葛根湯
コタの中では幼い……3歳か4歳くらいの女の子と母親がいて、熱が上がり始めテンションまで上がってしまったのか動き回ろうとしている女の子を母親が懸命に宥めている。
そんな母子の元に向かい、体温を守るためか分厚く敷かれた毛皮の上に腰を下ろし……それから本を開いて念のための問診を始める。
「おはよう、ミリイちゃん、体はどんな感じかな? 熱い? 冷たい? 喉はどう? 胸が痛いとかはないかな? お腹はどう?」
医者としての知識はないし勉強をしたこともない、頼りになるのはこの本だけ、それでも症状をしっかりと確かめることは重要なはずだと考えて問診を続けていく。
体はまだ熱くない、喉は平気、体が痛いとかもないけど少しだけ体が重い。
子供の足りない語彙でミリイちゃんがそういったことを一生懸命説明してくれて……おでこにそっと触れると……うん、微熱があるようだ。
前世ならこのくらいの症状は寝て治す感じなのだけど、ここではいつ悪化するかも分からないからそうもいかないのだろう。
咳はないし、喉も痛くない、胃腸に異常はなさそうだし、不自然な発汗もない。
むくみもないし、念の為目を見てみても黄疸もないし……うん、葛根湯を飲ませても問題ない……はずだ。
専門家でもなければ医者でもなく、そういった知識もなく……不安は尽きないが前世では普通に市販していた薬だし、そう変なことにはならないはずだ。
「シェフィ、葛根湯を……1包じゃなくて3分の1包分ください」
問診を終えた俺がそう言うと、シェフィが俺達の目の前にやってきて……ミリイちゃんが「せいれー様だ!」とその目をきらきらと輝かせる中、白いモヤを発生させて、薄紙に包まれた粉を俺の手のひらの上にポンと置く。
……この薄紙もここでは結構な価値があるような? なんてことを思いつつそれを開き、薄紙を折って葛根湯を飲ませやすい形にし、それからコタの中に用意してあった白湯をコップに入れてもらってすぐに飲めるようにしてもらって、それからミリイちゃんに口を開けてもらい、中に葛根湯を流し込む。
葛根湯には甘草、その名の通り甘い草が入っている。
おかげでほんのり甘く飲みやすい方なのだけど……それでも薬は薬、苦いし粉が喉に張り付くしで子供にとっては嫌なものだろう。
そういう訳で葛根湯を流し込んだらすぐに白湯を飲んでもらって……しっかり飲んだことを確認したら、それで処方は完了だ。
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
「せいれーさまのおにーちゃん、ありがとう……」
処方が終わるなり母親とミリィちゃんがそう言ってくれて、母親に至っては目に涙を浮かべながら俺の両手を掴んで感謝の気持ちを示してくれて……俺は何とも言えない気恥ずかしさを感じながら言葉を返す。
「あとは栄養をしっかりとってゆっくり寝て……症状が悪化するようならまた別の薬を、という感じになります。
同じものを2包、お母さんに渡しておきますので昼食前、夕食前に飲ませてあげてください。
発疹やかゆみが出たり、吐き気が出たり、皮膚や目が黄色くなったりした場合は声をかけてください、その場合は飲まない方が良いかもしれないので」
そう言ってまたシェフィに作り出してもらって……これで1包100ポイントか。
他の子に感染してなければ良いけど……と、そんなことを考えてからあることに気付き、母親とアーリヒに声をかける。
「ここを出る前に手を洗ってうがい……口の中と喉の奥を水で洗ってください。
やり方の詳細は後で教えますが、それをやっておくと病気の原因が体内に入るのを防げて、結果病気が広がるのを防げます。
ミリイちゃんも元気になってから何日かはここで寝泊まりして他の子と会わないようにした方が良いですね、ミリイちゃんは元気なんだけど病気の原因が体内に残っている可能性があって、それが他の子に広まってしまうこともあるので」
そう言って俺が病気の原因を……出来るだけ簡単に説明し、それを防ぐための方法についてを説明すると、母親もアーリヒも理解しきれてはいないが分かったとそう言ってくれて、マスクになりそうな布や石鹸なんかも用意してくれることになった。
前世のやり方がこちらでも通じるかは……正直分からないけども、そこら辺のことを知っていそうなシェフィが何も言ってこないことから、間違ってはいなさそうだ。
そうこうしているうちに朝食が出来上がり始めたのかあちこちから美味しそうな香りが漂ってきて……朝食を終えたら狩りに出ることになっている俺は慌て気味に立ち上がる。
するとアーリヒが、
「ヴィトー、今日はお世話になりましたからアナタの朝食はこちらで用意させていただきます。
コタに戻ったらそのまま待っていてください、準備は終わっているのでそこまでお待たせすることはないはずです」
と、声をかけてきて……俺は驚きのあまり数秒硬直してしまう。
アーリヒの手料理? なんで俺に? なんてことを考えてから、いやいや、世話になったからだと今さっき説明してくれたじゃないかと我に帰り……、
「で、では、コタで待っています」
と、裏返り気味の声を返してしまう。
それから慌て気味に白湯を借りて手を洗ってうがいをし……それから外に出て自分のコタへと足を向けるのだった。
「で、で、で? どんな朝食になったんだ?」
朝食後、身支度を整え道具の準備を整えてシェフィを頭に乗せて、狩りに出ると第一声、ユーラがそんな声をかけてくる。
ユーラとサープにはアーリヒが俺のコタに来たことは言ってないのだけど、噂にでもなっているのか二人は知っているようで……俺は頭を軽く掻いてから言葉を返す。
「普通の恵獣ミルクスープだったよ、肉多めで乾燥野菜も入っている豪華なやつ」
するとサープがやれやれと首を左右に振ってから声を上げてくる。
「いやいや、料理の内容はどうでも良いんスよ、そんなことよりアーリヒはどうだったとか、アーリヒとどうなったとか、そういうことを聞きたいとこッスねぇ~~」
それを受けて俺はどうもこうも、少しだけアーリヒの様子がおかしかっただけで、あとは普通に食事をしただけだよと心中で毒づき……そう言っても二人には信じて貰えなさそうなので何も言わず、荷物を乗せたソリを引いてくれているグスタフの首をそっと撫でる。
村の周囲を見回っている男衆によると村の近くにはもう魔獣がいないらしい。
気配がしないし糞などの痕跡も残っていないし、村に何頭かいる犬達も反応を示していない。
更にはシェフィも魔獣の気配……世界を汚染しているらしい良くない力を感じないと、そう言っていて……今日の狩りは魔獣を探しての遠出をすることになった。
魔獣以外の獣を狩るという手もあったのだけど、普通の獣であれば村の皆でも狩れるし、世界を救うという目的が一応ある以上はそちらを優先する必要があるだろうと考えての決断だ。
遠出をするとなると当然それだけの食料が必要で、体を温めるための燃料も必要で、魔獣を狩った際に運ぶことも考えてソリを用意し、それをグラディスとグスタフに引いてもらっているという訳だ。
せっかく安全な村で暮らせるようになった二頭を危険な森の中に連れていくのもどうかなと思ったのだけども、当人達がやる気満々で、むしろ置いて行ったら許さないと言わんばかりの態度を見せていて……そういうことならと頼らせてもらうことになった。
「ぐぐぅーぐぐ、ぐぐー」
そんなグスタフからまるで喋っているような長めの声が上がる。
「お、そう言えばグスタフ達もその場に居たんスよね? なら何があったか知ってるってことッスよねぇ~。
なんとか上手く聞き出せないもんッスかね~」
「ぐぐ~! ぐっぐー」
するとサープが嬉しそうにそんな声を上げて、それに対しグスタフが返事をするかのような声を返し……そこからなんだか似た者同士であるらしい一人と一頭の会話のような何かが始まる。
槍を構えて足を進めながらからから笑うサープと、ソリを引きながらぐーぐー鳴くグスタフ。
そしてそんな様子を微笑ましげに眺めるグラディスが何かを言おうと口を開きかけた、その時。
ユーラとグラディス、それとシェフィが同時に何かに気付いて動きを見せるのだった。
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