大物
ユーラは槍を構えながら周囲を見回し、グラディスはその耳を立てながら足を止め、シェフィは俺の頭から降りて周囲をふわふわと飛び回り……それを受けて何かが起きているらしいことを察した俺は銃を構え、サープは槍を構え、そしてグスタフは少し怯えながら母の真似をして耳を立てる。
「なんだ? くせぇぞ?」
そう声を上げたのはユーラで……俺はそれを受けて鼻を鳴らしてみるが、ただただ冷気が入り込んでくるだけで何も感じ取れない。
同じくサープも感じ取れないようで……だけども何かがいるらしく、グラディスとグスタフの視線が同じ方へと向いて、シェフィもそちらの方……木々が特に深く生い茂っている一帯へと視線をやる。
「……自分が見てくるッスから、皆はここで警戒しててくださいッス」
と、そう声を上げたサープが背負っていた革袋から白いマントを取り出し、自分の全身を包み込んでからフードを被る。
それからフードがずれないようにするための、首元辺りにある紐をしっかり縛り、しゃがみ込み……ゆっくりと雪を蹴り上げないように慎重に足を進め始める。
以前聞いた話によると、サープはそうやって偵察することを得意としているらしい。
白いマントで雪の中に溶け込み、出来るだけ気配を消して音を殺して、そうやって魔獣の背後、あと一歩でぶつかるなんて所まで近付いたこともあるんだとか。
経験もあり実績もあり、そのための装備や道具を揃えているサープならば安心して任せることが出来るだろうと俺とユーラは頷いて……グラディス達の緊張を解してやるために、その首や顔を撫でてやりながら周囲の警戒を続ける。
俺達がそうしていると周囲を飛び回っていたシェフィがふわりと俺の目の前にやってきて、魔獣に気付かれないようにしているのか小声で話しかけてくる。
『昨日か一昨日か、近くに大物が居たみたいなんだけど……どっか行っちゃったみたいだね。
すっごい大物、時間が経ってるのにこれだけの気配を残しているようなのと戦うとなるとその銃だと威力不足ってことになっちゃうかもね』
そんなシェフィに対して俺は、シェフィにならって同じくらいの小さな声でもって言葉を返していく。
「……猟銃で威力が足りないって何事だよ、そうだとしてもこれ以上の銃を作るとなったら物凄いポイントがいるんだろ? 流石にすぐには無理だぞ、そんなの……」
『そうだね、だからこー……猟銃以外の手も考えた方が良いかもね、そんな大物に通用するような』
「猟銃以外の手……ねぇ。
ポイントをかけずにって考えるなら……そんなに大きいとなると罠なんて通用しないだろうし、やっぱり毒とかか? 銃弾に毒を塗り込んだら効果があったりするかな?」
『うぅん、流石ボクが見出した魂だけあって発想が凄いよねぇ。
精霊の工房も出来るだけポイント節約しようとするし、漢方薬なんて思いついちゃうし、ここで毒なんて言い出しちゃうし。
うんうん、とても良い感じだよ、銃弾でも矢なんでも毒が体に入れば良いんだから効果はあるんじゃないかな?』
「ポイントが有限な以上、色々考えて試行錯誤するのは普通のことだろ?
……しかしそうか、そうなると毒が良いのかな……扱いには気をつけないといけないけど、それでも一撃入れさえすれば優位に立てる訳だし……。
魔獣にも効いて出来るだけ即効性のあるやつだと……やっぱりきつめの毒が良いのかな。
……そうするとやっぱあれかな、ヤドクガエルの毒とか? どこかではエイの毒とかトリカブトとか使うんだっけ?
そういった毒って……工房での加工品って扱いになるのかな? ああ、それらを混ぜた強毒って扱いなら問題ないかな?」
『……あー、うん、そうだね……。
なんだかボク、ちょっとだけ魔獣のことが可哀想になってきたよ』
「……世界を救うためには仕方ないことだろ?」
『まー、そーだけどねー』
なんて会話をしているとサープが戻ってきて……俺達の側までやってきてからフードを脱いで、小声での報告をしてくる。
「魔獣がいたッス、数は3頭、熊型のいつもので……どういう訳か一箇所に集まってて同じ餌を食べていたッス。
自分、子供の頃から魔獣に関する色んな情報を集めてるんスけど、魔獣があんな風に集まってるっていうのも、同じ餌を食べるっていうのも一度も聞いたことないッス。
ならただの偶然かと言われると……こう、会話しているというか意思疎通している仕草とかも見たんで、偶然じゃない気がするッスね。
……もしかしてッスけど連中、連携してどこかを襲おうとしてるんじゃないッスかね?」
それを受けて俺とシェフィが目を丸くして驚いていると、顎を撫でながら少しの間考え込んだユーラが言葉を返していく。
「……サープがそう感じたんなら、多分そうなんだろうな。
意思疎通に連携しての狩り……か、魔獣って連中は沼地の馬鹿共と同じように生きてるもんだとばかり思ってたが、どうやら違ぇようだな。
どのくらい賢いのかは知らねぇが……恵獣様って例があるからなぁ、同じくらい賢くてもおかしくはねぇ訳か」
「恵獣様並に賢く、連携する魔獣ッスか……そんな危ない連中、何がなんでも村に近付けたくないッスねぇ。
しかし連携してまで連中は何をしようとしてるんスかね?」
「仮にそれくらいに賢いとすると連中の狙いは……あくまでオレの勘だが仇討ちだろうな。
連続で狩られちまった仲間の仇討ちで、これ以上被害を増やさねぇためにもってなところだろう。
一体じゃぁ勝てねぇと学んでいるからの連携で……狩りの前に飯を食って体力つけてるって訳か」
「ははぁ……村の側でそんな悠長なことやってたんじゃ警戒されるってんで、こんな離れたとこで集まってるんスねぇ」
「じゃねぇとサープがすぐに居場所と狙いを暴いちまうからなぁ」
普段は色々なことを雑に済ませてしまって、足りない所もあるユーラだが、こういう時には野生の勘というかなんというか、特別勘が冴えわたるようで恐らくは合っているだろう推測をどんどん積み上げていく。
そしてサープがそれを上手いことサポートしているようで……そんな二人がそう言うのならそうなんだろうという、強い納得感がある。
「……なら精霊の工房で作った毒でもなんでも使ってここで仕留めないとだね」
そういう訳で俺がポイントを使う覚悟を決めてそう言うと、サープが首を左右に振ってからこちらに真剣な目を向けて言葉を返してくる。
「ただの魔獣が3体いるだけなら、精霊様のお力を借りることはないッスよ。
自分がさっきみたいにして近付いて背後からの奇襲で一体をなんとかするッス、その間にユーラがもう一体を足止めして……そしてヴィトーが残り一体をその銃で仕留めれば何も問題は無いッス。
一体減れば残りは2、もう一体減ればあとはいつもの狩り、そこまで難しい話じゃないッスよ」
難しくないとサープは言うが、奇襲でトドメを刺せるかは分からないし、一体を足止めするユーラが危険な目に遭うかもしれないし……そんな危険をおかすくらいなら毒を使った方がと思ってしまうが、サープの意見に賛成らしいユーラまでが俺に声をかけてくる。
「精霊様のお力……ポイントだっけか? それは子供を病気から守れる力なんだろう?
ならそっちに使え、ただの魔獣なんかに無駄遣いする必要はねぇよ。
オレ達でもどうにもならねぇやべぇ相手になら毒も良いだろうが、あれはなんとでもなる相手だ……お前の力は皆を救えるすげぇもんなんだから、大事にしろよ、マジで」
そう言ってユーラは槍の手入れを始め……サープも白いマントに汚れやゴミがついていないかの確認をし、そうしながら予備のものなのか、もう一枚のマントを取り出し、こちらに手渡してくる。
「ヴィトーもこれを被っておくと良いッス、隠れて撃つ、撃った後にまた隠れる。
咄嗟に雪を蹴り上げるとか、雪にジュウで攻撃するとか、そうしながらこの布を被れば一瞬か数秒、身を隠すことが出来るかもしれないッス。
その間に立て直すなり、距離を取るなりしたらまたジュウを撃てば良いッスよ」
そんなサープの言葉に俺が頷くと、サープは満足そうな笑みを浮かべてから準備を再開させて……そして俺はサープを真似して白いマントを羽織る。
それから銃を構えてみて……流石に銃を構えると全身を覆うというのは難しいが、撃ち終えてから銃を下ろせばなんとかはなりそうだ。
それからフードを被り紐を縛ろうとしていると、シェフィがフードの中に入ってきて頭の上に乗って、それからフードを掴んで内側からしっかりと固定してくれる。
紐を縛ってシェフィに掴んでもらって……うん、これならズレたりすることはなさそうだ。
「オレ様はいらねぇぞ、お前らを守るために敵を引き付けねぇとだからな」
そんな俺達を見てユーラがそんなことを言ってきて、手にした大槍をぐいと高く掲げて見せる。
目立つ格好で敵の前に立って正面から殴り合う、そんな戦い方を好んでいるユーラの言葉に俺達は何も言わずに、ユーラなら大丈夫だろうとただ頷く。
するとユーラはニカッと笑ってぐっと腕に力を込めて……相当な厚着をしているというのに、それでも分かってしまう程に腕の筋肉を膨らませる。
そうやって準備を整えた俺達は作戦を改めて練り上げ、打ち合わせをしグラディスとグスタフには安全な場所へと避難してもらって……それからそれぞれの武器を掲げて声を上げずに心を合わせるというか意志を統一するというか、やってやるぞと気合を入れてのポーズを取る。
本当は気合を込めた大声でも上げたいところだけど、それで敵に気付かれてもしょうがないので、あえての無言でポーズだけはしっかり格好をつけて……そうしてお互いの目を見合い頷きあったなら、それぞれの速度でそれぞれの目指す場所へと移動を開始して……妙に興奮するというか、変に弾む胸に冷静になれと言い聞かせ、これから始まる狩りに備えるのだった。
お読みいただきありがとうございました。






