それぞれの想い
それから少しの時が経って皆が落ち着きを取り戻して、今漢方薬が必要な子供がいないかの確認が始まって……その次には老人を中心とした大人達は問題ないかと確認が始まった。
結果は特に問題はなし、とりあえずは漢方薬を使う用事はなさそうだとなって、解散の空気が流れ始めたところで、アーリヒがじぃっと俺のことを見つめてくる。
見つめてきながら何かを話しかけようとしてすぐに躊躇して、それからまたすぐに話しかけようとして……と、そんなことを何度か繰り返してから視線を鋭くし、意を決したように言葉をかけてくる。
「……ヴィトー、あなたはどうして私達にここまでしてくれるのですか?
捨て子のヴィトーのままだったなら、拾って世話をしてくれた恩返しであると理解出来るのですが……今のあなたは他の世界に住んでいた他の世界の知識を持つ、他の世界の住人、なんですよね?
精霊様が選んだ高潔な魂であるということは理解しているのですが……それでもあなたが何故ここまでしてくれるのかが私には分からないのです」
それはいつになく重い力の込められた声によるもので、ついさっき日本語がどうのと口走った俺への疑念も込められているようで……この問いにはしっかりと答えなければいけないなと考えた俺は居住まいを正し、アーリヒの目をまっすぐに見て……そして少しだけの気恥ずかしさをどうにか飲み込んで……前世のことを思い出しながら答えを返していく。
「……俺は前世で夢を叶えきれなかった男なんですよ、ある夢があってそのために努力をしていて……その夢のための努力だけをしていて他に何もしていなかったんです。
それであと一歩で夢が叶うかもしれないというところまでいったのに……そこで無念にも命を落としてしまって……。
自分の手で夢を叶える事ができなくて、そのためだけに生きてきたものだから他に何も残すことが出来なくて……仲間達に大したものも残せないまま一人で死んで、ああ、俺ってなんのために生きてきたんだろうってそんなひどい絶望と後悔に飲まれて、魂だけの存在となって深い深いこんなにも残酷な世界があるものかってくらいの暗闇に飲み込まれたんです。
そこに助けに来てくれたのがシェフィで……シェフィがここで生まれ変わって夢以外の何かを成す、何かを世界に残すチャンスをくれたんです……だからそのチャンスで俺は色んなことをしたいんです。
助けてくれたシェフィとの約束を守って、世話をしてくれた皆のことを助けて恩返しをして……それからスローライフって言っても分からないか。
ゆったり、他人に急かされない……自分で何をするか、どう時間を使うかを決められる、そんな日々を送って……その中で色々な……出来る限りの成果を残して、満足しながら死ぬことが今の夢なんですよ」
するとアーリヒは何を考えているのか、難しい表情をしながら黙り込み……そして黙って話を聞いていた家長の一人が問いを投げかけてくる。
「何も残せなかったって言うがな、子供くらいは残してきたんだろう?」
「いえ……子供どころか結婚もしていませんでした」
俺がそう返すとその家長は目を丸くして硬直し……その隣に座る家長が次の問いを投げかけてくる。
「そんな若い歳で死んだんか?」
「いえ、四十近くでしたね」
その家長もまた目を丸くして硬直し……そして家長達が一斉に俺に同情的な視線を向けてくる。
この村では10代のうちに結婚するのが普通で、よほどのことがない限りは結婚出来ないということはない。
そして男女の深い関係は結婚してからのものと考えられていて……そんな価値観で見る40代未婚ということは……まぁ、思わずそんな視線を送りたくなってしまうものらしい。
……実際、結婚とかは夢を叶えてから、生活が安定してからと意地を張っていたせいで、そういった経験は全くと言って良い程に無いのだけど……そのことに関してはそんなに後悔はしていない。
子供を残せていたら、と思う気持ちはなくはないけども……それよりも何よりも自らの手で夢を叶えられなかったことが何よりも辛いことだった。
だけども今はもうそれ程辛くはない、後悔もない。
シェフィが教えてくれたから……友人達が後を継いで俺の夢を叶えてくれたことを教えてくれたから、それについては心の整理がついている。
だから今は後ろを向くよりも前を向いていたい。
……シェフィの手伝いをして、俺のことを、ヴィトーのことを暖かく迎え入れてくれた上、嫌な顔ひとつせず世話をしてくれた、皆のために役に立って、皆の記憶にしっかりと残って……皆に感謝されながら死ねるならきっと、それは幸せなことなんだろうと思うし、それこそがシェフィがプレゼントしてくれた俺の新しい人生に相応しい夢なんだと思う。
なんてことを考えていると、俺の想いとは裏腹に、俺がひどい後悔をしてしまっているとでも思ったのか、家長達による同情的な視線がどんどん強まっていく。
「そ、そういうことならワシらに任せておけ、お前に相応しい良い縁があるようにしてやるからな」
「そ、そうだな、ヴィトーには世話になっとるしな」
「心配の必要はねぇ、恵獣様がいるとなれば喜ぶ娘も多いだろさ」
そんな視線を浴びながら俺が黙り込んでいると家長の何人かがそう言ってきて……他の面々もうんうんと頷く。
前世の価値観を持っている側からすると放っておいて欲しいというか、自由恋愛で相手を見つけたいと思ってしまうのだけど、この村ではそんな価値観は通じないだろうし……うん、彼らの好きにさせるというか、任せてしまうことにしよう。
どうしても嫌な相手の場合は断る権利はちゃんと認められているし、不幸な結婚となった場合には離婚も認められているし……なんとか良い家庭を作れるはずだ。
まぁ、そもそも相手がいないことには話にならないのだけども……と、そんなことを考えていると、アーリヒが手を叩いてざわついていた皆を落ち着かせて、話が終わったなら解散しようとの声を上げる。
俺はこれから……未だに肩に鼻を乗せているグラディス達の世話をしなければいけないし、村の皆は狩った魔獣の処理があるし、そろそろ調理も始めないといけない時間だしでやることは多い。
そういう訳で全員でほぼ同時に立ち上がり……肩を回し腰を回し、固まった体をほぐしながらそれぞれの仕事場へと足を向けるのだった。
――――日が沈み始めた森の中で ????
若き戦士が連続で討たれた、そんな報告を受けてそれは酷く苛立っていた。
順調に進んでいたはずの世界の汚染、それがあと少しで完了するという所でこんな面倒事が発生してしまうなんて……信じがたく受け入れがたく、自らの評価を落としてしまうことにも繋がりかねない事態だ。
幸いにして配下の戦士の数はまだまだ多く、汚染自体も順調だ……戦士を討った何者かを処理することさえ出来たなら何も問題はない。
報告によると戦士達はその爪を振るう間もなく、その何者かと牙を交えることなく討たれたという……想像するにあの弓とかいう武器のような距離を取った攻撃でやられてしまったのであろう。
そうなると単独では駄目だ、複数の戦士を差し向けるべきだ、一体全体どんな弓を作ったのかは知らないが、三か四かそれ以上の数を送り込めばどんな弓であろうが対応しきれないはずだ。
相手の武器の正体が分からないまま戦士達を送り込むというのはあまり気分の良いものではないが、それ以外に情報が無い現状他に手はないだろう。
油断せず念には念を入れるのであれば、数を惜しまず五か六か……その辺りの数を送り込めばなんとかなるはずだ。
そんなにも多くの戦士を送り込むとなると相応に魔力を消耗してしまう訳だが……問題はない、沼地のあの家畜達がいくらでも魔力を作り出してくれるのだから何の問題はない。
愚かで欲深く、先のことを考えることが出来ず、ただ今が楽しければ良い自分が楽できればそれで良い、そんな家畜達のおかげで魔力は十分過ぎる程に満ち溢れていた。
一体全体どういう頭をしていたらあそこまで愚かでいられるのか……知能も誇りも自我さえもなく、ただ自堕落に生きる家畜達のことを思い出し、それは表情をひどく歪める。
戦士達を討った敵共は気に入らない相手ではあるが、そんな家畜達に比べれば遥かにマシな存在であるだろう。
誇りを捨てず希望を捨てず、汚染に抗うためにこんな極寒の地に移住してまで戦いを続けている。
気に入らないし余計な邪魔をされてしまったし、少しでも早く滅ぼしたい存在ではあるが……真正面から向かい合い、堂々とした狩りでもってこちらに挑んでくるその姿は命を賭けて戦うに値する好敵手であると言えた。
決して諦めず折れず穢れず……あの御方が許してくれるのであれば味方に引き入れたい程であった。
だがそれは決して許されることのないことなのだろう、あの御方は世界の汚染と抵抗勢力の絶滅を悲願としているのだから。
驚く程に狡猾で圧倒的な強さを有していて……震え上がる程に邪悪で心酔する程に完璧で……。
失敗が続けばその邪悪さが自分に向くだろうことを知っていたそれは身震いをしてから、手下である戦士達に号令をかける。
あの村を滅ぼせ、あいつらにトドメを刺せ、世界の汚染を完了するために奮戦せよ、と。
それを受けて戦士達は周囲の木々を震わせる程の雄叫びを上げ……そうしてあれらとの戦いに備えるべく、それぞれの方法で英気を養い始めるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回は恵獣との日々です






