魚肉ステーキ
「はーーっはっは、どうだ、美味いだろ? やっぱり一番の食べ方は生だろう?」
俺達がブロック肉を食べ終えたところで、ベアーテが笑いながらそんな声をかけてくる。
アーリヒはそれにコクコクと頷いて返すが……俺はどうだろうなぁ? と、首を傾げる。
牛肉の一番美味しい食べ方が何か? と、言われると困ってしまう。
すき焼きも美味しいし、ハンバーグも美味しい、ステーキだってもちろん美味しいし、焼肉だって悪くない。
本物の牛肉を生で食べた経験はないけども……今さっき食べた味が一番かと言われると、どうだろうなぁ? とも思ってしまう。
これだけ美味しい肉なら、もっと美味しく出来るはず……具体的にどうしたら良いのかは分からないけども、何か良い方法があるはずと思ってしまう。
『とりあえずやれるだけやってみたら? 全く知識がない訳じゃないでしょ?』
首を傾げる俺を見てか、シェフィがそんな声をかけてきて……いつの間にか手にした小さなブロック肉をもしゃもしゃと食べながら俺にやれやれと促してくる。
俺の態度とそんなシェフィの態度を見て、面白いと思ったのかベアーテまでが、
「良いじゃないか、やってみせなよ、不味くしたら承知しないよ」
なんてことをニヤけながら言ってきて……俺は苦笑しながら了承をし、あれこれ頭を悩ませ……そして以前店で見た方法を試してみるかと、シェフィに手伝ってもらいながらの調理を開始する。
と、言っても特別なことはしない……というか出来ない。
そもそも料理法も見たのを覚えているってわけで、ちゃんと教わった訳ではないしなぁ。
……まずは肉をカットしてもらってステーキ肉サイズにしてから塩コショウをしっかり目に振る。
そうしたらシェフィに作ってもらったバターで軽く焼いて……表面を焼いたら、カットしたニンニクを含む野菜と一緒に普段調理に使われている石組みの竈の中へ。
そこでじっくり焼き上げたなら……野菜と肉から出た汁を肉にたっぷりとかけてから、これまたシェフィに作ってもらったアルミホイルを被せて余熱での仕上げを行い……あとは切り分けて、中に残る赤身を確認して、これなら良さそうだと頷き、野菜と一緒に皿に乗せてステーキの完成。
……うん、多分これで良いような気もするし、何か足りない気もするし……よく分からないなぁ。
さらっと工房を使ってしまったけども、まぁ、うん、バターとかくらいなら問題ない……はずだ。
そうやって完成したステーキを見てベアーテは腕を組んで少し悩むような仕草を見せてから手を伸ばし、わしっとステーキを掴んで口の中へ。
何故だかその仕草が手で寿司を食べる時のそれに似ていて、不思議な一致もあるもんだと笑っていると口をもぐもぐっと動かしたベアーテは、クワッと目を見開き……それから両手でもって残りのステーキを食べていく。
素人が焼いたステーキだけども美味しく出来たようだ……まぁ、魚のように柔らかい筋のない肉だから、こんな焼き方でも柔らかくふんわりと仕上がってくれたのだろう。
そうやって食べ終えてからベアーテはなんとも悔しげな表情でもってこちらを睨み……それからフンッと鼻を鳴らし、
「まぁまぁじゃないか……!」
と、笑い出しそうになるくらいお決まりのセリフを口にする。
それを受けて俺が笑いを堪えていると……まずシェフィが笑顔で俺の顔の前に浮かぶ。
そしてアーリヒが俺の前にズイッと進み出る、ユーラとサープが俺の肩をガシッと掴んでくる。
皆の顔は笑顔ながら妙な殺気に包まれていて……その顔は自分達にも食べさせろと、そう伝えてきている。
それを受けて冷や汗をかいた俺は、仕方ないかとため息を吐き出してから、人数分の調理を始める。
すると肉の焼ける匂いとバターとニンニクの匂いに誘われたのだろう、どんどん村人が集まってきて……俺は集まった人達の分までステーキを焼く羽目になる。
そのうち自分の分を食べ終えたアーリヒやユーラとサープが手伝ってくれるようになって……どんどんどんどん牛だか魚だか分からない肉を焼いていって、シェフィも工房で頑張って足りない調味料を作ってくれての大忙しだった。
大忙しだったけども、食べた皆が笑顔になってくれたので疲労感はなく……どんどんと場が盛り上がっていく。
盛り上がる中で村の皆は、なんで優勝者が? という疑問を抱いたりもしたようだけど、逆に縁起が良いというか、優勝者からの振る舞い飯だという解釈をしたようで、更に場が盛り上がる。
そうして試合の日は、一応の大成功という形で終わりに向かっていった。
……本当に一応だ、少しの不穏さが残っているので手放しでの大成功とは言えなかった。
好戦派の暴走とおかしな薬物。
そこら辺の解決がまだで……その辺りにこれから取り掛かることになるのだろう。
とりあえずはあの拷問……じゃぁなくてデトックスを受けた若者への事情聴取が先だろう。
一体何があったのか、どうしてああなったのか、どういうつもりだったのか、沼地の連中は関わっているのか、どう関わっているのか……その辺りのことを聞く必要がある。
今はまだグロッキーと言うか、デトックスが効きすぎて喋れる状態ではないので、明日からー……ということになるのだろう。
まぁ、うん、そこら辺はまた明日考えれば良い、今はこの時間を楽しめば良い。
ということで段々と宴の場に酒が交ざるようになり……大人達が騒ぎ出した辺りで、俺達若者はそれぞれのコタに戻って、睡眠の準備だ。
流石に疲れたし、体のあちこちが痛いし、これ以上騒ぐことはできそうにない。
という訳でいつも以上の深い睡眠でもってよく眠って……翌日。
俺達はいつものように朝を過ごし、恵獣……グラディス達の世話もしっかりとしてから、広場へ。
これから好戦派への尋問が始まる。
好戦派の若者達も覚悟は出来ているのだろう、ほとんどが神妙な態度で広場に集まってきて……そして最後にデトックスされた若者がやってくる。
その髪はつやつやさらさらになって、目は輝いて、表情は明るく……純真無垢な子供のよう。
言ってしまうと全くの別人、一瞬誰!? となるくらいには外見が変わっていて……俺は何も言わずにシェフィを見上げて、これって悪質な洗脳じゃないのかなぁと、そんなことを思いながら嫌な汗をじっとりとかくのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は尋問ですが、多分さらっと流します