デトックス
食事の準備が進む中、デトックスサウナの準備も進んでいく。
工房で作ったらしい1mかそのくらいの高さの木箱が用意され、それがパカリと中央から左右に割れて……その中に椅子やら何やらが設置されていく。
道具の設置が終わったら、未だ呆然としている若者を大人達が担ぎ、椅子に無理矢理座らせて、シェフィ達の指示の元、割れた箱が元に戻されて……若者は木箱上部にあったらしい穴から頭だけを出す形となる。
そして木箱をベルトで縛り上げて、簡単には開かないように……脱出出来ないようにしっかりとベルトを固定し、頭を出している穴の隙間を塞ぐようにタオルが詰め込まれて……これでデトックスの準備が終わったらしい。
『よし、やるぜっ』
と、ドラーが声を上げて……椅子の下に置いてあった七輪のような感じの炉に火が入ったのか、木箱の隙間から蒸気だか煙だかが漏れ出てくる。
それから少し遅れて爽やかな、ハーブか何かの匂いがそこから漂ってきて……どうやら薬草蒸しに近いことが行われているらしい。
いやまぁ、完全にやっていることは拷問なんだけども、形としては薬草蒸しだ、うん。
そんな中若者は呆然としたままで……特に反応を起こしていない。
まぁ、まだそこまで温度も上がっていないんだろうし、薬も抜けていないんだろうし、当然なんだけども……いっそあのまま、薬が抜けきるまで意識が戻らない方が安全なんじゃないかと思ってしまう。
そんな光景をしばらく見ていたけども、変化らしい変化がなく、見ていた皆もだんだん飽き始めて……食事が並び始めたことで、皆の意識は完全にそちらに向く。
俺も拷問の様子を眺める趣味もないので視線を逸らし、今日のために用意された豪華な食事に舌鼓を打つことにし……あんまりにも美味しかったものだから、完全にそちらに意識を持っていかれる。
スープも美味い、肉も魚も美味い……ちょっと青臭いくらいの山菜達も春の味という感じでたまらず、長い冬を乗り越えたこともあってかその味を体が欲して、どんどんどんどん食べたくなってしまう。
まだまだ試合があるのに食べ過ぎってくらいに食べてしまって……ちょっと休憩するかと、広場の隅に敷かれた休憩用の毛皮の上に腰を下ろした俺は、そこでようやくデトックスのことを思い出し、そちらに視線を移す。
すぐにユーラとサープもやってきて、果物を絞った飲み物……ジュースを片手に腰を下ろして、俺の視線を追いかける形であの箱へと視線をやって……そして三人同時に口を開く。
「うわぁ……」
「うげぇ……」
「うへぇ……」
顔が真っ赤になっている、なんとか熱さから逃げようとしているのか、真っ赤になった顔を前後左右に振ってもがいている。
まだ正気に戻ったような感じではないので、無意識のことだと思うのだけど、無意識であんな動きをしてしまう程に辛いということが逆に伝わってくる。
汗はどっぷりと出ていて、頭から水を被せたんじゃないかって思う程で……そんな箱の側には水が入っているらしい透明の器……多分点滴のマネをして作ったらしい瓶を持ったウィニアの姿があり、そこから伸びる管が箱の中へと入っていっていて……どうやらその点滴モドキによって大量の汗を流す若者への水分やら栄養やらが補給されているらしい。
……まぁ、確かに、ちゃんとデトックスするなら水分補給は重要なんだけども、点滴で強制はもう、それすらも拷問の一環だよなぁ。
そんな風に若者が頭を振り回す中、シェフィはまた工房で何かを作り……ガラスのヘルメットと言ったら良いのか、創作物の中に出てくる潜水士が頭に装備するような代物を作り出し、若者の頭をそれで覆う。
……まさかそこまで徹底的に蒸すの? と、思ったら違った。
直後若者の意識が覚醒し、口を大きく開いて抗議の声なんだか悲鳴なんだかを叫び始めたようだが……こちらにそれが聞こえることはない。
あの様子で声が出ていないってことはないだろうし、恐らくはあのガラスヘルメットが音を遮断しているのだろう。
聞くに堪えないだろう彼の声を封じるための不思議ヘルメットだったか……。
若者はヘルメットの中で、顔を真っ赤にし汗を撒き散らしながら必死に何かを訴えるが、それがこちらに通じることはなく……長老衆やアーリヒ、そして家長達はそんな若者の周囲に立って、しっかりとその様子を観察していく。
デトックス効果を確かめたいのか、若者に恥を与えたいのか、あの様子をしっかりと記憶に刻み込んで自戒としたいのか……意図はよく分からない。
そんな様子をしばらく見ていると、大人達が動き始めてイタズラ好きの子供達や、若者の仲間……好戦派全員が連行されてきて、その様子を強制的に見せつけられて……当然のように子供達は泣き出し、好戦派達も恐ろしさにあまりか泣き出してしまう。
「……子供にアレを見せるのは可哀想じゃないかなぁ」
と、俺が呟くと、
「あぶねぇもんに手出しちまった方が可哀想だろ、しっかり見せておかねぇとな」
「まぁ、そこら辺は親の判断ッスから、他人がどうこう言うもんじゃねぇッスよ」
と、ユーラとサープが返してくる。
まぁ、それはそうなんだけども……と、そんなことを考えていると絶賛蒸され中の若者の表情に変化が起きる。
顔色が悪くなっていく、赤みがいくらか失せて土気色が増して……なんだかえづいているように見える。
気分が悪いのか頭を振り回すのを止めてぐったりとし……頭を振り回しすぎて目が回ったんだろうか?
それとも熱中症の症状が出始めたのか……あ、吐き始めた。
吐瀉物は精霊の力なのか、すぐにどこかと消え去り……一度吐いたくらいで嘔吐感は消えないのか、若者は繰り返しえづき、悶える。
あれは本当に熱中症なんだろうか? 熱中症でも吐くことはあるんだけども……瞬きを激しくしてみたり、変にふらついてみたり……まさか薬物の離脱症状?
いやしかし、あれは長期間摂取して中毒になってからの症状だったはずだけども……異世界の薬物だからなのか、それともシェフィ達があえて離脱症状を経験させて薬物の強さを教えようとしているのか……ただの熱中症なのか、なんとも判断がつかないなぁ。
その有様はだんだんと見るに堪えないものになっていき、一番肝が座っているはずの長老衆すら嫌な顔をするようになっていき……そこでまた工房で作業をしたシェフィが、布を作り出し、その布をガラスヘルメットにかける。
結果、彼の様子は確認出来なくなり……見学会はこれで解散、ということなのだろう。
午後も試合がある、いつまでも休憩はしていられない……村の皆が動き出したのと同時、俺達も立ち上がり……軽く体を動かし、柔軟体操をしてこれからの試合に備えるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は試合の続きとなります