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VSユーラ


 午後からの試合は、トラブルがあったことで空気が冷めてしまうのでは? と、心配していたけども、そんなこともなくむしろ午前より盛り上がる形となった。


 トラブルがあったからこそ、精霊様が不機嫌になってしまったからこそ、自分達の頑張りでもって機嫌を直してもらいたい、楽しんでもらいたい。


 そんな考えでもって皆がやる気を漲らせていて……やる気と汗の迸る試合は、しっかりとシェフィ達を喜ばせてくれた。


 皆の気持ちが嬉しいし、試合自体も盛り上がっているし、試合を眺めながら飲食出来ることもあってか、審判役だったはずのシェフィはすっかりと観戦モードに入っていた。


 その代わりにアーリヒが審判をすることになり……布がかけられた不穏な箱を脇に見ながらの試合は、これ以上なく盛り上がっていった。


 結果、ベスト4の段階で、残ったのが俺、ユーラ、サープ、そして好戦派ではない試合を純粋に楽しんでいた若者となった。


 そして……準決勝の組み合わせは、俺VSユーラ、サープVS若者となり……まさかここでユーラと当たってしまうとはなぁ。


 一番体格がよく一番力が強く、技術も経験もそれなりにあるユーラは間違いなく優勝候補で……サープだから楽に勝てるという訳ではないけども、それでもユーラよりはマシな試合が出来たはずだ。


「よぉうっし、良い試合をしようじゃねぇか!」


 ちょっぴり気分を落ち込ませていると、そんな声を上げながらユーラが肩をバシバシと叩いてきて……うん、良い試合をしようと開き直って気合を入れて、ユーラの横腹を叩き返す。


 するとユーラはニッカリと笑い、やる気を漲らせて筋肉を唸らせ……それから試合の準備が終わるのを待つ。


 今、試合のための場……土俵のような場所は整備中だ。


 散々試合をやって何度も何度も踏みしめ蹴り上げ、ボロボロになってしまったので、地面を整え円を綺麗に戻すなどの作業をしている。


 その間俺達はその周囲で待機していて……終わったなら早速俺とユーラの試合となる。


「しっかり組み合って! 全力を尽くすように!

 ……試合開始!」


 そんなアーリヒの合図で試合は開始となって、俺の肩に置かれたユーラの腕に凄まじい力が込められる。


 骨が砕かれるんじゃないか、このまま地面に埋め込まれてしまうんじゃないか。


 思わずそんな風に思ってしまう程の怪力で……対戦相手の何人かが悲鳴を上げながら棄権をしていたが、それも仕方のないことだろう。


 幸い俺の体は頑丈、多少の無茶をしても怪我はしないで済むはず……とにかく踏ん張って……まっすぐにユーラの体を押し返そうとする。


 しかし揺るがない、押しても押しても動く気配がない。


 巨大な岩を押しているというか、ビルの壁を押しているというか……微動だにせず人間が勝てる相手ではないことを察してしまうが、だからと言って諦める訳にもいかない。


 ユーラの対戦相手全員が棄権した訳じゃない、最後の最後まで、痛くとも辛くとも戦い抜いた者達がいる。


 なら俺だって戦い抜かなければと気合を入れて……俺にも加護があるのだからと全力で押し込んでいく。


「……ぐっ」


 愚直に押して押して押し続けていると、ユーラからそんな声が上がる。


 まさかと顔を見ると、どうやら苦しんでいるようだ。


 あのユーラが? なんてことを思うが、よくよく考えてみるとまだ俺は負けていない。


 ユーラに押し切られることも、膝を折られることもなく組み合ったまま押し合い続けている。


 ちゃんと戦えている、真っ向から押し合えている。


 そんな馬鹿なと俺は一瞬、真横のシェフィ達を見やる。


 自分達で作ったテーブルの上に料理を並べ、そこに座ってどんちゃん騒ぎ、精霊様の特別観戦席でこれでもかと楽しんでいるシェフィ達が、余計なことをしたのでは? と、疑うが……あの様子を見るに、そんなことはなさそうだ。


 ということは実力でユーラと拮抗出来ているらしい……何がどうしてそうなったのかは分からないけども、勝機はちゃんとあるようだ。


 肩が痛い、腰と膝が痛い、筋肉が痛いし、何ならユーラを押している腕も手も痛い。


 息が荒くなって、体が熱くなって肺が破れそうで……だけどもまだまだやり合えるという、確かな自信が胸の中にある。


 ユーラとお互いを睨み合い、押し合い……そして笑い合い、勝つためにどんどん力を強めていく。


 ……そこで気付く、ユーラも疲れて体を痛めているのだと。


 ユーラだってこれまで何度も試合をしてきた、そこで体を鍛え抜いて加護を受けた村の男達と本気でやり合ってきた。


 その疲労や痛みがユーラの力を鈍らせているのだろう……それは当然俺にもあるのだけど、俺は純粋な人間ではなく、精霊に作られた存在……精霊の愛し子。


 生まれつき耐久力が高い上に、恐らくシェフィが贔屓をした加護まで受けている存在。


 なんだかズルをしている気分になるけども、そのことはユーラも承知していて……織り込み済みで勝ちに来ているはず。


 ということはまだ何かあるはず、勝つための一手を打ってくるはずと警戒していると、ユーラの力が突然緩む。


 そして一瞬、ほんの一瞬俺の姿勢が崩れた所でユーラが足を絡ませてくる。


 そうやって俺の膝を折って地面に膝を突かせるつもりなのだろう、俺は咄嗟に柔道を思い出しながら足を抜いてそれを躱す。


 するとユーラは力を再び強めてきて俺を押し倒そうとし、俺は再びしっかり両足を構えてそれに対抗する。


 足技の応酬……相撲から柔道に変化したような試合が続き、ユーラがユーラとは思えない器用さを見せてくる。


 こういう技の練習をしていた、という感じではないと思う。


 多分本能だ、試合の中でこうしたら勝てるのだろうと思い付き、それを実践しているという感じで……それでこんなにもしっかりと技として成立しているのだから、ユーラの凄まじさが伝わってくる。


 力では勝てない、体力も残り僅か、それでも負けたくないと必死になった結果なのだろう。


 これをしっかりと練習していたなら……ちゃんと柔道を習っていたのなら、俺に勝ち目はなかっただろうけど……現実はそうじゃない。


 前世の学校の授業と仕事の関係とで、下手くそではあるけども柔道を習ったことがあり……一応それなりの腕となっている。


 まさかそれがこんな所で役立つだなんてと、昔を思い出しながら足を捌いていく。


 残念ながら相手に道着がなく、体格差もあってこちらから技をかけられるような状況ではないけども、防御に徹して足を捌くくらいのことは出来て……そうこうしているうちにユーラの息が切れていく。


 そして……ほんの一瞬だけユーラの膝が力を失ったタイミングがあり、そこで力を強めて一気に押す。


 すると今までの勝負が嘘のようにあっさりとユーラの力が抜けてググッと押すことが出来て……一度そうなるとユーラの体勢はひどく崩れてしまって、慌てて立て直そうとするも気持ちだけが逸ってしまって疲れた体はついてきてくれなくて……そうしてユーラは円の外へと尻もちを突いてしまうのだった。


 


お読みいただきありがとうございました。


次回はその後のあれこれです。


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