決断を迫る
さて、沼地を封印することが決まったけども……だからと言って、それで終わりという訳にはいかない。
沼地の人達に事前に連絡や相談をしておく必要があり、それなしに勝手に封印したでは余計な禍根を残してしまうことだろう。
ということでロレンス達に事情を話すため……森を南に下って、沼地との境界ギリギリまで進んで、そこで狼煙を上げてロレンス達を呼び出すことにした。
事前に狼煙が上がったら緊急の連絡があるという取り決めはしてあり……事情を深く知る、俺かユーラかサープの誰か一人が狼煙の番をし、残りの二人はゲートでもってまだ魔獣が残る地に遠征、そこでの狩りと実践訓練を行うことになった。
狼煙を上げたからといってすぐに気付いてもらえる訳でもないし、気付いたとしてすぐに来てもらえるものではないだろう。
根気よくロレンス達が来る日を待つ必要があり……1日2日3日……10日、11日、12日と過ぎて、俺が狼煙の番をする13日目。
ようやく南からロレンスの一行が馬車やってきて、俺は頭の上に乗ったシェフィではなくウィニアと一緒に、彼らを出迎えた。
シェフィはゲートの管理や、向こうにいるユーラ達の面倒を見る必要があるので、その代理がウィニアという感じだ。
ウィニアは風の精霊ながら焚き火などを眺める静かな時間が好きなようで……焚き火とは少し違うけども、狼煙を見ながらの日々を結構楽しんでくれていたようだ。
「……どうしたんです? 連日の狼煙とは一体何事です?」
と、こちらにやってきたロレンスは、馬車を引かせていた馬の手入れなんかを部下に指示をしてから、声をかけてくる。
「実は重要な話がありまして……ここで話しますか? それともどこか静かな場所で?」
「……今日連れてきたのは信頼出来る者ばかりなので、ここで問題ありませんよ」
俺の言葉に何かを感じ取ったのだろう、神妙な様子で返してきたロレンスに……出来るだけ分かりやすく封印の話をしていく。
そして十分な支援の用意があるとの前提を伝えた上で、全ての説明を終えた後で遠からず沼地も封印することになると、そう伝えるとロレンスは顔を真っ青にして言葉を返してくる。
「そ、それはいくらなんでも、無茶が過ぎるでしょう。
いきなり魔法全てを封印だなんて……そんな……。
瘴気と魔法の繋がり、そして封印の必要性、それら全てが事実だとしても、簡単に受け入れられる話ではないですよ」
「まぁ……それはそうなんでしょうが、この十数日で封印は世界各地で行われていっていまして、いずれはその影響が沼地がその周辺国にも届いてくると思われます。
いきなり魔法が使えなくなるとかではなく、使いにくくなるとか効果が弱くなるとか、そういった影響に始まって……どうあれいつかは使えなくなることでしょう。
……後で地球儀を見ていただければ分かることですが、既に浄化された地域の方が多く、汚染されたままの地域が少数派です。
いつまでも封印をせずにグズグズしていると、ゲートを通って他の地域の戦士達が封印のために流入してくるという可能性も考えられます。
彼らは俺達とは全く別の道徳、論理、道理で動く人達ですから……そうなった際に俺達に出来ることはないですし、そちらにどんな被害が出るのかは全くの未知数です」
封印の邪魔として攻撃されるのか、協力を要請されるのか、脅迫されるのか。
どんな種族がやってくるのかが分からないために、ハッキリと断言は出来ないが……あのサイ魔獣がいた地域の戦士がやってきたなら、少なくない被害が出てしまうことだろう。
「……そ、その連中をこちらが迎撃したらどうなるんだ? 仮に全員殺したとしたら……?」
恐怖からか緊張からか、仮面が剥げて口調が変わり、表情豊かになったロレンスの言葉に、俺は首を傾げながら言葉を返す。
「どう……なるんでしょうね。
少なくとも俺達シャミ・ノーマがどうこうすることはないと思います。
生きるための戦い、その結果の犠牲なら仕方のないこと、戦いを挑んだ人々にも責がありますから、そちらの自己を防衛する権利を尊重します。
……ただ彼らが信奉する精霊がどう思うのかは、その精霊に聞いてみないと分からないのでなんとも……。
ウィニア、仮に俺達が生存戦争の結果、負けてしまって全滅したとしたら、ウィニアはどうする?」
俺がそう問いかけると、頭の上でおどおどしていたウィニアは、俺の目の前へとやってきていつになく真剣な顔をして、
『全力で風を暴れさせるよ、報復の風は決して止むことはないと思う』
と、断言する。
……終わることのない台風とか、そんなものが沼地を襲うってことかな?
それはもう人間の力ではどうにもならない、大惨事が待っていることだろう。
精霊の中で一番大人しいウィニアがそう来るとなると……迎撃もやり方を考える必要があるんだろうなぁ。
「……聞いての通り、精霊の怒りを買うと手が付けられないので、戦うにしても戦い方を選ぶ必要があると思います、あるいは選ばないで精霊さえも打ち破るという手もあります。
……まぁ、そちらの気持ちも分かります。
俺も昔、あらゆるものに頼って生きていましたから、それ全てを失えと言われても無理としか返せないことは分かっています。
……ですが、ここに至っては時間が残されていません。どうするにせよ、決断と覚悟が必要でしょう。
……どうしても魔法を使い続けたいのであれば、そういう人達、国と連合して、生存戦争を戦い抜いて勝利して魔法を使い続けるという選択肢もありますよ。
精霊を打ち破って精霊のいない新しい秩序の中で生きていくというのも一つの道でしょうから」
当然俺達はそんなことは許容出来ないので抵抗をするし、最後まで戦うことになるだろう。
そして彼らも自分達のために戦い抜くことになるだろう……生存戦争となればもう、決着がつくまで戦い続けるしかない。
降伏とか講和とか、妥協はなく……最後の最後まで。
現状向こうの方が……魔法文明の方が、楽をして発展してきただけあって人口が多い。
それらが連合してしまったなら、俺達は圧倒的な数的不利を強いられるだろう。
どちらも必死に叩かなければならない、そうしなければ負けるし、失う物が大きすぎる。
「……け、決断なんて、出来るわけねぇだろ……」
それで精一杯なのか、ロレンスはそう言って黙り込む。
……しかし黙り込まれてしまっても困る訳で、そんなロレンスを見ながら俺は、どうしたものかなぁと頭を悩ませるのだった。
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