魚牛肉
ベアーテが解体した魚は、口などの形状から鮭系かとも思ったのだけど、どうやらそうでもないようだ。
解体が始まると真っ赤な、鮭系とはまた違う肉肉しい身が顕になって、そこからまるで肉汁かのように赤い液が滴っている。
こうして見るとまるで生肉で……分厚い皮の下にある脂の層もまるで脂身だ。
脂がたっぷりあって赤身がはっきりしていて、肉汁たっぷりの魚。
解体した状態で見るとただの生肉なんだけども、これが魚とはなぁ……。
……いや、本当に魚か、これ??
似たような魚というとカツオを思い出すけども、あれより更に肉っぽいというか、肉に近い見た目をしている。
新鮮かつ良いカツオも切り分けると生肉みたいになるけども、それでも形とかに魚っぽさが残るのだけど……目の前の肉はどう見ても上質な牛肉だった。
うぅん、異世界らしさというか、異世界ならではの非常識さを、こんな形で目の当たりにすることになるとはなぁと、驚くやら感心するやら、なんとも言えない気分で眺めていると……目の前にやってきたシェフィが、口に手を当てながらクスクスと笑ってくる。
その顔はイタズラ成功とか、そんなことを考えていそうなもので……そこから目の前の魚が何であるかを大体察する。
「……あの魚って精霊が作った魚だったりする?」
そう俺が問いかけるとシェフィは、
『まぁ、だいたいそんな感じ。
グオラが地下畑で色々な作物作ってるでしょ? あれとおんなじ感じかな。
海上っていう過酷な環境で頑張ってる子達へのご褒美っていうか、支援っていうか、そんな感じかな。
たくさん生まれてすくすく元気に育って、捕まえるのが簡単で美味しくて栄養満点っていう、そんな魚だよ。
主食はその時の海の状況で変わるっていうのも面白いとこでね、増えすぎたものだけを食べてバランスをとるのさ。
たとえば有害な赤潮なんかが起きた時には、赤潮の原因のプランクトンだけを食べてくれるね』
「それはまた随分と……」
便利で都合の良い魚を作ったなぁ、なんてことを思ってしまうが……逆に言うと精霊達がそこまでのテコ入れをしなければならない状況だったってことなのだろうなぁ。
シェフィ達は今はちょっとしたことでも手を貸してくれているけども、少し前までは姿さえも見せていなかった訳で……本当にヤバい時にしか助けてくれない存在なのだろう。
……いや、どうだろう? なんかたまに、そんなことまで助けてくれなくてもってことで助けて貰えているような?
結局は気まぐれ、精霊のご機嫌次第なのかもしれないなぁ。
『ちなみに味はあっちで食べた牛肉だよ。
えーっと……どこだったっけな、なんかあっちの、ヴィトーの前世が生まれた国の離島の牛だったはずー……向こうの地名って覚えにくいから、覚えてないや』
「……牛を育てていた離島はたくさんあるから、その情報だけだとなんとも言えないなぁ。
しかし牛肉の味がする魚かぁ……ここらだと牛肉は手に入らないし、しかも肥育された牛肉の味なんでしょ? そうなると皆にとってかなりのごちそうってことにならない?」
『なると思うよ?
ちなみに魚は魚だからお刺身でいけるよ、っていうかボク達の力で生み出したものだからね、ひどく腐ってなければどう食べても平気かな。
寄生虫とか病原菌とか寄り付かないようになってるよ』
「いや、なってるよってそんな軽く言うことじゃないような……?
結構とんでもない存在を作り出しているよね……?」
と、そんな会話をしていると、解体が一段落したようで、皿が用意されて魚肉の切り分けが行われていく。
結構な大きさのブロック肉のように切り分けて、皿に載せられていって……そんな中、ベアーテは一番赤身の濃いブロックをどんと更に乗せてこちらへと持ってきてくれる。
「今日はお前が一番頑張っていたからな、一番美味い部位を食うと良い。
そのままかぶりつけ、味をつけたり焼いたりするんじゃないぞ」
と、そう言いながら皿を渡してくれて「ありがとう」と、礼を言いながら受け取った俺は、ここはベアーテの言う通りにするのが礼儀だろうと、ガシッとそのブロックを掴む。
するとシェフィと、黙って俺とシェフィの会話の様子を見守ってくれていたアーリヒが驚きながらも笑顔を見せてくれて、仕草で一気にいけと、ベアーテの言葉通りかぶりつけと促してくる。
それを受けて俺はその生肉ブロックにかぶりつき、口いっぱいの生肉を噛みちぎって咀嚼する。
うぅん、初めての味だ。
言われて見れば牛肉風なのだけど、そもそも牛をまんま生肉で食べた経験ってないからなぁ。
そして柔らかさと言うか噛み応えは魚のそれで、肉程は硬くないというか、筋っぽさがない。
サクッと齧れて旨味があって、それでいて臭みはなく……これはもしかしたら最高の、理想のお肉なのかもしれないなぁ。
そもそも安全性が約束されているって時点で凄いのに栄養満点かつ入手性も保証されている訳で……うぅむ、欠点が全くないなぁ。
そして柔らかいものだからどんどん食べることが出来て、かなりの大きさのブロックもかなりの部分を食べることが出来た。
……うん、美味しい。美味しいけど未調理でこれだけの量をただ食べるのはややキツイかな、飽きるという意味で。
でもこの味なら色々な調理が出来るはずで……うん、残りは料理するのも良いかもしれないと、途中で食べるのを止める。
あと一口か二口か、半端な量ではあるけども残ったそれを焼いて食べるか煮て食べるかと悩んでいると、隣で黙って様子を見守っていたアーリヒがぐいっと顔を近付けてきて、俺の手の中にある肉に齧り付き、そのまま器用に残りの肉全てを口の中に運んでしまう。
「うぇ?!」
なんて声を上げる俺に笑みを返しながらモグモグと咀嚼するアーリヒ。
豪快と言うか何と言うか……普段は色々と丁寧で大人しいアーリヒだけども、こういう部分があるというか、狩猟民族らしく肉食系なのかもしれないなぁ。
そんな風に俺が驚く中、シェフィはまたも口を手で隠しながらクスクスと笑い、
『二人はほんと仲が良いねぇ』
と、そんな呑気なコメントを口にするのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はこの続き、魚パーティの予定です