出立
それから更に三日、ジュド爺との鍛練が行われることになった。
その三日の間にも魔獣が現れたらしいのだけども……サイ魔獣のようにひび割れからやってくる魔獣はいなかったようで、特に問題なく討伐出来たようだ。
村の皆もしっかり加護を受けているので、もう今までの魔獣では苦戦もしないくらいに強くなっていて……とても頼りになる。
老若男女、サウナに入るなら誰もが加護を受けている訳で……何なら子供でも結構な強さになっている。
精霊の加護は身体能力が向上するものなのだけど、体力が増える関係からか、病気にかかる人も目に見えて減っていて……そのうち漢方薬の出番もなくなるのかもしれないなぁ。
そういう訳で特にトラブルらしいトラブルもなく三日が過ぎて……とりあえず俺の騎乗射撃はそれなりの完成度となった。
10発撃てば8発は当たるといった出来上がりで……同じく三日間鍛練していたユーラ達もまた、しっかりとした出来上がりとなった。
筋トレし続けて三日……加護の力もあってか、その成果はかなりのものとなった。
パッと見では分からないけども、筋力がかなり増したようで……ユーラもサープもそれぞれの武器を軽々、何度でも振り回せるようになっていた。
自分の手足のようにと言ってしまうと言い過ぎになってしまうかもしれないが、そう言えるくらいには成長していて……その成長具合は俺以上と言っても過言ではないだろう。
その代わり……という訳ではないけども、俺の相棒であるグラディスがかなりの成長を見せてくれていて、俺を乗せた状態での早駆けや、俺との連携力を以前とは比べ物にならないくらい増加させていて……俺の狙いに合わせて走ったり、狙いがズレていると思ったら狙いを合わせるために体をひねったりと、凄まじい器用さを見せてくれる。
凄まじい速度で駆けながら俺が構えた銃口の向きなんて、どうして分かるのだろうか? なんて疑問が浮かんだりもしたけども……そもそもとして人間と恵獣とでは視界が違う。
草食獣的と言ったら良いのか、馬的と言ったら良いのか……視界が広く、真横や後方の一部も見ることが出来る視界を有しているため、前を見て走りながら俺の様子もしっかり見るということが可能になっているようだ。
そうすると今度は俺の様子がしっかり見えたとして、森の中を走りながら俺と連携するなんていうマルチタスクが可能なのか? なんて疑問も出てくるのだけど、そこは賢い恵獣だから可能とも言えるし、本能が強い恵獣だから可能とも言える……らしい。
障害物の回避やら何やらは本能任せにして動いて、俺との連携はしっかり考えて動いて……ということが可能なんだとか。
そのことが分かってくると、グラディスに全てを任せて銃にだけ意識を向けることが出来て……狙いもかなり安定するようになった。
これなら新しい魔獣とも十分戦えるという確信が持てて……そうして俺達は改めてゲートを使っての遠征狩猟に出ることを決めた。
俺はライフルと猟銃、ユーラはハンマー、サープはマトック。
魔獣の革を使った新品のブーツとマントで身を包み、背負カバンも新品を用意し、簡単な作りのソリを作って、それをグラディスに引いてもらっての荷車代わりにする。
食料も水も十分に用意をした……向こうにもあるだろうが、あちらには瘴気が溢れているのだろうし、遠方の水はお腹を壊すと言うからなぁ、なるべく飲まない方が良いだろう。
そんな状況では何日も向こうにいられないのだろうけども、そこはシェフィ達の特別な力で行き来出来るのだから、問題はないはずだ。
……と、いう訳でその日の正午には出立が決まった。
俺はグラディスに跨がり、頭の上にシェフィを乗せ……ユーラとサープは徒歩での出立だ。
どうせなら二人も恵獣に跨ったらどうか? と、思うのだけども、筋トレばかりしていた二人はいきなり実践に向かえる程の自信はないようだ。
……まぁ、そうか、俺達もかなり練習しての結果だからなぁ。
それにああいった武器を騎乗で扱うのには銃よりも特別な訓練が必要なはずで……大事なことなのだろう。
「お、おしっ……怯えずに行くぞ」
と、村を少し離れた森の中で声を震わせながらユーラ。
「ま、任せるッス、空気の温かさが違うとか、湿気りかたが違うとか、信じられない話ばっかりッスけど、そ、それでも偵察は出来るはずッス」
と、声を揺らしながらサープ。
二人とも初めての遠出とあって相当に緊張しているらしい、顔色もあまり良くない。
……が、二人ともすぐに大切な人……ベアーテとビスカが顔を見せたことで元気を取り戻し、任せろと言わんばかりに武器をぐっと握る。
俺もまたグラディスの上でしっかりと銃を握り……これから通るであろう向こうまでの道、ゲートの向こうにあるであろう世界に思いを馳せる。
一体全体ゲートの向こうはどうなっているのか……サイ魔獣が暮らす瘴気の世界とはどんな場所なのか。
まぁ、サイが暮らしている辺りというだけでも大体の想像はつくけども、それでも緊張をいっぱいに込めた顔でもってシェフィ達が作り出したゲートを見やる。
……うん、どこにでもいけるドアの系譜だよな、これ。
色だけは違うけど……真っ白だけど、形というか構えがいかにもそれっぽい。
……まぁ、この場所このタイミングであれこれは言うまい。
とにもかくにも勇気を出した俺は、目の前のドアノブを握り……それってそう使うのか? と、興味津々なユーラ達の視線を浴びながらドアを開ける。
するとその向こうには以外にも普通な……木製の天井や壁が床があって、壁にはランタンがかけられている絨毯の敷かれた道、ホテルなんかの渡り廊下を思わせるそこを通って、あちら側の世界へと足を向ける。
それから俺達は無言のまま、周囲を警戒しながら足を進めていって……そうして途中にある検疫ルームを通る。
それはイメージそのまま、ビニールの暖簾や強風でのゴミ落としなどなど、工場見学で見かけるような設備があり……俺達はそれに驚きながらも足を進めていき、そうして検疫所の中へと足を進めるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は検疫所でのあれこれです