ひび割れ
さて、ポイントを集める必要があるのだけども……魔獣が見当たらない。
それも当然で、辺りの魔獣は狩り尽くしたし浄化も進んでいる……南からの侵入者を防ぐ罠も完成して、魔法を使われるようなこともない。
つまり魔獣はもう生まれない訳で……魔獣狩りでのポイント稼ぎは出来ないという訳だ。
他の方法となると狩りをするか善行を積むかのどちらかで……しばらくはそれらの方法でコツコツやっていくしかない。
それ自体は全く構わないのだけど、コツコツなポイント稼ぎで目標にいくまでどれだけかかるかは、なんとも言えないなぁ。
そもそもゲートは魔獣狩りを進めるためのものなのだけど、それのためにポイントを集めないといけないというのはちょっとした矛盾を感じてしまう。
……そんな愚痴を声に出しても良いのだけど、言っても仕方ないことだと我慢をして、まずはユーラ達と森の見回りをすることにした。
「ゆったりと見回りするってのも悪くないもんだな」
「洗濯は大体終わって、暇になるとこだったからちょうど良かったッスよ」
空気が乾燥して爽やかな風が吹き抜ける森の中を歩きながら、そんな声を上げるユーラとサープ。
夏の森の中は何と言ったら良いのか……高山植物のような爽やかな香りが充満している。
キシリトールガムとかに感じる香りというか……植物の香りってだけでこんなにも爽快感を味わえるのかと、驚く程の強い香りだ。
深呼吸したなら、本当にガムを噛んだような気分を味わえて……俺が深呼吸しながら歩いていると、一緒についてきたグラディスとグスタフや、他の恵獣達も俺を真似して鼻を突き上げての深呼吸をする。
俺の何倍もありそうな肺活量でもって物凄い音をさせながら吸い込み……何かを嗅ぎ取ったのだろう、軽やかに駆け出して……そして好物のコケでも見つけたのか、顔を下げてもしゃもしゃと食事をし始める。
それを受けて俺達はアイコンタクトをしてから頷き、三方向に分かれて……グラディス達が安心して食事を出来るようにと見回りを始める。
今日はユーラ達の恵獣だけでなく、村の皆からも恵獣を預かっている。
見回りついでの善行というか恵獣の世話というか……これもまたコツコツポイント稼ぎの一環だ。
シェフィによると見回り自体でもいくらかのポイントがもらえるそうなので……後は狩りが上手くいけばそれなりのポイントになるだろう。
広がって見回りをし……狼などの痕跡がないかをしっかり探す。
この辺りで狼を見かけることはあまりないが、今は誰にとっても過ごしやすい季節、汚染を嫌って他所からやってきている可能性は十分ある訳で……目を細め耳を澄ませてしっかりと探し……確認を終えたならグラディス達の下に戻る。
するとユーラとサープも戻ってきていて……どうやら周囲に異常はなかったようだ。
「……そう言えばヴィトー、例のライフルってのは狩りにも使えるもんなのか?」
念の為にと周囲へと視線を巡らせながら、雑談をしたいのだろう、ユーラがそんな声をかけてくる。
「使えることは使えるよ。
射程は長距離で威力も十分……ヘラジカでも一発で仕留められると思うけど、弾を作るためのポイントがとんでもないからね、魔獣相手でない限り使えば使う程、ポイントが減っていくだろうね」
「あー……それがあったッスねぇ。
武器としては便利なんスけどねぇ……本当にいざという時にしか使えないんスね」
俺が言葉を返すとサープがそう言ってきて……そしてどこに行っていたのか、シェフィがひらりと舞い降りて、俺の頭の上に座ってから声を上げる。
『強力過ぎる武器だからね、ある程度制限はつけさせてもらうよ。
もちろん緊急時には制限は外すから安心してね……何事もバランスが大事ってことだよ』
「……ということはたくさんポイントがいるのは制限の関係なんスね。
精霊様も色々と大変なんスねぇ」
「……オレ様だったらポイントがかかるとしてもどんどん使っちまうかもな、あの威力はたまらないものがあるだろ?」
「……まぁ、制限がなかったら使いまくるのは確かかな。
それこそゲートを悪用して、小さなゲートに銃身を通しての超遠距離狙撃とかもできちゃいそうだしねぇ。
弾丸だけをあちらに飛ばしてガンガン魔獣狩り……まぁ、きっとそんな方法はシェフィが許してくれないんだろうけどね」
シェフィの言葉にユーラ、サープ、俺の順で言葉を返すと、シェフィはぷかりと浮かんで、小さく笑ってからどこかへと去っていく。
何を思っているのか、何をしているのか……精霊の考えることは未だに理解出来ないなぁ。
……瞬間、目の前にひび割れが現れる。
空中に、黒いひび割れが。
それが何かは分からないけども咄嗟に猟銃を構える。
いつ獣と出会っても良いように弾丸は装填済み、狙いをひび割れに定めてから安全装置を外し……先制攻撃すべきか悩む。
悩んでいたのは数秒か一瞬だったと思う、ひび割れの向こう側には森の景色しかなく、外れたとしても問題はないだろうと判断して、引き金を引く。
獲物を見てもいないのに、そんなことをするのは間違っているのかもしれないが、空中に突然のひび割れという異常事態に何もしないという選択は取りたくなかった。
何より俺達は数秒前までゲートの話をしていた訳で、そのひび割れがゲートに類するものかもしれないという不安があっての決断だった。
結果としてそれは正解だった。
ひび割れが広がり、見たこともない魔獣が姿を見せた直後に着弾、魔獣が金切り声のような悲鳴を上げる。
……だが血が吹き出すようなことはなかった、その体を覆っている鎧のような皮膚? 甲殻? で弾丸を受け止めていて、悲鳴を上げたのは衝撃を受けたからのようだ。
「なんだこいつ!?」
「行くッスよ!」
そんな声が左右から上がり、俺は2人が前に出る前にともう一度引き金を引く。
またも着弾、同時に甲殻魔獣……サイか何かが変質したらしい二足で立ち上がった大型魔獣がひび割れから完全にこちら側へと出てきて、同時にひび割れが消失し、魔獣だけを残してまるで何もなかったかのように、いつもの光景が周囲に広がる。
まさか魔獣側がゲートを用意したのだろうか? こちらと同じことを考えた? それともこちらの考えを何らかの方法で読み取って同じ手段でもって先手を打ってきた?
色々と答えはでないままだが、とにもかくにもそうして戦闘が始まって……ユーラ達が槍を片手に駆け出す中、俺はポケットの中から銃弾を取り出しての装填を試みるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は戦闘となります