ゲート
シェフィが作り出した地球儀を見ることは、村の皆にとっての日課となっていた。
浄化の様子を確認出来るというのも大事なのだけど、世界の形を知れるというのも重要で……そもそも世界が球体であるという意識すらなかった人々にとっては、ただ見ているだけでも凄く面白いものらしかった。
ベアーテを始めとしたヴァーク達は、海の一族ということもあって、世界が球体であることはなんとなしに理解していたようだけども、それをこうやって確認出来るというのは、中々の知的好奇心を満たすものらしく……設置以来ちょくちょくとヴァークの人達がやってきていたりもする。
ただぼーっと眺めたり、海図片手に海図が合っているのかを確認したり……時には海図に描かれていない島なんかを地球儀から発見して、悲鳴に近いような声を上げたりもしていた。
こんな所に島があったなんて……もっと早く知っていれば航海が楽だったのに。
なんてことを言いながらチェックをしていて……地球儀本来の使い方としても重宝されているようだ。
そして……ロレンス達も地球儀の存在にはショックを受けたらしい。
ロレンス達の国にも当然、世界地図や地球儀があったのだけども、ここまでの精度ではなかったようで……全く知らない島や、大陸には心底驚かされたようだ。
それだけでなくはっきりと汚染の状況と精霊の力を見せつけられたことも結構なショックだったようで……浄化への思いを改めて強くしたようだった。
地球儀では特に汚染がひどい地域が真っ赤に表示されている……そしてそこでは、人でさえ異形に変貌してしまっているらしい。
そしてその真っ赤は中々の広さのようで……その真っ赤があと少しという所まで迫っているロレンス達としては、何よりの恐怖なのだろう。
当然俺達も明確な目標を前にしてやる気を出していて……俺達よりもやる気を出したジュド爺に扱かれる日々を送っていた。
いつ魔王級の魔獣が現れても良いように……それ以上の魔獣が現れても良いように。
沼地からの侵攻があっても良いように……ジュド爺としても思う所があるのだろうなぁ。
そんなある日のこと、ジュド爺からの厳しい指導を終えて地球儀を見やりながらの休憩時間を過ごしていると……地球儀の赤色が少しだけ追いやられて青色が広がる、その瞬間を視界に入り込む。
「お、おお……浄化が進んだみたいだなぁ、南半球かぁ……あっちは今頃冬なのかな。
……ん? ふと思ったんだけどさ、世界全部を浄化しようと思ったら、いつまでもここにいる訳にはいかないよね?
たとえばこの南半球とかの赤い地域にいかないとダメっていうか……それともここで浄化を続ければなんとかなるものなの?」
地球儀を見ているうちにそんな疑問が浮かんできたので言葉にすると、俺の頭の上に着地したシェフィが言葉を返してくる。
『ん~~……それについてはボク達も色々考えている所だよ。
出撃するか魔獣を引き込むか……そのための移動方法も考え中なんだけど、結論はまだ先かな。
ヴィトーにも分かりやすく言うとどこでもゲートみたいなものを設置しようかと思うんだけど、ああいうのって空気とか微生物……つまり病原菌みたいのも行き来させちゃうから、扱いが難しいんだよね。
それこそ瘴気を行き来させちゃう可能性もあるし、ヴィトーが思っているよりも……何倍も何十倍も危険なんだ。
もちろん安全対策も出来るんだけど……簡単ではないんだけど、慎重になりたいんだ。
だからもうちょっと待ってね……そしたらボク達でなんとかするから』
「そっか……色々考えてくれているんだね、ありがとう。
そしてそんなゲートが出来たら世界中を旅行出来る訳だから、色々楽しくもなりそうだねぇ。
世界中の香辛料やハーブを手に入れてサウナに使うなんてことも出来る訳だし……こちらの世界にしかないサウナを楽しめるかもね」
『……工房で作れるのは、ヴィトーの世界にあるものばっかりだからねぇ。
こちらの世界の未知の香辛料とかは実際に行って手に入れるしかないだろうねぇ。
……しかし未知のサウナか、それは興味を持つ精霊も多いかもしれないなぁ。
最近は精霊同士の交流も活発だからね、皆に相談したら協力してくれる子もいるかもしれないな。
……あ、そっか、あっつい地域の子達とか、真冬のこっちのサウナとか大喜びするかもしれないね?
そうなるとー……交渉はぐっと楽になるかもしれないな、ボク達にとっては当たり前の環境過ぎて忘れちゃってたなぁ』
「……あー、そうか……極寒水風呂とかは暑い地域では難しいもんねぇ。
村人の中には雪の中にダイブする人とか、氷を口いっぱいに頬張ってサウナに入る人とか、極寒を存分に活用しているから、そういうのもやりたがる人はいるかもね。
……人っていうか精霊か、しかし精霊なら精霊の力で氷なり氷水なり、用意出来そうなものだけど……」
『天然物と人工物は別ものって感じかな。
精霊は特に自然に近い存在だから、自分で作った自然物は自分の体の一部みたいな感じがして楽しめないんだよ。
そうでなければボク達だって、自作サウナを作りまくって楽しんでるよ。
自作じゃなくて皆が頑張って作ったサウナだから気持ち良いんだよ、手作りの温もりっていうのかな?
だからきっと喜ぶ精霊も多いはずだよ』
と、そう言ってからシェフィは飛び上がり……地球儀の上に乗る。
それから逆さになって地球儀に張り付いてじぃっと眺めて……どこにゲートを作るか検討しているようだ。
そんなシェフィの様子を静かに見守っていると、グラディスの世話を頼んでいたアーリヒがやってきて、そっと隣に立つ。
それから一緒に地球儀を眺めて……何を思っているのか、静かに地球儀に張り付くシェフィを見守る。
何をしているの? とか、そういった質問はせずにただ静かに。
俺もまたそんなアーリヒの隣に静かに立ち……それからしばらくの間、地球儀のことを眺め続けるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はその後のあれこれの予定です