仮面の精霊
何かが土煙を上げながらこちらへとやってきて、それを待ち構えようとしていると、また別の気配が現れる。
恐らく集団、土煙とは別方向から近付いてきているようだが、俺達ではなく土煙に向かっているような動きで……仮面と毛皮のマント姿という、恐らく人の集団が石杭を土煙に投擲し始める。
そう、石杭……最初は槍かと思ったのだけども、それは石を切り出したらしい大きな杭で、それをまるで木槍のように軽々持ち上げてぶん投げていて……土煙に着弾、魔獣と思われる悲鳴が響いた後に、土煙が静まり……ライオンだろうか、猫科の何かが凶悪に巨大化した上で変形したらしい魔獣の死体が姿を見せる。
「……この辺りの精霊の戦士、かな?」
と、俺が呟いているち仮面の集団もこちらに気付いたのか視線を送ってくる……が、近寄ってくる訳でもなく、声をかけてくるでもなく、魔獣の死体に近寄ってから、がっしりと掴み引きずりどこかへと去っていく。
こちらに全く興味がないといった様子で……好戦的と聞いていたけども、そんなこともないのかな? と、訝しがっていると、頭の上に着地したシェフィが声を上げる。
『向こうの精霊が接触しないように説得してくれたみたいだね。
共闘とかは難しいだろうから、このままサヨナラが一番だと思うよ』
そう言われて俺は頷き、ライフルの安全装置をオンにしてから銃口を下げる。
ユーラとサープも構えを解いて……さて、どうしたものかと、なんとも言えない気分になっていると……この辺りの精霊なのか、シェフィくらいの大きさの仮面がこちらに飛んでくる。
丸く大きな木造の仮面で、丸い石を貼り付けて目を口を表現していて……仮面の周囲には大きな木の葉を何枚も貼り付けて、まるでライオンのたてがみのようだ。
仮面だけ、顔だけの精霊とかではなく、大きな仮面で全身を隠しているといった格好をしているようで……そんな精霊が近付いてくるなりペコリと頭……というか仮面を下げて、太く響く声を返してくる。
『失礼いたしました、こちらに来ているとは聞いていましたが、まさかこんな出会い方をするとは想定外でした。
余計な騒動を避けるために彼らには帰還させました、挨拶もなかったことをご容赦ください』
とても丁寧というか紳士的というか……淡々とそう言う精霊に俺達は慌てて気にしないでくださいと、そんな言葉を返していく。
『ありがとうございます、そう言っていただけると助かります。
……色々と問題が解決したばかりということもあり、皆やる気と殺気に満ちあふれておりまして、当分は顔を合わせない方が良いと思われます』
するとその精霊はそんなことを言ってきて、俺達は問題が解決した? と、首を傾げたり声に上げたりして疑問を示す。
『ああ、問題の根源である魔法を使う連中を1人残らず殲滅したのですよ、つい先日のことです。
魔法を使う者がいなくなればあとは魔獣を狩って浄化を進めるのみ……それも済んだなら戦士達には、他の地域への遠征に出てもらうつもりです。
……貴方がたのように、自分達の地域だけでなく他の地域もしっかりと浄化する、精霊とその戦士としての義務はしっかり果たしてみせましょう』
疑問にしっかり答えを返してくるその精霊。
それを受けて俺達は……息を呑み、冷や汗をかく。
1人残らず殲滅した……それはつまり、俺達が言う所の沼地の人々のような、魔法を使う文明の人々を殺し尽くしたと、そういうことなのだろう。
1人残らず……子供も容赦なく。
何と返したら良いのか、どう反応したら良いのか、俺達が困り果ててしまっていると、仮面の精霊は話は終わったと判断したのだろう、もう一度ペコリと頭を下げて、先程の一団の方へと飛び去っていく。
それを見送り……しばらくの間硬直し、それから深い溜め息を吐き出し……居住まいを正してから言葉を吐き出す。
「……いずれそういう人達と戦うかもと、考えてはいたけども、まさかの殲滅、かぁ。
魔法を使えなくするだけではダメだったのかなぁ」
俺は素直な感想を口にする。
「シェフィ様がオレ達の精霊で本当に良かったぜ……」
と、ユーラ。
「わずかな哀れみの感情すら感じなかったッスよ……」
と、サープ。
『まー、彼はちょっとだけ生真面目過ぎるとこがあるからねぇ、ここらの血の気の多い子達と気が合っちゃって、お互いを高めすぎちゃったんだろうねぇ』
と、シェフィ。
ゆるくて適当で、時にふざけるシェフィのありがたさと言うか、真価を痛感することになった俺達は、シェフィへと敬意の視線を向ける。
するとシェフィは得意げに『ふふん』と鼻息を吐き出し……それから言葉を続ける。
『まぁ、怖がったりはしないであげてよ。
シャミ・ノーマの地に比べると、だいぶ追い詰められていたというか、あちらこちらが歪められてしまって危機感もすごかっただろうから、それだけ必死になっちゃっただけなんだよ。
殲滅は……ボクもやり過ぎだとは思うけど、ここに住む彼らが決断したことなら、仕方ないかな。
それに……殲滅せざるを得ないような相手だったのかもしれないしね。
ヴィトー達はヴィトー達のやり方で頑張れば良いよ、沼地の人も殲滅まではする必要ないしー……ボクもそこまでは望まないかな』
本当にシェフィが俺達の精霊で良かったと思う。
シェフィのこの性格じゃなかったらどんなことになっていたやら……まぁ、その場合はそもそも俺をこっちに呼んだりはしなかったんだろうけど。
グラディスも同じ考えなのだろう、鼻を上げて「グゥ~~~!」と力強く鳴き、シェフィは嬉しそうに微笑む。
『……よし、じゃぁ、とりあえずはこのまま休憩を続けようか。
十分に休憩をしたら周辺を見てまわろう……殲滅はボクにとっても予想外だったから、ちょっと情報収集もしたいからね。
もちろん彼らとの遭遇は避ける感じで……だから、彼らとは逆方向に行ってみようか』
微笑んでからそういったシェフィに俺達は頷いて肯定を返し……それから改めての休憩時間を堪能するのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はこの地域についての予定です。