が切れ始めた頃に少しだけ開けた一帯へと到着する。
すると槍で背後から貫かれて悶え苦しんでいる熊型魔獣の姿があり……そこに悲鳴を聞いて駆けつけてきている二体の魔獣と、槍を手放し魔獣から距離を取って構えるサープの姿が視界に入る。
そんなサープの手には小さなナイフが握られており……そんな状況を見てユーラは、
「オラァァァァァァァ! かかってこいやぁぁあぁ!!」
と、声というか怒号を張り上げながら一体の魔獣へと突っ込んでいき、まさかのまさか槍を突き立てるのではなく全力での体当たりをかまし、魔獣を押し倒すことで俺のための射線を開けてくれる。
銃は危険なものだから人の居る場所に向けて撃つことは出来ない。
そのことをすっかりと理解しているらしいユーラは、自分の安全よりも俺のための場作りを優先してくれたようで、それを活かさない訳にはいかないと銃を構えた俺は、熱くなっている頭の熱と、力がこもってしまっている両腕から余計な力を抜くために小さなため息を吐き出し……それからしっかり狙いをつけて引き金を引く。
左の魔獣はサープが相対してくれている、右の魔獣はユーラが押し倒してくれている、だからと中央の魔獣を狙い撃ち……まず魔獣の胸に命中し、続けて放った一発が、銃身が跳ね上がっていたのか魔獣の額に命中する。
命中した弾は皮膚を貫き肉を裂き血を吹き上げるが、どちらも致命傷にはならなかったようで……根本的に普通の生物とは違う体の作りをしているらしい魔獣はふらつきながらも立ち直り、こちらへと向かってずんずんと歩き、距離を詰めてくる。
「ユーラ! サープ! こっちは大丈夫だから!」
そう声を張り上げながら銃を折り、薬莢の回収と弾薬の再装填を行っていく。
俺の下に魔獣が迫っているとなって、ユーラもサープも自分の目の前に魔獣がいるというのに俺のことを気にしていて……ありがたさよりも申し訳なさが勝って上げた声は正解だったようで、二人共目の前の魔獣へと意識を向けてくれる。
「ッシャァ!!」
そう声を上げたのはサープだった、右手で構えたナイフを鋭く振りながら魔獣の体の突き刺さったままの槍へと左手を伸ばそうとしている。
「だぁぁぁりゃぁぁぁぁぁ!!」
続いてそんな怒声を上げたユーラは槍を掴んだ手でもって馬乗りになった魔獣を殴り、殴ってから自分が槍を持っていたことを思い出したようで、両手でもって槍を構え始める。
「ふ、二人共何やってんの!?」
思わず悲鳴を上げてしまう、本当に二人共何をやっているのか!
だけども二人共狩りの経験も実力も俺よりも上で、素人同然の武器だけが優れている俺があれこれ言うのも間違っている気がするので自分の狩りに集中して再装填を終える。
瞬間、凄まじい脚力で真ん中の魔獣がこちらへと跳び込んでくる。
駆けるとかではなく跳躍して、見上げてしまう程の高さから落下しながらの攻撃をしかけてきて、俺は大慌てで飛び退き……それを読んでいたらしい魔獣は飛び退いた所へ鋭く長い爪での横薙ぎを放ってくる。
凄まじい風切り音を唸らせ、速く力強く鋭く恐ろしく、全身の血の気が一気に引くそれをどうにかしゃがんで避けるが、それもまた読まれていたようで、間髪入れずに魔獣の両腕がこちらに振り下ろされる。
それを見て俺の頭の中では、走馬灯に近い現象が発生し、あれやこれやと今までの人生で見てきた光景が思い出され……同時に魔獣の動きがスローになっているような、時間が引き伸ばされているような、そんな感覚に襲われて、瞬間避けなければという想いと避けているばかりじゃぁやられるだけだという想いが同時に膨らんで爆発して、しゃがんでいる状態からカエルのように情けない格好で後ろに飛び退き、同時に大した狙いもつけずに銃の引き金を引く。
するとしっかりと受け止めきれなかった反動で体全体が雪が積もる地面に強かに叩きつけられ……怪我の功名というか、そのおかげで振り下ろしを回避することに成功し、同時に魔獣の肩に一撃を入れることに成功する。
そうなったらもう起き上がる間さえ惜しいと考え大した狙いもつけず、本能任せで引き金を引いて二発目を発射して……顔面に直撃を受けた魔獣が大きくよろめく。
これだけ銃弾を当てているのに、なんだってこの魔獣は生きているのか、死なないのか……その答えは魔獣だから、なのだろう。
シェフィ曰く魔獣には特別な力……魔力と呼ばれる力があるらしい。
それはたとえば自分の身体能力を強化したり、呼吸が止まっても心臓が止まっても問題ないように体や脳が動くためのエネルギーになったり、火を吐き出せたり空を飛べたりするものらしく……つまり魔獣は魔力がある限り死ぬことがない。
脳を完全に破壊したとしても、魔力によって脳の代わりに指令を出して体を動かすなんてことも出来るそうで……魔獣にとって体は器でしかなく、魔力の方が本体、なんて仮説もあるらしい。
つまりはまぁ、目の前のこいつにもまだ魔力が残っていて、その魔力が尽きるまで攻撃する必要があって……そして手元の銃は弾切れ、という状況で。
スローになっていた世界でそんな思考を巡らせてから冷静になったというか、正気に戻ったというか、スロー現象が解除されたことで全身からよく分からない汗が吹き出した俺は、大慌てで痛む背中に歯噛みしながら起き上がり、駆けて距離を取りながらの銃弾装填を試みる。
だけども走っていると中々薬莢が掴めない、恐怖とか色々な感情で手が震えて掴めたとしてもすぐ離してしまう。
『落ち着いて落ち着いて、相手も無傷じゃないんだから、あとちょっとだよ』
すると頭の上のシェフィが冷静に、静かに……淡々とした様子でそう言ってくれて、不思議と手の震えが止まり、薬莢が掴めて……抜き出しポケットの弾薬を手に取り、装填までの作業がなんともスムーズに成功する。
そうしたなら折った銃を元に戻して構えながら振り返り……魔力が残ってはいるものの、ダメージはダメージなのだろう、ふらつきながら追いかけてくる魔獣の姿が視界に入り込む。
そうなると先程まで恐ろしい存在だったはずの魔獣が途端に哀れに思えて、これ以上苦しめる必要もないだろうと、静かに狙いをつけて引き金を引く。
一発撃って、すぐにもう一発……最初の一発で十分だったかもしれないが、まだ魔獣は二体いるのだから確実にトドメを刺しておこうと考えての二連射を受けて魔獣は、一切の生命感をなくし銅像が倒れるかのようにバタンと後ろへと倒れ伏す。
「はぁぁぁぁーーーー……」
その姿を見てようやく終わったんだと安堵してのため息を吐き出すが……倒れ伏した魔獣の向こうではまだユーラとサープが魔獣とやり合っている。
その援護をするため、二人にこんな思いをさせないために駆け出そうとする……が、こちらの決着を受けてか二人の動きが変化し、一気呵成といった様子で魔獣のことを攻め立てる。
……どうやら二人共俺の危なっかしい狩りが気になって気になって、自分の狩りに集中出来ていなかったらしい。
それが決着したことで目の前の相手に集中出来るようになったようで……そうしてそれぞれ魔獣を圧倒していく。
サープの手には血まみれの槍の姿がある、どうやら戦闘をしながら槍を引き抜いたらしい。
動き回る相手と向かい合いながら手を伸ばし、相手の胸を貫いている槍を引き抜く。
……よくもまぁ、そんなことが出来たもんだと驚くが、いつでも冷静で器用なサープらしいとも言えて、そんなサープは血まみれの槍で的確な狙いをつけての連撃を放っている。
目、鼻、手首に大穴が空いた心臓の周囲。
とにかく相手が怯むだろう場所ばかりを攻めて、何度も何度も何度も相手の魔力が尽きるまで休む気はないらしい連撃を繰り返して。
魔獣はそれを防ごうとするので精一杯、一切攻勢に出ることが出来ず、ただただサープの槍を受け続けている。
そしてユーラは何がどうしてそうなったのか、穂先を失った槍の柄でもって相手の頭を叩いていたようで……その攻撃の速度と威力が集中力を得たことで段々と増していく。
剣道の面打ち練習というかなんというか、脳震盪でも起こしているのかふらついている魔獣の脳天を何度も何度も何度も、愚直に叩き続ける。
だが槍の柄は木材だ、そこまでの強度がある訳でもなく、叩けば叩くほどに破片が散って大きく割れて叩けば叩く程ボロボロになっていって……そしてついに砕け散ってユーラの手の中から無くなってしまう。
すると相対する魔獣がそれを待っていたとばかりに前進し、鋭く両手の爪を順番にまるで槍であるかのように突き出してきて……体をひねってその連続攻撃を回避したユーラは魔獣の両腕を脇の下に抱え込み、がっしりと抑えた上でまさかの連続頭突き攻撃を魔獣に繰り出し始める。
相手の両腕を封じた上で相手の魔力が尽きるまで何度も何度も……魔獣を倒したサープも弾薬の再装填を終えた俺も、そんな光景には思わず唖然としてしまって、援護らしい援護をすることが出来なかった。
そうしてユーラは頭突きを繰り返し、相手が脱力しても、魔力を失ったと思われる様子を見せても繰り返し続け……ふとした瞬間に我に返り、一言。
「頭がいてぇ」
と、そう言って掴んでいた魔獣の両腕を離す。
するとその魔獣は、攻撃される度に血しぶきを上げていたのだろう、赤黒く染まり上がった雪の中へと沈んでいき……最後にプシュッと原型を留めていない頭から血を拭き上げる。
それを受けて俺とサープは呆れ顔になりながらユーラの下へと駆け寄って……皮膚が裂け血が流れ出ているユーラの額を治療するために、腰に下げた革袋に入れておいた薬草やら包帯やらを取り出すのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はこの続き……新たな敵やら何やらです
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